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朱天の詩  作者: 千年寝太郎
序章
3/10

第二節 天霧八尋

 奇妙で変人な兄弟だ、とは聞いていた。

 けれど、実際に会ってみれば、奇妙で口が悪く、不思議な人だった。

 祓魔局へ向かう車中で、天霧八尋はそんな事を考えていた。

 本当に、不思議な人だった。

 鬼界颯。赤い瞳が特徴的な少年。


「しかし、鬼界というのは、どこか頭のネジが飛んだ人間ばかりですね」

 前方の座席で車を運転する沢が、そんな事を口にする。

「そうね。本当に」

 八尋は同意する。


 妖魔が現れた時、最初から八尋はその場に居た。妖魔の傍に鬼界が見えて、それが同期である鬼界巧に見えたから、少し待った。彼の実力は計り知れない。強すぎる彼を今まで、何度も何度も見せつけられて、その都度に煮え湯を飲まされた。


 悔しい、悔しい。

 何度も心の中で呟いた。

 相手の妖魔の霊力からして、強さのランクはDランクだと、隣で沢が教えてくれた時、ならば手を出さなければいいか、と八尋は思った。どうせ、すぐ傍にいる鬼界が、すぐさま妖魔を倒す。それこそ、ほんの一秒もかからずに。

 なのに、鬼界は動かなかった。

 人々は恐怖に悲鳴を上げて逃げ惑っている。それなのに、ただぼんやりと妖魔を眺めているばかりだった。


 苛立った。そして、沸き立った。

 彼よりも優位に立てる瞬間だ、と思った自分がいた。


「……本当に、嫌な奴よ」

 私って。付け足す言葉は、口からは漏れなかった。

 漏らすわけにはいかなかった。教育係の沢が見ている。聞いている。

 次期天霧家の当主に、自らを卑下するような言葉は許されていない。


 沢は、八尋の呟きを、鬼界家に向けての嫌悪だと勘違いをしたらしい。満足そうにうん、うん、と頷いた。

「そうそう。鬼界なんて疫病神のような家柄とは、極力関わらないほうがいいですよ。ロクな噂を聞きませんから」


 そうだ。

 祓魔師の家系は、代々どこかの土地を統治する役目を担う“土地守”の家系も存在する。鬼界といえば、負の力が集う土地の統治を行う家柄としては非常に有名で、故に様々な不運に見舞われる家系でもある。

 家族の突然死。周辺地域の天変地異などはよくあることで、つい三年前など、強力な妖魔に襲われ、跡取りが一人亡くなったと、当時は噂になったものだ。

 また、あの家か、と。


「とにかく、お嬢様は天霧家にとって利益となる殿方を見つけることが第一です。間違っても先ほど会ったぼんやりとしたような鬼界とか、あの戦績だけは良い糞生意気な鬼界とか、ああいう不良たちに心を惹かれてはいけませんよ。奴らはお嬢様とは正反対の性格ゆえに、気になるかもしれませんが……それは所詮、まやかしですからね」

「ええ、分かっているわ」

 八尋は適当に頷いて、窓の外を見た。人が流れていく。景色が流れていく。車は右に曲がる。その先に見えたのは、周囲のビルよりも更に高い、新設のビルだった。地上六十階、敷地面積は4.5ha。

 今や妖魔から世界を護る要の一つとなった、祓魔局。その新宿第三支部が、見えてきた。



 祓魔局。名は体を表す。明治時代以降、日常となった妖魔を祓い倒すための政府の専門機関。元々日本を支えてきた名のある家柄の人間たちが総力を上げて作り出したこの機関には、様々な人間が出入りしている。

 まず、祓魔師。妖魔を祓い滅する力を持ち、妖魔を祓うことで生計を立てている。今や日常となった妖魔の存在は、彼らの強力化と共に、祓魔師たちの地位を高めていく結果となる。

 ほか、祓魔師の見習いとする少年少女たちの中でも、祓魔師の家系の次期当主として定められた子供や、特殊な才能を持つ子供たちが、特殊な訓練を受けるために出入りをしている。


 八尋も次期天霧家の当主として、祓魔師の訓練を受けている。今日も、その目的でこの場所へ来た。

 祓魔局建物の中に入れば、常に一定に保たれた涼しい空気がまず、八尋を出迎えてくれる。エントランスはかなり広い。真っ白な支柱を一つ真ん中に添え、観葉植物は邪魔にならない程度に配置されている。壁には幾つかの画面が取り付けられていて、その前にはプロの祓魔師が立って、画面を睨んでいる。画面に表示されているのは、現在の東京都をはじめとした全国区の地図。各地区に、1から3までの数字が表示されている。


 数字が表すのは、妖魔の出現率だ。妖魔は一般的に地面に流れる生命の流れ―――地脈の乱れによって出現すると言われている。その地脈の乱れを観測し、数値化しているのだ。


 1は標準値。普段通り、ということ。

 2は普段よりも地脈の乱れが高い。注意されたし。

 3は著しく地脈が乱れており、妖魔が出現する危険性が高いので、祓魔師を派遣する。指示を待つべし。

 こんなところだ。


「今日は祓魔師が多いですね」

 沢が周囲を見渡しながら、そんな感想を呟いた。

 確かに、祓魔師は、普段は任務にあたっていて、出払っていることが多いので、エントランスでそこまで見かけることはない。だが今日は、やたらと待機している祓魔師が多い。


「おお、沢」

「あら。遠野さん」

 手を振りながら声を掛けてきたので、大柄な男の祓魔師である。実直な性格で有名な遠野宰だ。東北出身の祓魔師で、術式のくみ上げがとても上手い。


「今日は待機なのですね」

「ああ。妙に地脈が安定していてね。今日のところ、一体も妖魔が出現していない、不思議な一日だよ。皆は嵐の前の静けさではないか、と警戒しているようだが」

「え?先ほど、渋谷で妖魔と遭遇しましたよ?」

「なに?」

 八尋が不思議そうに首を傾げたら、遠野は驚いて八尋を見た。


「そんなバカな。報告は上がっていないぞ。妖魔の観測もしていないはずだ」

「それこそ、そんなバカな事がありますか。警報だってちゃんと鳴って……いや、けれど、警報が鳴ったのは妖魔が出現した後でしたね。本来ならば、出現する前に鳴り始めるはずなのに……」

 沢は眉間に皺を寄せ、スマートフォンを取り出して何かを検索した。その後、八尋に向き合う。


「八尋お嬢様。申し訳ありませんが、おひとりで教室まで向かっていただいてもよろしいでしょうか?私はこれから、少し調べものと報告をしてきますゆえ」

「ええ、いいわよ」

 当然。八尋はそう答えた。


 妖魔が出現すると、妖魔が発する妖気を、各地に設置された結界がその存在を観測し、随時情報を祓魔局本部へ送る仕組みとなっている。しかし、先ほどの妖魔は観測されていないという。それは、人々の生活を脅かす可能性がある、非常に重大な問題となる。


「ありがとうございます」

 沢は申し訳なさそうに頭を下げて、急ぎ足でその場を去って行く。それを見送ってから、八尋は踵を返し、受付へと向かう。


 長い髪を一つにまとめ上げた女性が、八尋に気づいて一礼をする。彼女は、いつも受付をしてくれているため、名前と顔を覚えられている。

「天霧様、お待ちしておりました。今回の特別カリキュラムは、702号室で行れます。カードをどうぞ」

 差し出されたカードを八尋は受け取る。教室へ向かうためのカードキーだ。

「ありがとうございます」

 お礼を言って、八尋はエレベーターへと向かう。行くすがら、何人かの祓魔師にすれ違った。


(あ、日嗣優紀さんだ)

 すれ違った一人が知っている顔だったので、思わず見てしまった。プロの祓魔師であり、広報担当の彼は、マネージャーを付き従えて、足早に歩いていく。顔立ちが整っている為、すれ違う女性たちは頬を染めて彼の顔を眺めている。


 ただ、八尋はそういうものは一切興味がないため、すっと視線を逸らすだけだ。

(今日の訓練の内容はなにかな)

 そんなことばかり考える。


 エレベーターに乗る。持っているカードキーでセンサーにタッチすれば、ロックが解除されて、階数を選ぶことができる。そのまま、上へ上へとエレベーターは昇っていく。ガラス張りのエレベーターの中からは、外がよく見える。

(ん……?)

 ふと、視線を逸らしたその先に、何か、ビルの間を飛ぶ人間の姿を見たような気がした。

 いやいやいや、気のせいだ、と頭を振る。たとえ霊力を使った身体能力強化を使ったとしても、ビルとビルの間を飛ぶことなど、できるはずがない。

 五階でエレベーターを降り、507号室に到着。そのまま部屋の戸を開き、


「だあ!畜生あのやろう!」


 元気のよい、聞き覚えのある声がした。

 舌打ちをしながら、机をがんがんと叩いている少年がいた。鬼界颯と全く同じ顔をした、しかし彼よりも何倍も気性が荒そうな少年。鬼界巧。鬼界家次期当主として、特別カリキュラムに参加している、八尋と同じ高校一年生だ。


「なあにが、“今すぐにカリキュラムを止めて、一般人に転向したほうがいい。キミのためだ”だ!あんの臆病者が、糞が、糞が!」


 叩いた机にどんどんと罅が入っていく。床が震える。特別カリキュラムを受けている次期当主の中でも随一の接近戦が得意な彼は、どうやら普段から霊力を身に纏って身体能力を上げているらしい。そういう訓練を受けているとのことだが、すぐにモノに八つ当たりする彼には、ある意味不向きな訓練である。


「一体どうしたの?」

 そそそ、と教室の隅の空いている席に着きながら、八尋が隣の少女に尋ねる。

「お兄さんと喧嘩をしたらしいですわ、さっき電話で」

「ああ……」


 呆れた。

 どうやら巧とその兄は、仲違いをしている―――というよりも考え方の方向性が全く違うために、事あるごとに言い争いになっている。そんな現場を何度も目撃している。

 これは、先ほど巧の兄弟の颯に会った、と話しかけるのはよした方がよさそうだ。火に油を注ぐ。


「……栄枝ちゃん、何をしているの?」

 そして、隣でうっとりと手元の鏡を眺めている、十歳前後の少女―――塚本栄枝に尋ねる。

 彼女はとても楽しそうに答えてくる。

「ええ、お兄様の横顔を眺めておりました」

「お兄様って……塚本秀男くん?」


 塚本家は、それなりに歴史のある祓魔師の家系である。家の方針で兄弟は五人おり、その一番下が栄枝。四男、秀男が八尋と同い年―――つまるところの高校一年生である、とは風の噂で聞いたことがある。

 だが、それだけだ。

 秀男は一般の学校に通っているという。霊力という祓魔師の才能の一切を持たずに生まれてきたからだ。どんなに名門に生まれても、能力がないだけでその世界からは淘汰される。祓魔師の世界は厳しいのだ。

 栄枝は塚本家の次期当主候補である。


 そんな彼女が、無能である兄に執着する理由が、八尋には全く分からなかった。

 彼女は、楽しそうに鞄の中を探りながら言う。

「ええ、式神にいつも守らせているのですが……今日も麗しいお姿ですわ」

 鏡に写真でも貼っているのだろうか。覗き見れば、そこには現在進行形で動き、教室の席に着いている塚本秀男と思しき人物を、下のアングルから映している、画面のようなもの。

 実際には投影術。式神の眼を通して、他の景色を見るという術である。

 なんだか全体的に影が薄そうな、高校生の少年。塚本秀男が席を立ちあがり動き始めれば、式神が視線を動かしたのか、鏡に映る景色が動く。


「……これ、盗撮……」

「護衛ですわ」


 断言する栄枝が恐ろしい。

「これでいつもいつも、お兄様の様子を見ておかないと、いつおかしな虫がつくかどうか、分からない……。だってお兄様、理想の兄という言葉を体現したような容姿をしていますのに、全くご自覚なさらないから……あああ、お兄様、それはいけません、いけません!」


 ブラコンという言葉を体現したような栄枝が、不意に慌てる。秀男の靴の裏が近づいてきたかと思えば、式神の視界が真っ暗になり、何も映さなくなってしまった。

 どうやら、式神が破壊されたらしい。

「……ああ、またばれてしまいましたわ……。式神をまた作り直さないと」

 そう言いながら、栄枝は黙々と手元の札に文字を描き、式神づくりを開始する。


 兄と喧嘩をしただけで、机を半壊させる鬼界家次期当主と。

 兄を思うあまり、ストーキング行為に徹する榊家次期当主と。

 なんというか、次期当主は性格がハチャメチャである。ぶっ飛んでいる。


 日本の祓魔師の将来が、本当に不安になった八尋であった。


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