1-6 「珈琲の苦味」
冒険を終えてその日あったことを仲間の冒険者と酒を交えて語り合う。
それもまた冒険者の醍醐味の一つだ。
殺風景な酒場もそこに冒険者と語り継がれる武勇伝があれば、それだけで彩りが増す。そこに、酒や美味い飯があればなおさらだ。
冒険者は明日をも知れぬ命。
いつどこで、誰が死ぬのか分からない日々を送る彼らは、その日その日を悔いのないように過ごす。それが冒険をするということなのだから。
「だからざー、俺もがんばってんだよお~。モンスターたおじとかざあ~」
酒場にシャドウの声が響く。声の主は完全に酔っていた。
エマは苦笑しながら、その様子を見守っている。
アーサーに飲み過ぎるな、と言っていたシャドウだが、今はアーサー以上に飲んでいた。
アーサーはというと、店の隅ですーすーと寝息をたてて眠っていた。彼を起こさぬようにと、女達はトランプを使ったゲームでアーサー争奪戦を行っている。
シャドウはチーズをのせて焼いたジャガイモを口に運びながらエマに愚痴る。
「俺ばっかり、無視ざれんだよ~。エマどうおもう?」
「あはは・・・・・・それは可哀相だね」
「だろお? どいつもこいつも顔で選びやがってー!!」
「・・・・・・そう? 私はシャドウ君の顔、結構イケテると思うよ?」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
「エマ様ァああああああ!!」
シャドウはテーブルに突っ伏して涙を流した。
「大げさだなあ」
エマはそんな光景に苦笑を浮かべる。
「ところでシャドウ君って、どうして冒険者になったの?」
「ああ、それね・・・・・」
「やっぱり、伝説の秘境を目指して? 伝説の宝石を求めてとか?」
「そんなんじゃないんだ・・・・・・俺はただ・・・・・・」
酒に酔っていても、慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
「まあ、なんでもいいんじゃね」
「なにそれー」
エマは思わず笑みをこぼす。
「エマはどうして冒険者になったんだ?」
「え、私? そうだなー、妹を助けるためって言ったら信じる? 病気の妹を助けるために、『賢者の刻石』を求めて、世界を旅してるって言ったら」
「信じるよ。あんたはいい人だ」
「え?」エマはシャドウの言葉を一瞬のみ込めずにいた。
「あんたの目は、いいやつの目だ。いろんなやつを見てきた俺には分かる」
「そ、そう?照れるなー」
時刻は十一時。店の中がだんだんと静かになっていく。
「ねえ、シャドウ君。お店を変えない? 私いい店知っているんだー」
「うん? おっけー」
「じゃあ、行こう!」
シャドウとエマは机に代金を置いて、店を出た。アーサーのことが頭をよぎったが、後で迎えにいけばいいだろうと考えた。
夜の街道を二人並んで歩く。ここは王都の南側メインストリート。
深夜にも関わらず、通りは人で溢れている。店の多くは魔法を使って明かりを作りだし、夜道を照らす。
先ほどのキマイラ騒動が起こった西外壁付近のことが頭をよぎったが、シャドウはそのことを深く考えないようにする。
「ここー!」
エマが止まり、一つの店を指さした。見た目は普通の店だ。喫茶店に見えないこともない。
「入ろう!」
「お、おう・・・・・・」
店内に入ると、奥にスキンヘッドで褐色の肌の巨漢が珈琲を淹れていた。
「いらっしゃい」
シャドウとエマはカウンターの席に座る。
「どうする、シャドウ君? お酒は飽きたでしょう? コーヒー飲まない?」
「じゃあ、コーヒーで」
「マスター、コーヒー二つお願いします!」
店主は珈琲を淹れはじめる。慣れた手つきで珈琲を淹れる様は、思わず舌を巻くほどだ。
「にしても、シャドウ君、お互い苦労してきたんだね」
「ああ、そうだな」
「私、シャドウ君のこと結構好きかも」
エマは静かにシャドウの耳元でささやいた。少女の甘い香りと熱のこもった息が耳にかかり、思わずドキマギする。
「珈琲お待たせ」店主が珈琲を二つ差し出す。
「ありがとう、マスター」
「シャドウ君、飲む前に目を瞑って」
なんで?と聞こうとしたが、シャドウは聞こうとする自分の心をねじ伏せた。
(このシチュエーションはまさか!? いやさっきの言葉といい、もしかして―――!?)
シャドウは目を瞑り、口元に付けられるであろう少女の可憐な唇の感触を待った。だが、いつまでたってもそれがくることがない。
「・・・・・・まだか」
「あ、ゴメンね。もういいよ」
キスではありませんでした。
「じゃあ、飲もう!」
「お、おう」
「乾杯!!」
「またか・・・・・・」
「いいじゃんいいじゃん♪」
シャドウは苦笑した。そして、口に珈琲を持っていく。酒で麻痺した舌が珈琲の苦味で緩和されていく。
落ち着く苦味がある、そんな感じだ。
「どう、おいしいでしょう?」
「ああ、おいしい」
「よかったー!」
肩にエマの頭が寄りかかる。
「エマ・・・・・・?」
「もう少し、こうさせて・・・」
少女の息は熱い。頬は紅い。珈琲の仄かな香りと少女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。そこでふと、シャドウの意識が途切れた。
(やべえ、飲みすぎたか・・・・・・?)
シャドウは机に突っ伏した。
その意識は闇へ。
シャドウが眠りについたのを見て、エマは一人息を吐く。
「やっと、眠ったわね・・・・・・」
シャドウが目を瞑っている間に入れた睡眠薬が効いたらしい。
ぐっすりと眠っている。
「ごめんね、シャドウ君。でも、だまされる方が悪いのよ?」
エマはシャドウの身に着けているバックパックから、財布と金目の物を奪う。
罪悪感はない。というより、とうの昔に捨てた。
全ては一人の妹を救うため。
「あなたのこと、結構本気で好きだったかもね」
エマは踵を返す。そこで後ろから声がかかった。
「あんた、また同じ過ちを繰り返すのか?」
店主だ。スキンヘッドの巨漢は言葉を繋げる。
「そんなことして手に入れた金で妹さんを助けたとしても妹さんは喜ばないぞ」
「マスター。私はやめるわけにはいけないの、妹を助けるために。お代は机の上に置いておいたわ」
そう言って、エマは店から外へと出た。その背中は何かに震えていた。
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