表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱天の詩  作者: 千年寝太郎
序章
1/10

ー1節

 死ぬわけにはいかない。

 死ぬわけにはいかない。


 足を引きずりながら、呼吸を乱しながら、暗がりの森を必死に歩いていた。

 内臓の一部は地面へ落ちた。邪魔だから置いてきた。吐き出す息と共に、血が溢れ出す。地面に垂れたら、そのまま消えた。


 何かが自分を見ている気がする。それは決して気のせいではない。目が、目が、目が、目が。あらゆる目が、こちらを観察している。

―――あいつは誰だ?

―――なんでこんなところに居る?

―――虚無界の人間だろう?

 こそこそと、妙に彼らの声ばかりが聞こえてくる。


 まだ、前に進まなければ。

 前に進まなければ。

 心を支えるのは使命感だった。心を支えているのは、異常なほどまでの生命力だった。体の弱い自分が、こんな所で必死に生にしがみ付いている。それが、不思議で虚しくて、たまらなかった。


「ああ、こんなところにいた」

 上から。声が降って来る。

 続いて人影が降って来る。

 長い黒髪を持つ少女だった。見た目は十五、六歳といったところか。彼女は片手に、巨大な刀を掴んでいた。


「全くもう、こんな世界の狭間まで魂が彷徨うなんて、滅多にないことだから……探し回っちゃったじゃないか」

 駄目だ。

 本能が叫んでいる。

 こいつに掴まったら終わりだ。

 少女はゆっくりと近づいてくる。にこにこと、笑顔を顔に貼り付けて。


「安心してね?すぐに終わるから」


 細められた目が、一気に見開かれる。その瞳には色が無い。ただひたすらに、虚無が広がっている空洞。見る力はない。見ることは許されていない。

「すぐに殺して、あの世に送ってやるからさあ!」

 開いた口から涎が飛び散り、嬉々とした表情で、襲い掛かって来るそれは、まさしく死神というに相応しい。凶暴で凶悪で、純粋にただ、魂を刈り取るだけの存在で。


 駄目だ、と心が叫んでいる。

 ここで終わるわけにはいかない。


―――誰か。


「玉髄顕現」


 短い言葉が聞こえた。

 少女の姿を死神に襲い掛かったのは、鈍色に輝く炎だった。それが少女に触れた瞬間、一気に凍結。美しい氷山を作り出す。

 周囲の温度が突如として低下する。吐く息が凍る。森の全てに霜が降り、辺り一面が白い世界へと早変わりした。


 私は膝をつく。体に力が入らない。倒れる。冷たい地面が気持ちいい。耳を地面につける。霜を踏みつけて歩いてくる足音が聞こえてきた。


「お前、さ。オレに自分の死体処理をさせるために呼んだのか?あー、いや。死体じゃなくて魂の処理か。しかし変な奴だな。魂のくせに傷が治らないどころか広がっている。なにか呪いでも受けたのか?」

 ぺらぺらとよく喋る。思考していることが、全て口から流れ出るタイプであるらしい。


 ああ。けれど。

「……助けて」

「あ?無理に決まっているだろうが。死んだヤツを助けることなんざ、できねえよ」


 ああ、けれど。

 必死に顔を上げ、その顔を見ようとする。

 おそらく、自分の一生で最期に見る顔になるだろうから。

 眼はもう上手く機能していない。視界はぼやけていて、色しか見えない。


「……オレじゃない」

「うん?」

 それでも。

 真っ白な世界に中に浮かび上がる、輝きがある。


「オレの、家族を……どうか、助けて」


 それは真っ赤に燃え上がる炎のような、紅蓮の色だった。

 その色が僅かに揺れたのを、私は、確かに見た。





 始まりは、この瞬間だった。

 けれどこれは、私の話ではない。

 彼らの家族の話だ。

 そして、私が語ることができるのは途中まで。

 なぜなら、私は死人であるのだから。

 けれど、これは途中まで、私の話でもある。

 私が、家族を助けるまでの話でもあるのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ