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第二章 砂糖好きの大司教

 角砂糖が一つ、二つ、三つ・・・と、落とされる。


溶けて歪な形になった角砂糖が、底の見えない渋色の紅茶に浮かんで消えた。その紅茶が入った無地のティーカップがテーブルの上を滑り、向かいに座る白銀の青年に渡される。


(やれやれ、三個・・・三千ポンズか。またどこからこんな大金を巻き上げたんだか)


悪感情を微塵も見せず、青年司教が笑顔をべっとり貼り付けた。いわずと知れたヒースである。


向かいに座っているのは、筋肉質なのか脂肪なのかわからない体系で、おまけに猪首で猫背の老年の聖職者だった。見るからに「腹の中にでも紙幣を隠し持っているのではないか」と、勘ぐりたくなる人相の人物だ。


 この人物は登城した時に、まるで待ち伏せするかのように立っていた。それが、このボーゼス大司教だった。


面識もほとんどない大司教が話しを持ちかけてきたのが数日前。そして、今日、城の庭園の見渡せるテラスに呼び出された。


 ヒースは、渡された紅茶に口をつけることなく、時間をかけて金色のスプーンで中身をかき混ぜた。飲みたくなかったからではない。相手に砂糖を入れた紅茶を渡す行為は、聖職者間で行われる裏取引の誘いだったからだ。


「もう一つ砂糖を入れましょう」

「おや、まだ砂糖があるのですか?」


砂糖の数によって取引における金額を提示する。そして、渡された紅茶を飲み干すことで、その取引を承諾するという意を伝える。簡単に口にしないヒースに、さらにボーゼスは金額を上乗せする。


「・・・角砂糖をもう二つでも・・・・」

「さて、どうしましょうか。私はあまり甘いのは好きではないので」


位でいえばボーゼスの方が一つ高いが、ヒースが相手では強く出ることもできない。しかも、誘いを持ちかける立場となれば猶更だ。ボーゼスは探るような目つきでヒースの顔色を伺った。


「私は跡継ぎにと考えていた孫を亡くしてしまいました。だから、ヒース様のその神聖なるお力で、どうしても生き返らせて欲しいのです。幼くして死んだあの子が不憫だと思いませんか?」


頑固なヒースに対して、今度は同情でもって頷かせようとする魂胆らしい。


「しかし、幼くして死んだ子供は何もあなたのお孫さん一人だけではないでしょう。それに蘇生は究極の救いの力といえますけども、同時に危険な力です。私の一存で使っていい力ではないのですよ」


ヒースは腹の中でこの在り来たりすぎる交渉に、うんざりもいいところだったが、同情して気持ちが揺らいでいるように装った。


・・・『蘇生』の聖創力。

その名のとおり、神のように死んだ人間を生き返らせることができるヒースだけが保有する能力だった。その力は教会内で有名な話だったが、簡単にその力を発揮するには憚られるものではあった。


そして、ボーゼスがその蘇生の力を必要としていることは、はじめからわかっていた。ボーゼスは腹黒い聖職者の間で指導者的な立場にいる。

そんな人物の依頼であれば、悪事の尻尾を掴むことができる良い機会になるかもしれないとヒースは考えていた。


ペントラルゴという国は、他国の貴族や王族からの大金を交換条件に、聖創力を使って金儲けをしてきた国家である。しかし自国の聖職者が好き勝手し、無法な振る舞いを許している野蛮国家でもない。法王が命令を下したわけでもないが、せっかく悪の親玉が誘いをかけてきたのだ。腹の内を探ってやろうではないか・・・と、そんなところだ。


それに、法王もそれを望んでいるのではないかと実は疑っている。

そうでなければ、この早すぎる帰還命令と、そのくせ仕事を与えられない今の状況を説明できない。悪党が食いついてくるには蘇生の力は最高の餌となることを、法王は熟知しているはずである。


 ヒースはカップに口をつけた。そして、上品に一気に紅茶を飲み干し、にっこり笑みを浮かべる。


「お受け致しましょう。ボーゼス殿は私の遠縁でいらっしゃるし、そのお孫さんも他人ではありません。・・・それに、ボーゼス殿」


そこで言葉をきったヒースは、唇を引き上げて目を細めた。声色も手伝って悪人面が出来上がる。


「さっきはあのように言いましたが、実は甘いものが大好きなんですよ」


この状況を影で見ていたルルドが「演技派詐欺司教様」と、呟いたのは想像に難くない。

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