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第三章 白い暗部

 ペントラルゴの城の敷地は一つの町のように広い。しかも丸目は走って移動していたらしいので追いつけるかもわからない。


ただ、いつも東にある建物で官師見習いは教育を受けるため、わりと皆行動範囲が決まってくる。頭の中で、その建物から南東の官舎を線で繋いで、だいたいの場所に予想をつけた。


丸目を見つけたのは、線で繋いだ中心地点にある、左右対称をなした堅牢な建物の中庭だった。正確には、中庭に接する廊下の円柱の影で蹲っていたのを発見したのだ。早く見つかったことにほっと息をつこうとしたが、ヴァッツは息を止めて硬直した。


・・・・・丸目の腹を押さえた指先には、血がこびりついている。


「どうしたんだよ。・・・・その傷、レグレット・・・なのか?」


駆け寄って問いかけてみても、丸目からは返事がない。


「しゃべるの・・・・きついくらい酷いのか?」


歯がカチカチ鳴って震えているので、背中をさすってやりながら再度問いかけると、ゆっくり首が縦に振られた。


「ヴァ、ヴァッツ・・・お、俺、どうしたらいいんだ。こ、殺されるよ」

「殺されるって、だ、誰にだよ?」


レグレットに襲われたのかと勝手に思い込んでいた。しかし、思いもよらない言葉に動揺する。


「わ、わからない。・・・・今日の授業が終わって、帰ろうと・・・そしたら突然襲われた」

「どんな奴に?」

「・・・顔は白いフードを被ってたから・・・。でも、身のこなしが・・・・半端じゃなかった。普通、じゃねぇ・・・・・」


そう言い切ると、力が抜けたようにカクリと首が垂れ下がった。


「お、おい、しっかりしろよ!」


恐怖で、怪我人だと忘れて丸目の頬を何回もひっぱたいた。すると、ぎこちない生気のない目が、瞼にひっぱられてちょっと持ち上がる。


「こんな所にいても、いつか見つかる。移動しよう!立てるな?」


そう言って有無も言わせず、丸目を引っ立てて肩を貸して歩きだした。丸目はもう立つ力も残ってないらしく、ヴァッツの力では到底早くは歩けない。


(どうしよう・・・このままじゃあ、正門に着くまでに日が暮れる。・・・だけど、このままここに居たら・・・・コイツ死ぬ!!)


一瞬見捨てて逃げようかと脳裏に浮かんだ。正直いけ好かない相手だし、何より丸目が死ぬようなことになったら見捨てた自分の記憶も消える。罪悪感も何も残らない。


(でも・・・それって、かっこわりぃな。最悪だ)


そんなことを考える罪悪感と恐怖が胸の中でせめぎ合って、ヴァッツの目に涙が滲む。


 涙は流すまいと数歩先を必死に睨んで足を動かしていると、反射的に何かを感じて振り返る。

それと同時に重い衝撃を受けた。


恐々(こわごわ)背後を見ると、丸目の背中に小剣が刺さっている。さらに丸目の重みが増えて、ヴァッツは二人して倒れこんだ。


這い蹲って視線を上げると、白い外套の殺気だった小柄な人影が近づいて来ていた。


風景に溶け込むようなゆっくりした足取りだが、身に纏う空気はヴァッツが体験したことのない、殺伐しさがあった。


「おい、またビビってるのか?」


突然現れたトスティンは、ヴァッツらを白い影から守るような立ち位置で現われた。


「え?・・・トスティン?どうして・・・・?」

「立て」


緊張と混乱で喘ぐように問いかけたヴァッツは、トスティンを見上げて硬直した。片目しかない琥珀の目は獣の目のようだったからだ。トスティンは、白い人影が放った小剣を腕を振って払い落とした。

両腕に葉飾りの彫刻された銀手甲を嵌めており、指先からは鍵爪をつけていた。必死で丸目を担いで立ち上がると、目の前にトスティンの鋭い爪が額に押し付けられる。


「ここから人ごみを通って正門にいるピトロを頼れ。他に近づいてくる奴は信用するな」


一方的な命令口調にヴァッツはカッとなる。そして(落ち着け~俺)と自分に言い聞かせて、自分を宥めた。


「逃げろって言うのかよ。アイツ、危ないよ。人殺しだ、きっと」

「アイツは暗部だ、普通じゃないのは当たり前。俺の心配より、その死にかけ坊やの心配をしろ」


死にかけ坊やといわれた丸目の意識は既になかった。言っていることがさっぱり解らなかったヴァッツだが、どうやら事情を知っているらしいトスティンを信用して、逃げることを優先した。相手がレグレットでもないなら、自分は足手まといになることは必然である。


「さっさと行け!!」


ヴァッツは悔しくてしょうがなかったが丸目を担いで走った。


 ヴァッツが逃げようとすると、それまで微動だにしなかった白い人影が数本の小剣を投げて、それを阻もうとする。・・・が、トスティンが全てはじき落とした。


「お前、ボーゼスに飼われてる暗部だろ」


白い人影は無言のまま、トスティンの懐に飛び込むように駆け出した。


「ふん、口封じってやつかよ」


トスティンはそれを向かい受けた。

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