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朱天の詩  作者: 千年寝太郎
序章
4/10

第三節 榊夕映

 飛び交うのは、燕のかたちをした簡易式。それらは標的。それを撃ち落とすのが、今回の課題だ。

 狙うは一点。動きを読んで、ごく少量の霊力を固めて打ち出し、落とすしか榊夕映にはできない。指は銃をイメージ。指先が銃口。―――撃つ。


 命中、命中、命中。


 三体の燕は撃ち落とされ、地面に落ちるよりも先に霊力が体から抜け落ちて、形を失い札へと戻っていく。

 小さく息を吐く。


 祓魔師を育成する場、祓魔堂高等部。一年である夕映たちは、まずは基礎訓練として動くものを確実に仕留める方法を学んでいる。

不意に背後で、歓声が上がっていた。

 見れば札を大胆に体の周囲に展開させて、周辺へ一気に霊力の波を起こして、一度に簡易式を弾き飛ばす輩が現れていた。


「すげえ、さすが遠野だな!」

「格が違うわ、素敵!」

 彼女を称賛する声が聞こえてくる。そういえば、あの短髪で男勝り、活発そうな生徒の名前は遠野だと、今更ながら思い出す。

 彼女は夕映を見て、にやりと笑う。

 夕映は興味がなさそうに手元に視線を落とす。


 夕映の霊力の数値を10とするならば、今使った霊力の消費は0.01。昔と比べれば大分消費量は少なくなった。だが、もう少し改善の余地がある筈だ。

「あらあらあら、またそんなしょぼい術しか使えないの?榊は?」

「お?」

 視線を上げれば、勝ち誇った様子で遠野が寄ってきていた。

「もっとド派手にばっと霊力は使わなきゃ。実戦向きとは言えないわよね、今のじゃ」

「……自分の訓練もあったのに、オレの事、わざわざ見ていたのか」

 率直な感想を告げれば、遠野の表情が固まった。それから慌てたように拳を作って首を振る。

「別に、そういうわけでは!わざわざ見ていたわけではなく、偶然目に入ったというだけよ!」

「そうか」


 淡白な夕映の反応に、どこか不満そうにしながらも、遠野は追撃するかのように言葉を紡ぐ。

「とにかく、榊家だというのに、あんなしょぼしょぼとした弱っちい術しか使えないのは問題ではないのかしら?まあ、霊力の量が一般の百分の一しか持っていない貴方にはなかなかに難しい話かもしれませんが!」

「そうだな」

 夕映のつっかかりに、やはり返答は淡白だ。実際、霊力が普通の祓魔師よりもはるかに少ないとか、そんな言葉はあまりに聞き飽きているため、興味がそそられないのは事実だ。


「また遠野の奴、榊に突っかかってるよ」

「まあ、あんな奴が五大名門の家の一人って言われれば、許せないよな」

「霊力は弱いし」

「チビだし」

「けど、座学の成績はいいよね」

「遠野は悪い。この間、赤点とってたな」


 そして、背後でこそこそと会話を繰り広げるクラスメイト達に、

「そこ!うるさいわよ!」

拳を振り上げて遠野は怒り、クラスメイト達へと早足に向かっていく。クラスメイト達は楽しそうに悲鳴を上げて、散り散りになる、その光景を、まるで別の世界を見るかのように、ぼんやりと、ただ夕映は見つめていた。


 別に、霊力の弱さそのものを呪ったことはない。

 一般教養、数学国語等の教科では十分な成績を取っている。身長はやたらと低く、未だに小学生並みであるが、これから伸びるだろうと、楽観視している。運動神経も悪くない。一般の高校生であれば、十分すぎる才覚を持っている。ただ、榊夕映の不幸は、彼の家が祓魔師の家系になったということ。そして、その家で初めての男児であったこと。後継を期待されていたけれど、絶望的な霊力の弱さに義理の親に諦められてしまったこと。

 その二つが、彼の心に重くのしかかっている。

 霊力は、祓魔師にとって一番大切なものだ。霊力が強ければ祓魔師は世の英雄と成り得る。弱ければ祓魔師は弱者であり続け、淘汰されていく。


 これが、今の世の常。

 それは別に苦痛ではなかった。特にそれといった感情も持ち合わせていなかった。

 これが現実だと、受け止めていた。

 そのつもりだった。




 四月の小雨は静かで心地よい。

 傘を挿す。傘の先のほうからゆっくりと鳴り始める雨が当たる音を楽しみながら、夕映は校舎を出た。どんよりとした曇り空が広がっている。

「あら、やっぱり帰るのね、榊くん」

 背後から声を掛けられた。

 やはり遠野だ。今日はよく話す。


「ああ」

「そんなんでいいの?あなた、祓魔師の名門の榊家の人間でしょう?少しでもプロの祓魔師と接して、将来を開拓しなければいけないんじゃないの?お父様とかといっしょにお仕事をしたりだとか」

少しだけ、心配したような声音だった。

 祓魔堂の放課後は、普通の高校生とは異なり、祓魔局の班に属し、仕事の手伝いをすることが可能だ。大抵は、祓魔師の子供は祓魔師を目指すので、みんな、自分の親の元で祓魔師としての実戦経験を積み重ねることが多い。


 夕映にはそんな話は一切ない。

―――我が家に相応しくない者が、わざわざ他所の家にその無様な能力を見せに行く必要はない。

 それが、父親の方針だった。


「別に。オレには関係のない話だから」

 ぼんやりとした口調で返せば、遠野は嬉しそうに鼻を鳴らした。

「あら、そう。つまらない男ね」

 そのままつかつかと歩いて行ってしまう。

 それを目だけで追ってから、再び夕映は歩き出す。校庭は少しぬかるんでいて、空から降る雨で小さな穴を作っていた。


 そして、

「…………?」

首を傾げた。

 帰り道も中盤に差し掛かった頃。雨脚が少しずつ強くなった頃。

 閑静な住宅街の道端で、ぶっ倒れている人間がいた。


「……お……?」


 そそそ、と近寄る。

 女の子だ。鮮やかな栗色の長い髪をしている。うつ伏せになっているので、顔はよく分からないが、直感で少女と分かった。

 少しだけ、奇妙な気配がする少女だ。この世のものではないような、しかし幽霊の類とは異なる、まるで命そのもののような。嫌な感じはしないから、おそらく危険性はないだろうが。

 一応、生存確認をしたほうがいいだろうか。


「……おい、大丈夫か?」

 体を揺すると、

「あと十分……」

そんな返答があったので、

「そうか」

頷いてその場を立ち去ろうとした。


 その足をぐわしと掴まれた。


「ちょっと待って待って待って!女の子が一人倒れているんだよ!ここは抱き上げてお家まで連れ帰ってご飯をおごってくれる展開でしょ!」

 ゆるゆると振り返れば、そこには血のように真っ赤な瞳があった。宝石のように美しいが、どこかおぞましい。顔立ちは可愛らしい丸顔であるが、美人でもあるが、何とも形容しがたい、いや、形容してはいけないような気がして、夕映は思考を止めた。


「……腹、減ってんのか?」

「うん、うん!とっても空いているんだよ!ここで見捨てたら、呪っちゃうぞ?」

「冗談っぽくは聞こえねえな」

「そうかな?」

 満面の嘘っぽい笑みを浮かべながら、少女が首を傾げたので、夕映はため息を吐いた。


「だってお前、人間じゃねえだろ」

 本当に人を呪える類の、人間ではない何かだ。

 直感が悟っていた。


 少女はきょとりとして、それから激しく首を振って頷いた。

「そうそう!よく分かったね!因みにきみは人間だろう!あたしにだって種族くらい、分かるんだからね!と、いうことで見捨てたら呪っちゃうぞ、呪っちゃうぞぅ!」

 子犬が吠えるように甲高い声で、よく喋る。夕映は傘を持った手を見つめた。この傘がなければ、耳を塞げるのに。そんな事を思いながら、再びため息を吐く。


「分かった。ついてこいよ。簡単なもん、食わせてやる」

「マジで?やった!」

 雨の中、ぴょんぴょんと彼女は跳ね回る。何度も何度も、本当に嬉しそうに。

 何なのだろうか、こいつは。


 不思議な少女に呆れ果てながら、夕映は彼女に傘を差し出す。

「ほら」

「ん?」

「濡れるだろ」

「別に平気だけど」

「ダメだろ。風邪ひくぞ」

「別にひかないよ。人間じゃないんだから」

「関係ねえ。女を雨に濡らしてちゃ、オレが気分悪い」

「相手が女だから、雨に濡らすと気分が悪いの?」

「悪い。お前、体、弱そうだし」


 少女は目を丸くする。それから、夕映から傘を受け取って、傘を挿して、数秒考えてから、夕映に擦り寄ってきて、傘を傾けてくる。

 今まで鮮明に聞こえていた雨音がくもった。


「へへ、相合傘っていうんでしょ、これ。これで濡れないよ」

「そうか」

「ちょっとちょっと、人間の男の子ってそこで照れるものなんでしょ!」

「別に」

「ぶー!つまんない、つまんない人間だな、きみは!」

「よく言われる」

 喋る少女の受け答えを適当しながら、夕映は一歩、踏み出した。


 ばしゃり、と水が跳ねた。


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