鈍感少女の恋
私は親友のことが恋愛的に好きだった。
ただそれも気づけば8年も前の話だ。思いを伝えられるわけもなく高校を卒業して、成人式であったのが最後だからもう6年前になる。
私は上京して小さい頃から何だかんだで変わらなかった夢を叶えて働いて、彼女は地元に残って今は何をしているかもよく知らない。
「三枝さん。あたしってこの後何入ってたっけ?」
「えっと……毎週のラジオ収録をやったら今日は終わりよ」
「ありがとー」
芸能プロダクションの事務員兼臨時マネージャーなんて仕事だけど、充実した毎日を送れているはずだ。
ただ、数日前に流れたニュースを見てしまってからどうにも心が乱れている。
「はぁ……」
何度目になるかわからないため息をはいたとき机の上にお茶が置かれる。後輩の男性事務員くんがもってきてくれた。
「あれ? お疲れですか? お茶どうぞ」
「ありがとう。ちょっと色々とね……ねえ、あなたこの前のニュースみた?」
「いっぱいありすぎてわかりませんよ」
「それもそうか……えっと」
ちょうどそのタイミングで部屋でつけてあるテレビでそのニュースが流れた。
『長年にわたって議論や調整が重ねられてきた同性婚について、来月から日本でも正式に認められるようになりました。各市役所などでも同時期に手続きが可能になるそうです』
「あのニュース」
「ああ、かなり今ネットで盛り上がってますね」
「実際どうなのかなって。たしかに認められるべきだとか色々言われてきたけどさ。本当に周りの人とかは受け入れられるのかどうかって思っちゃってね」
「そうですね。自分で言うのも何ですが、別に否定とか軽蔑ってのはないですけど、友人とかに報告されたらそういうイメージが元からないと戸惑ってしまいそうです」
まあ、そんなもんだよね。
それに私に至ってはもう過去のことのはず。今更認められるようになったからって、あの時代に生きてきた人間が簡単に受け入れるわけもないか。
「でも、それがどうかしたんですか? まさか、うちの所属の誰かと?」
「そんなわけないでしょ。ほら、お茶はありがたいけどちゃんと仕事しなさい。後1時間したら残業になっちゃうよ」
「え? 今日は普通に帰りたいんで頑張りまーす」
そう言って彼はいそいそと席に戻っていった。
私も残りの今日の仕事を終わらせてしまう。臨時マネージャーはどうしても担当してるプロデューサーやマネージャーが現場に行けない時などにしか仕事はない。
まあ、さっきみたいにスケジュール聞かれるときはあるけど、そっちは事務仕事の一部だから問題ない。
時計の針がゆっくりと動いていって一応の終了の音が鳴り響いた。
少なくとも朝からプロダクションにいる事務員の仕事はここから先は残業扱いになる。
私は自分の分の仕事は終わって、任されてるタレントもアイドルもいない。
「それじゃあお疲れ様でした」
「おつかれさまー」
挨拶を済ませて職場を後にした。
***
電車を一度乗り換えながら最寄り駅に到着する。
「家になんかあったっけ……昨日食材切らしたような気もするけど、作るのめんどくさいなー! 今日は弁当かインスタントでいっか。今度の休みに色々買えばいいや」
自炊は心がけているけど、タイミングによってはどうしても面倒くささが勝ってしまう。
それに今日はすんなりと帰れたけど、先月は新年度入ってオーディションの準備とか資料まとめとかで残業必須みたいな日も多かったしね。
一人暮らししてるマンション近くのスーパーで弁当を買ってから家に帰る。
階段を登って5階につき通路までたどり着く。そしてなぜか私の部屋の前に誰かがいる。
引っ越してきた人が部屋間違えてるのかな。
「あのー……そこ私の部屋なんですが――」
「あ! 美咲ー!!」
声をかけたら何故か抱きつかれてしまった。
倒れそうになったところをどうにか踏みとどまったけど、なんで私の名前知ってるの。
「久しぶり。もう、部屋間違ってるんじゃないかって心配だったわよ」
「へ? ちょっとまって……抱きついたままだと顔も見えないから、誰かわからない」
肩を掴んで引き剥がして改めてその顔を確認する。
「覚えてないの? 親友の顔!」
「な、なんで、美嘉がうちの前にいるの!?」
前はロングだったはずだけど、ショートボブになってる。だけどその顔と右目の泣きぼくろは紛れもなく親友の美嘉だ。間違えるはずもない。
「いや、まって……もう状況が把握できない。どういうこと? なにこれ?」
「まあまあ話は後ね。ちょっと食材とか買ってきたから駄目になる前にいれちゃいたいんだけど」
「真夏でもないのにそんなにすぐ駄目にならないでしょ」
何が何やらだけどひとまず部屋の鍵を開けて中に入れる。通路で話しているわけにも行かない。
美嘉は入るとすぐに台所に行って持ってたレジ袋から色々と冷蔵庫に入れていく。
「随分いい部屋住んでるわね……1LDK ?」
「ギリギリ1LDK だけど……いや、それよりもちょっとどういうこと!?」
「まあまあとにかく着替えたら? 流石に家でスーツで過ごしてるわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど……うん。着替えてくる」
部屋に入って荷物をおいてから部屋着に着替える。
その間に一緒に現状を改めて私は整理してみる。
まず、私は仕事を定時で終えて電車にのり夕飯の弁当を買ってから家に帰ってきた。ここまでは一人暮らし始めてからよくある日常風景だ。
だが、家についた時に玄関の前に美嘉がスタンバっていた。しかも、さっき確認したらキャリーバック1つ持ってる謎の大荷物でだ。
何が理由で混乱したかって親友との再開以上に、家族以外に教えた覚えのないこの場所を知られているという事実にだろう。
着替えてからリビングに戻るといつの間にかコーヒーまで入れて彼女が待ってる。
対面になる席に座ってから改めて彼女と話を始めた。
「それで? 何から聞けばいいかわからないから、もうそっちからせつめいしてほしいんだけど」
「美咲に会いに来たのよー! 昔美々コンビなんて呼ばれてた仲じゃないの」
「いや、でも成人式以来だし、連絡全くとってなかったじゃない」
まあ、私は変な未練引きずって連絡先変わってから教えてなかったんだけど。
「美咲のお母さんに聞いたらすぐ教えてくれたよ?」
「ママ……」
いくらなんでもそれはないでしょう。
「まあ、百歩譲ってそれは良いわ。それで、何しに来たの?」
「いや、美咲と一緒に暮らしたいなって思ったのよ」
「……は?」
「その反応は傷つくわよ」
「いきなり何を言い出しているの? というか、仕事とか色々あるでしょ? いくら電車圏内って行ったって地元まで新幹線で数時間はかかるし」
「やめてきたから大丈夫。というか、こっちで秋から資格の専門学校入る予定だから」
「はあ!?」
本格的によくわからなくなってきた。
「よくそれ両親が許したわね」
「もうそんな年じゃないし。それに、この数年は専門学校いきながら美咲と暮らすために仕事して貯金ためてたからね」
「大卒で就職しただろうになんでそんなことを……」
「なによ。あたしと暮らすのそんなにいやなの?」
頭を抑えてうつむいていたら両手で無理やり見合うように顔の向きを変えられる。
「い、いやなわけないじゃん。だけど、さすがに突飛すぎるってこと」
というか顔近すぎてドキドキしてきた。
「じゃあ、いいじゃない。ちゃんと家賃とかも入れるから」
「わかった……マンションの管理人とかには私から連絡しておく」
「ありがとう」
こうして、私は初恋の人物との生活が唐突に始まってしまった。
***
彼女との生活1日目。
朝起きると馴染みのない匂いがしてくる。
リビングにいくとキッチンに美嘉が立ってた。
「あ、おはよう。早いねー」
「何してんの……?」
「朝ごはん」
「そういうこと」
朝ごはんは抜いたり家でてからコンビニとかで買うことも多かったから久しぶりだな。
「それより寝癖ひどいことになってるよー」
「うん……顔洗ってくる」
そういえば食器とかふたり分あったっけ。予備とかも用意してた気がするからあるとは思うんだけど。
あれ、というかなんで美嘉がうちにいるんだっけ。
そうだ、昨日突然にうちに来て一緒に住むとかいい出したんだった。
あれ、そういえば昨日美嘉どこで寝たんだろう。
夜にベッド使っていいよって言ったのは覚えてるんだけど、その後に一緒に引きずり込まれて……。
「ちょっとまて! 美嘉昨日どこで寝た!?」
「どこでって一緒に寝たんじゃん」
「だよねー……あぁぁ……」
「それよりご飯できたよー」
気づけばテーブルに味噌汁とご飯とかが並んでる。そう言えば家庭科とかでも料理うまかったな。
「いただきます」
「いただきますー」
ひとまず味噌汁を一口いただく。その瞬間体の中に数年間味わうことのなかった充実した温かさが広がってきた。
インスタントとやっぱり人が作るのって全然違う。
「どう?」
「毎日作って欲しい……」
「えっ!? いや、美咲!?」
「なに?」
「いや、別に意識してないならいいんだけど……ほんと、変わんないわね」
純粋に感想言ったんだけど、なんで美嘉は戸惑ってるんだろう。
なんというか、同じものを作ってた時期もあった気がするけど自分で作るのと作ってもらうのじゃありがたみも美味しさも全然違うと気づいてしまった。
朝ごはんを食べた後、着替えと準備を済ませて仕事に向かう。
「そういえば、美嘉は昼はどうするの?」
「ひとまずはバイトでも探してみるよ。この辺で無料のあの求人情報誌とかある場所どこ?」
「駅ビルかスーパーならおいてあると思うけど」
使ったことも貰ってきた事もないから意識したことないんだよね。
「はーい。それじゃあ、いってらっしゃい」
彼女はそう言いながら私にハグしてきた。
「い、いってきます」
一応軽く返してから私は家を出る。
夜になり帰宅するとなんか色々と部屋が片付いていた。
「おかえりー」
「ただいま……なんか色々やってくれたみたいでごめん」
「いいのよ。あたしに出来ることこれくらいしかないし」
「そ、そう?」
「夕飯もできてるから着替えてきちゃって」
「うん……」
まさかこんな生活が私に待っているとは思っても見なかったな。
20も後半になって独身で浮いた話なかったけど、これはこれで幸せなのかも……って、美嘉もずっといるわけじゃないし慣れちゃ駄目か。あくまで数年だろうしさ。
***
あれから数ヶ月が過ぎて事件が起きた。
プロダクションの建物のメンテナンスとかで仕事が午前中で終わって家に帰ったときのことだった。わざわざ自分の家にチャイム鳴らしてはいることもなく鍵を使って入ったわけだけど、自室にいったら私の部屋着に顔うずめてる親友の姿があった。
「み、美咲。いや、あのこれは……美咲のせいよ!」
「いや、もうなんか色々起きすぎて私冷静だから話し合おうか?」
というか、別に嫌だとか軽蔑するみたいなことはないし。
正直、逆の立場だったら私もやってる可能性捨てきれないからね。いや、でもその場合だと美嘉が私のことをってなるからおかしいか。
改めてリビングで話をする。
「私、今日早く帰るっていってなかったっけ?」
「いや、早くって言っても夕方とかかなって思ってたから」
「まあ、そこは細かく時間言わなかった私も悪いけど……とりあえず、なぜ私のせいにさっきなったの」
「あ、いや、あれは別に、混乱してただけで深い意味はないわよ」
目がすごい泳いでて私でも嘘だとわかる。
「はっきり言えば別に、あれをやられてたこと自体はどっちでもいいのだけど、今後のこと考えるとちゃんと私が悪いならはっきりさせるべきだと思うの」
「そ、それは……そうだけど。だって、美咲にどう言えばわからないのよ! ニブチンじゃん!」
「ニ、ニブチン?」
私って鈍いのか。はじめて言われたからさっぱりわからない。自分の恋心にも気づけたしそんなことないと思ってたんだけど。
「だいたい、未だにあたしがこっち来た理由学校だと思ってる辺りとかね……」
「えっ!? 違うの?」
「そんなことだけならそれそ一人暮らし先探すわよ!」
「えぇ……」
「高校の時からずっとそう! こっちの気もしならないで」
段々ヒートアップしてきたな。とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
「私そんな何かしたっけ?」
「お茶に誘ったときとか、あんなに緊張したのに凄い思わせぶりな態度ばっかりとってきて、あたしはもうどうすればいいかわからなくなったわよ」
「お茶……?」
「2年の夏よ!」
2年の夏にお茶した。覚えがないわけじゃないけど、あのときは私もかなり緊張してたし自分の気持ちに気づかれて困らせたらいけないと我慢してた気がする。
これくらいなら大丈夫かなって事は言ってたし楽しかったな。
「その顔全然気づいてないもん~」
「あっ、ごめん。でも、私何かあの時しちゃったっけ? 普通に楽しかった気がするんだけど」
「前後を思い出しなさいよ!」
あの時の前後に何かあったっけな。
「ほら、あたしがその1週間前くらいに聞いたじゃない『好きな人に、アプローチするにはどうすればいいと思う?』って」
「ああ! 聞いた聞いた! それで私が『やっぱり2人でお茶でも誘ってみるとかがいいんじゃない?』って言ったっけ?」
「そうよ……」
「えっ?」
「気づきなさいよ!」
「えっと……あっ」
あの時は誘われたことに舞い上がってたけど、冷静に考えると私がお茶に誘うのがいいんじゃないって言った後にお茶に誘うって、そういうことだったのか。
「いや、まって……でも、それだとその……あの……美嘉がその、私の事を……」
「好きよ! むしろ、あたし周りにはバレまくってて色々手伝ってもらってたくらいよ」
「へっ!?」
「でも、なんかやんわりと傷つけないように断られてるのかなって思って、卒業後は大学とかも違ったしで連絡とってなかったし諦めてたのよ」
「そ、そうだったの」
昔の私はなんで気づかなかったのかな。でも、今の私でも気づいてないしな。たしかにそれ言われたらすごい鈍感だわ。
「でも、去年に地元でやった同窓会で久しぶりに花菜にあったら。美咲があたしのこと好きだけど迷惑かけないためにずっとって話聞いて」
そういえば花菜にはバレてたから白状した覚えがある。そして花菜は美嘉とは高校時代はそこまで仲がいいわけでもなかった。というか一緒にいるメンバーとして別グループだった気がする。だから、美咲の事情も知らなかったんだろうな。
「こ、ここまでいったらもう、あたしがなんで来たかわかるでしょ……」
「な、なんとなくはわかったけど、その私でいいのとか言うつもりはないけど、色々と大丈夫なの?」
「何が?」
「いや、だって両親から何か言われたりとか」
「別に親の許可必要な年じゃないし……来月から別に結婚とかできるようになるし」
「へっ!?」
思わずその発言に立ち上がりそうになってしまった。
「知らなかったの!?」
「い、いや、知ってるけど……」
「知ってるけど?」
絶対今の私顔赤くなってるよ。
「だって、それって結婚まで考えてるってことなのかなって」
「ん? あっ……い、いや、まあ考えたいけど! ま、まずはその、普通に付き合ったりとか、それで時間をかけて……」
お互いにうつむいて無言になってしまった。
これは私から言ったほうがいいのか。いや、でもこんだけ長い間色々気づかなかったのにそんな資格とかあるのかな。
恋に資格も何もないとわかってるけど、変なストッパーがかかっちゃってる気がする。
頭の中ぐちゃぐちゃしてきた。
ひとまず落ち着いて考えろ――そう思って開いた手を意味もなく動かしそう担った時、そっと美嘉に握られた。
「そ、その、美咲は……まだ、あたしのこと好き?」
「そ、そりゃ……もちろん。ぶっちゃけたまに落ち着かないでねれない日とかあるし」
「じゃあ、あたしと結婚前提にその……付き合ってほしい、です」
最後にはまっすぐに私の方を見ていた。
流石にこれに気づかないわけもないし、ここで答えないと一生後悔する気がする。後悔は高校最後の諦めた気持ちだけで十分だ。
「こちらこそ、ぜひ……お願いします。で、あってるのかな? よ、よくわかんないんだけど。とにかく、私も美嘉のこと好きだし、ずっと一緒にいたいです」
「うん……!」
***
あれから1年が過ぎた。
同性婚が認められるようになったけれど、表立って目立つ結婚は中々現れなかったらしい。
結果、今日の結婚式は同性婚で行われる初のもので、しかも私は芸能関係者なせいで少しだけメディアの人も来ているらしい。
「なんだか、恥ずかしいね。ニュースになっちゃうのかな」
「いいじゃない。それならめいいっぱい幸せな姿見せてあげればいいのよ」
「それもそっか」
色々と考えては見たけれど、ドレス2人というのも有りだったが、私達は2回式をして男性役と女性役を交換するという形にした。
両親や友達とかも案外あっさりとこれを受け入れてくれたし驚きばかりだ。
「それじゃあ、行きましょう」
「うん、改めてこれからもよろしく」
「もちろん、絶対に離さないから」
私達は小さく笑って小さくキスをした。