3-3 「再会の泥棒猫」
イリス、オリヴィア、ベルトルトが明日開催される王女誕生祭の準備に行くのを見届け、シャドウとアーサーは王城の一室に戻って来た。
「ごめん、シャドウ。僕ばかりこんなことになって・・・・・・」
アーサーがシャドウに対して申し訳なさそうに言う。
「まあ気にするな、アーサー。俺は暴れる魔物を倒したでけで、直接人を助けたわけじゃない。それに比べ、お前は魔物を倒して大勢の人を救出した。胸を張ってパレードに参加してこい」
そう言う途中でシャドウはキマイラに殺されそうになった少女を助け出したの思い出した。
(あの子は大丈夫だっただろうか・・・・・・)
「シャドウも人助けをしたよ、だから―――」
「あれぐらいじゃ人助けをした気にはなれねえよ。俺のことはいいから、パレードに参加してこい!」
「で、でも・・・・・・」
「いいから! それで酒場の連中にお前のことを自慢させてくれよ。俺は街を救った英雄の親友なんだってな!」
シャドウは手にすることが出来なかった物に対して諦めが早い。
いつまでも手にすることが出来なかった物を悔やんでも時間の無駄だと知っているからだ。それはシャドウの美点だと自負しているし、アーサーも高く評価している。
だが。
「・・・・・・シャドウの過去はこの上なく最悪なものだったと僕も思うけど、それは自分の感情を殺す理由にならないよ?」
「・・・・・・やめて、急にそんな恥ずかしいこと言うのやめて!?」
アーサーの言葉にシャドウは冗談めかしたように肩をすくめる。
「僕は君の相棒だ。だからその相棒を正しく導くよ。必ず」
シャドウは冗談のように笑うが、アーサーは本気だ。
「はいはい、ほら行け。人々は英雄を待っている」
「今日の午後七時」
唐突にアーサーはそう言った。
「は?」
「一昨日、王都に来たときに行った酒場に来て。ここに長居するわけにもいかないし、宿を見つけよう」
じゃあまたあとで、と言葉を残し、アーサーはパレードの準備のために部屋を出て行った。
一人残されたシャドウはアーサーが出て行ったドアを見て一人呟く。
「やっぱり、あいつは俺のことがよく分かっているんだな・・・・・・」
(さてどうするか・・・・・・。王都に来たからなんか名物のものでも―――)
「あ、金がない・・・・・・」
王都アトラス第六区画、南メインストリート。
通りは明日開催される祭りの準備に取り掛かっていた。建物と建物をつなぐようにした飾りつけや露店の準備、パレードで通る道の確保、着ぐるみを着ての接客業の打ち合わせなどに人々は没頭していた。ここでも冒険者は依頼を受けたりする。力がある者は重い物を運び、美意識の高い者は街の飾りつけをし、露店で出す料理の食材集めをするために森の中へ足を運んだり、と様々である。
明日、命が消えるかもしれない冒険者にとって、祭りは最高の娯楽だ。日頃の疲れを忘れさせ、人生の楽しみを見出させる。
「やっぱ、祭りってのはいいもんだな」
談笑しあいながら作業をする人々を尻目に、シャドウは呟く。
すれ違う人々の中に多くの亜人種を、シャドウは見た。
アトラスティア王国は多種族国家だ。
人間はもちろんのこと、亜人種である、エルフやダークエルフ、ドワーフ、獣人種などが同じ国に入り混じっている。
亜人種などは見た目などから差別や迫害の対象とする国が多いが、アトラスティアは違う。どんな亜人種でも人間同等に扱うように国が法で定めているという話だ。その法を定めた国王の温厚さとカリスマ性は言うまでもない。
「あの王、親バカなわりに、良い王様なんだな・・・・・・」
次に会ったら、昨日の無礼を深く謝ろうと決意し、シャドウは通りを歩く。
そんなシャドウの耳朶が通りを歩く男達の話し声を拾う。
「明日はまちにまったお祭りだ、お前らちゃんと働けよ!!」
「へい、兄貴!! 今年は一段とやる気っすね!!」
「たりめぇだろ!! なんせ、明日はここを国王様が通るんだ。しかも、今まで病弱だった王女様も一緒って話じゃねえか。王女様がパレードに参加するのは七年前の『あの事件』以来だぜ!? 王女にこの街が気にいられたら、商売が上がったりじゃねえか」
「なんで、王女に気にいられたら、商売が繁盛するんすか?」
「馬鹿言え、お前、王女が気に入った街ってことになれば、噂を聞きつけて客がたくさん来るに決まっているだろ?」
「ああなるほど・・・・・・。昨日の二千万ルクスの依頼から立ち直りが早いっすね、兄貴」
「ああ、昨日の依頼は今日にはすっかりなくなっちまったしな。捜していたやつは見つかっただろうか」
「見つかったんじゃないんすか」
それもそうだなと笑い、男達はシャドウの傍から遠ざかる。
「七年前の『あの事件』? 一体何があったんだ?」
シャドウは首をかしげる。当たり前のことだが、王都に来てまだ二日しか経っていないシャドウにとって、イリスを含む、王族関係のいざこざや街の仕組み、地形もよく分からない。
「っていうか、二千万ルクスの依頼って何だ?」
(そんなおいしい依頼があったのかよ!! 俺もやってればよかった!!)
シャドウは知らない。
昨日、王がイリス捜索のために冒険者ギルドに依頼を要請し、二千万ルクスという大金を報酬金として定めたこと。そして、その事実がシャドウの王女誘拐疑惑によって、うやむやになったこと。
シャドウは知らない。
自分が二千万ルクスの依頼の功労者であるということを。
王都に来たばかりのシャドウにとって、王都での知り合いは少ない。持ち前の影の薄さもあってか、シャドウは周りの空気から少し浮いていた。
シャドウは影が薄いというより、よく人から忘れられやすい『体質』であった。長時間、共に過ごした間柄ではそうではないが、ほんの数回会って話しただけの相手ならばすぐに忘れ去られてしまう。
「やっぱ、アーサーについて行くべきだったか・・・・・・」
そう呟き、王城へ戻ることを決め、踵を返したその時だった。
シャドウの眼前に広がる薄い色の世界に、一人のはっきりとした色を放つ少女が一人いた。
肩口までの亜麻色の髪に、腰に二本の短剣を携えた冒険者の装いの少女。
「おーい、エマ―――ッ!!」
シャドウは亜麻色の髪の少女に声をかける。
ビクリと亜麻色の髪の少女―――エマの肩が震えた。そしてゆっくりと後ろを振り向く。
「シャドウくん・・・・・・!?」
「どうした? お化けでも見るような顔をして」
金品を盗まれたカモとその金品を盗んだ泥棒猫。
それが、極端な喩えのシャドウとエマの関係だ。
エマは警戒心剥き出しに、シャドウに問う。
「どういうこと、シャドウくん。私の前に現れて、金品を返してもらおうって言う気? 生憎、もうあのお金は―――」
「何言ってんだ? なんで今更あのお金のことについて話合わなきゃいけねえんだよ?」
シャドウの予想外の言葉にエマは口をぽかんと開ける。すぐに我を取り戻し、エマは再びシャドウに問いただす。
「あなた、一昨日の夜のこと覚えてないの? 私はあなたからお金を奪ったのよ?」
「いや覚えてるよ? あの時の俺は確かに腹が立った」
だったら、何で? とエマが言葉を発する前に、
「良い勉強になったぜ。女は内心で何を考えているか分からないってな? まあ、あの酒を交わした時に、女の怖さを教えてくれた授業料だと思えば、あの俺の盗まれた金は安いもんだと―――」
「ふざけないでッ!!」
エマは大声を上げた。周りの人々の視線がシャドウとエマに集まる。
おいおい痴話喧嘩はむこうでしてくれよ、道端でカップルの喧嘩はやめてくれ、等の声が向けられてきたシャドウはエマの手を引き、道の外れへと走った。
道の外れ、路地裏。
「離してッ!!」
「エマ! なんで、道の真ん中であんなことを言ったんだよ!?」
そう言って、シャドウは固く握り締めたエマの手を離す。
「シャドウくん、私はきみからお金を奪ったのよ!? それに騙したわ! それなのになんで、きみは私に食ってかからないのッ!!」
エマは本気で怒っている。それはエマの剣幕の表情を見れば、容易に読み取れる。
だが、シャドウはなぜエマが怒っているのか分からなかった。
「おい、エマ、何怒っているだよ・・・・・・?」
その言葉はまさに火に油を注ぐ行為だった。
エマがシャドウの胸倉を掴み、シャドウの背中を壁にたたきつける。
「私は、あなたを騙した。お金を奪った。それなのに、あなたは私に対して、怒っていない・・・・・・ッ!!」
「怒ってないことはない! 確かに、お金を奪われたすぐあとは苛立ったが」
「でも、きみは盗人を前にして激怒していない。私は、シャドウくん。きみのお人よしなところが大ッ嫌い!!」
そう叫んだ後、ゆるりとシャドウの胸倉から手を離し、エマは暗い路地裏から、日の当たる道へと足を運ぶ。
(クソッ!! なんで怒っているのか知らないが、このままだと胸糞悪い!)
「おい待て、エマ!!」
小さくなりつつある背中を呼び止め、言葉を紡ぐ。
「お前が俺から金を盗んだことを悪いと思っているなら、俺の用件を一つ聞け」
エマがこちらを振り向く。
「今日一日、俺と組んで、冒険者稼業をしてもらう」
「私はソロの冒険者よ? パーティを組む気は―――」
「断ったら、お前の身柄をアトラス騎士団へと引き渡す」
ほんの一瞬、その言葉を聞いたエマの表情が苦々しく歪んだ。
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