第三章 集団葬儀
更新遅れてすみません。
いよいよ、話がクライマックスにむけて進みます。
クムジェンの屋敷から帰ってきて数日後の今日は、サレーヌを含むコルチェの集団葬儀が行われる日だった。
葬儀といっても月に二回ほどしか行われないため、予め死体が腐らないうちに火葬されている。
そのため儀式の内容は、遺族が大聖堂に集まり、聖職者の説教を聴いて祈りを捧げるだけだった。
ヴァッツはあれから胸の痞えが消えず、朝からあった官師見習いの演習を抜け出して大聖堂に足を運んでいた。
大聖堂の大小の尖塔が空高く伸び、トレーサリーのついた塔が太陽の光を浴びて輝いている。他の建物よりも高く聳えるそれは、ルイースフェル教の象徴的存在であることを強調するような壮麗さである。
ヴァッツはその壮観を仰ぎながら、湖に架かった淡黄褐色の橋を渡って、象牙で作られたその聖堂の内部に足を踏み入れる。
緻密な聖水盤の覆いはヴァッツの身長の軽く三倍はあり、その向こうに扁平な扉が人を吸い込むように開いていた。
人ごみに流されるように潜ると、そこもまた別世界だ。束ね柱は頭上高く、カスプや四葉飾が飾られている。また、天井から釣り下がった金細工のシャンデリアが幾つも浮かんで、左右の窓から入る採光にあたって煌きを放つ。
きょろきょろ見回していたヴァッツは陶然と見とれながら、内部の人によって押されて進んでいく。
扉から一番遠い高窓には巨大なステンドグラスが嵌っており、その下に説教壇の後ろに立つ法衣が目に入った。
「ヴァッツ殿ではありませんか?」
空いている席はないかと忙しなく首を動かしていると、こちらに向かって軽く手を振る人物がいた。
「クムジェンさん、それにえっと・・・」
「ラッセルです」
ラッセルの隣の席が一つ空いてたので、ヴァッツは主従二人に軽く頭を下げて腰を下ろした。ヴァッツが使用人の男の名を知ったのは、記憶を失くしたクムジェンが男を呼んだ時だった。それまでは名を呼んでいるのを聞いたこともない。ヴァッツ自身、名前がすぐに出てこなかったことに得心がいったが、気分が沈んだ。
「ヴァッツ様とこんな所でまた会うとは思いませんでした」
穏やかな表情で、ラッセルに話しかけられては戸惑いもする。サレーヌが死んだ後の鬼気迫るほどの彼はどこにいったのだろう。
「ちょっと、気になって」
「・・・もしや奥様のために?」
ヴァッツは曖昧に頷いた。「アンタは何のために来たんだよ?」と相手に反問したい衝動を堪えて、膝の上で拳を作る。
誰とも知れぬ聖職者が、女神の有難みを熱弁し始めたが聴く気にもなれない。大勢の遺族がいるが、追悼というより信仰を深めているだけのようで居た堪れなくなった。
「すみません。俺、用事があったのを思い出したので帰ります」
主従二人に断りを入れると、逃げるように抜け出した。ヴァッツは、このまま戻って官師見習いの教育を受ける気にもなれず、湖に映る沈んだ顔を覗き込んで「ガッツだ、ヴァッツ」と気合を入れてみるがそら悲しい。
ふと誰かに見られているような気配がして振り返ると、若い女が紙にペンを走らせて何かを描いている。たまに建物を描きに、売れない絵描きが出没する。彼女もそうだろうとヴァッツは見当を付け、興味が惹かれて女の後ろに回ってスケッチを見た。それは、稲光と暗雲棚引く大聖堂が細かい線で描かれている。かなり、おどろおどろしい絵だった。
「すごい、聖なる象徴の建造物が、悪魔の城みたいだ。ん?・・・あっこれっ!お姉さん、この子いつどこで見たの?」
「ついさっき、ここより南東にある官舎近くよ。大方ガーゴイルの顔に驚いて逃げたんじゃないかしら。」
「そう、ありがとう!」
そう言うやいなや、言われた場所に向かってヴァッツは走り出した。
絵に描かれていたのは、悪ガキ三人組の一人、丸目だった。絵の中の丸目が、恐怖で顔が醜く歪んでいる。絵描きの女は別段奇妙だと思っていないようだが、何回も城に来ている丸目が、ガーゴイルの像ぐらいでこれほど驚くとは考えにくい。妙な胸騒ぎがして、日頃自分に嫌がらせをしてくる相手だったが探してみようと思いついた。
青空の端から、黒い雲が押し寄せてくるのが見えて、ヴァッツは全力で走った。




