2-5 「王との謁見」
「君が魔物を倒した英雄かね?」
ドアを開けたそこには、一人の男がいた。
威厳のある顔立ちにも関わらず、目はとても深い色をしていて、とても優しい。どことなく、人を寄せ付ける目だ。それが、今、目の前にいる男―――アトラスティアの国王へのアーサーの第一印象だった。
「ぼく・・・・・こ、こほん。私の名前はアーサー、昨日この都に来たばかりの冒険者です」
慣れない言葉遣いにつまずきつつも、アーサーは王に深く頭を下げる。
玉座に腰掛ける王はベルトルトに「ご苦労」と短く言葉を伝え、椅子を持ってくるように促す。
椅子を持ってきたベルトルトは、王の指示で、王の座る位置から3メートルほど離れた場所に椅子を設置し、アーサーに座るように促す。アーサーはどうしてよいか分からずに戸惑っていたが、ベルトルトに「座って下さい」と耳打ちされて、王に軽く頭を下げた後、おずおずと席についた。
王と向き合い、アーサーは、目の前にいる人物が王都アトラスティアを束ねる者だということをしみじみと感じた。
「魔物を倒した英雄と聞いたものだから、いったいどんな歴戦の戦士が来るかと思ったら、いやはや、まだ若く、とても端整な顔立ちをされている。我が娘の婿と言わないまでも、執事として雇いたいくらいだ。・・・・・・いや、メイドかな?」
「・・・・・・恐縮です」
アーサーは苦笑する。自らの一つに纏めた長い金髪が動揺したかのように、激しく揺れる。後半の王の言葉は冗談を含めた軽い発言だが、なぜかそれはアーサーにとって深く突き刺さっていた。
「そう固くなるでない、冒険者アーサーよ。君は、街に侵入したガーゴイルとキマイラを倒した英雄であるぞ。もっと胸を張るがよい」
「・・・・・・そのことなのですが、王様。私はガーゴイルは倒しましたが、キマイラは倒していません・・・・・・」
「どういうことかな」
王は眉を顰める。
「キマイラを倒したのは、シャドウという私の無二の親友です。彼がいなかったら、都は今頃、火の海と化していたでしょう・・・・・・」
王は眉間に少ししわを寄せた後、こう言った。
「それなら話は簡単だ。そのシャドウという名の貴殿の友人もここに連れてくればいい」
「王様、シャドウは今朝から姿を消しています。理由は分かりません。ですが、何か悪いことに巻き込まれてないかと、不安なのです」
ふむ、と王は顎に手を当てて考える。そして、アーサーにこう言った。
「君は、我に何を求む?」
「シャドウを、私の無二の親友を捜してほしいのです」
アーサーのまっすぐな視線。友を救ってほしいという強い意志が王の目へと注がれる。王は少しの間をおいて、こう答えた。
「よかろう。だが、捜索はもう少し後になる。実を言うと、我が娘も姿を消していてな。普段、城から出ない娘であったから、気が気でならないのだ。昨日の魔物の襲来の件もあるし、一刻も早く騎士団に見つけてもらわなければな」
「・・・・・・はい。王女様の件は、騎士の方々から聞きました」
「そうか・・・・・・。話によると、黒髪に一本の剣を背負った男にさらわれたらしい」
(し、しまった―――ッ!!)
アーサーは心の中でそう叫んだ。
シャドウを捜索するにあたり、彼の特徴を話さなければならないわけだが、その特徴が黒髪に一本の剣を背負った男なのである。
これが示すのは、つまり―――、
シャドウに王女誘拐の疑いがかかるということになる。
「アーサーよ、そのシャドウという男の外見はどうだ? 騎士団に知らせて、捜索の準備を進める」
「え、あ、あの王様っ!」
「ふむ、どうかしたか」
「そ、そのこんなときになんですが、王様の娘さ・・・・・・じゃなくて・・・・・・王女様の話をしてくれませんか・・・・・・? 王様のような立派な人の子どもがどんな人か、私、気になります」
「ほう、そうか・・・・・・、よかろう!」
王の目が輝いた。まるで、子どもが自分のおもちゃを自慢するように。
「我が娘の名は、『イリス』と言ってな―――」
王は熱弁し始めた。
今まで沈黙し、二人の会話を見守っていたベルトルトが苦笑する。
アーサーは、シャドウが早く見つかることだけ祈る。
(シャドウ、どこ行ったの―――っ!!)
◆◇◆◇◆
川で採った魚を手に、シャドウは少女の待つ焚き火の方へと帰ってきた。
「魚採ってきたぞ」
「おかえりなさい、シャドウさん・・・・・・」
シャドウは少女と向かい合うように座る。そして、背中の鞄から塩の入った瓶、金属の串を取り出す。採ってきた魚に塩をつけ、串に刺して火で炙る。
「そろそろ教えてほしい・・・・・・。君の名前と男達に追われていた理由を」
「・・・・・・」
少女は数秒の間、無言だった。
火がパチパチと鳴る音のみが響く。
何か言えない事情があるのか、それとも、会って一日も経っていない男に自分のことを教えたくはないのか。おそらくその両方だろう。
(だが、俺はこの少女が男達に追われている理由を知り、救いの手を差し伸べなければならない。たとえそれが、少女の意にそわないことだとしてもだ)
そう考えて身構えていたからか、あるいはシャドウが少女を過小評価していたためか、少女の放った言葉にシャドウは少し驚きを覚えた。
「これから私のことを話します」
先程までのおどおどした態度から一変。少女は目深にかぶったフードを引き剥がす。瞬間、陽光を浴びる銀髪がきらめいた。
顔に傷でもあるのではと思っていたが、そこには何もなく。ただ美しく整った顔立ちがそこにはあった。
だが、目元には大きな隈があり、頬は少しこけている。
これでは、美しい顔が台無しだ。
まだ幼さが残っているところを見ると、シャドウより年は一、ニ歳下といったところか。
「今まで、ごめんなさい・・・・・・っ!!」
何が、と聞くのは酷だろう。
この少女なりにもシャドウに迷惑をかけたことを詫びているはずだ。
「いや、気にするな。助けたいから助けた。ただそれだけだ」
「え? いえ、そういうことではなくて・・・・・・」
少女は再びおどおどとしはじめる。
「うん? どうした」
「シャドウさん、王都に来たのはもしかして、最近のことですか?」
「昨日のことだが・・・・・・」
それがどうしたというのだろうか。シャドウは少女の言葉を待つ。
「・・・・・・シャドウさん」
少女はその美しい真紅の瞳でシャドウの目をまっすぐと見た。
ごくり、と鳴ったのはシャドウの喉か。
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