2-2 「少年と少女」
ゴトンゴトンと音が鳴る度、少女の身体は上下に揺れる。
馬の蹄と車輪が石畳の道を踏むたびに音が鳴る。
時刻は午前六時半。日が少し出始める時間だ。
だが、少女は太陽が薄く出始めたのに気付かない。
理由は単純。
流れる銀髪の上からフード付き外套を被った王女イリスは、移動し続けている荷車の荷台へ、上から大きな布を被る形で横たわっていたからだ。
荷車が王城を出発して、途中何度か止まったものの、三十分は走り続けている。誰もまさか王女様が荷車に乗っているなんて夢にも思わないだろう。
昨夜の魔物襲来事件が人々の話題のほとんどを占めているが、それでも人々は常日ごろと変わらずに会話の中に笑みを作る。
そんなこととは裏腹に、イリスの心臓は高鳴りを増していた。
(ど、ど、どうしよう・・・・・・王城から結構離れちゃった・・・・・・。誰もこの荷車を確認しない、よね・・・・・・?)
いつばれるか分からない焦燥感と外の世界で待つであろう『出会い』への期待がイリスの鼓動をさらに加速させる。
ゴトンと今日で何回目となるか分からない音を立てて、荷車が止まった。馬が不満気に鼻を鳴らすのが聞こえる。
イリスは、何事かと慌てる己の心を無理やり静める。心臓の鼓動が周りに聞こえているのではないかと、奇妙な不安にかられる。
息を殺したイリスは荷車から降りた御者が誰か別の男と話している声を拾う。
「どうかしたんですか、この人だかり。何かあったんですか?」
「うん? ああ、御者か。どうしたもこうしたもねえ。今しがた更新された『掲示板』の依頼を見に、冒険者が集まってきているだけだ」
「ですが、いつもならこんなに人だかりが出来ませんよね?」
「それなんだよ。俺もさっき来て異変に気付いたんだが、なんせ人が多くて、掲示板が見えん。俺の仲間が今見に行ったが、あの人だかりじゃなあ・・・・・・」
と男が言った時、別の男の声がかかる。
「兄貴ー!! 大変だー!!」
「どうした? 何か事件か? 昨日の魔物襲来のことか!?」
「この人だかりの原因は、一つの依頼の内容がずば抜けていたからなんだよ!!」
「・・・・・・内容を詳しく」
「なんてことのない、『人捜し』の依頼なんだが、これの報酬金が異常なんだよ。なんと二千万ルクスだぜ!?」
「二千万ルクス!? なんでそんなに!? 依頼人は誰だ!?」
「それが・・・・・・依頼人の名前は書いてなかったんだが、捜し、保護した者には報酬が与えられるそうなんだよ」
「なんだか嘘くさいが、まあいい。俺達も捜すぞ!! で、その捜している奴ってのはどんな奴だ!?」
「ああ、それは・・・・・・。『銀髪に色白の肌、真紅の瞳の十五歳くらいの少女』だって」
「なんだそりゃ。銀髪色白の肌は分かるが、真紅の瞳? そんなの滅多にいねえぞ」
「そう『掲示板』に記載されていたんだから、間違いねえよ」
「分かった。とりあえず、銀髪のガキを片っ端から捜していくぞ」
「おおー!!」
「御者も何か見つけたら、俺に教えてくれよ!!」
「・・・・・・あ、はい。考えておきます」
男達が離れていくのが分かった。
「・・・・・・」
(ど、ど、どうしよ~~~~!?)
イリスは心の中で叫んだ。恐らく、というよりほぼ確定な事実がある。
行方不明の『銀髪に色白の肌、真紅の瞳の十五歳くらいの少女』とはまさに自分のことだ。依頼主は、父であるアトラスティアの王、またはその関係者。依頼主の名前が伏せられていたのは、王族関係者が行方不明と国民が知ればそれだけでも大事になるからであろう。
王都の情報伝達技術は思わず舌を巻くほどに、迅速で正確であった。
イリスは、自分のしでかした事の大きさに遅まきながら気付く。
自分は愚かで臆病なままだ。
そんなことを自分自身に言い聞かせながら、同時に母が託した『外』の世界のことについて思う。
手を伸ばせば届く。そんなところに今、自分はいる。
憧れがある。自由がある。
だから。
―――だから。
イリスはフードを深く被り、己の長い銀髪を隠す。
荷台の布を少しだけめくり、体を起こして、『外』の世界の地面を、
―――スタッ、と踏んだ。
自らにあふれ出る感動を胸に留め、イリスは人だかりから背を向けるように歩き出す。
その顔は微かに嬉しさに染まっていた。
◆◇◆◇◆
珈琲店のドアを開けたそこは、王都アトラスの早朝。
朝日がシャドウを照らす。そこで、頭が痛む。
「いてててて・・・・・・、飲みすぎたか・・・・・・?」
二日酔いにさいなまれる、今年で十七歳になる少年。
(やばい、いま何か衝撃が少しでも加わると、天下の大通りに汚物をぶちまける自信がある)
「ううう・・・・・・きもちわるい・・・・・・」
店内に戻ろうかと考えたが、それではあの気の良い店主に迷惑をかけてしまうので却下。しょうがなく、アーサーのいるはずの酒場までおぼつかない足で歩き始めることにする。
シャドウの眼前には雑貨屋と思われる建物が一軒ある。
そこに行けば、酔い止めの薬の一つでも買えるのだが。
「金がない・・・・・・」
これまで王都でイケナイ遊びをするために貯めてきたお金を、一夜にして男の子の純情とともに奪われた。
亜麻色の髪の少女の顔が脳裏に浮かぶ。
(あれが―――昨日あったことがすべて、演技・・・・・・)
どこか信じられないと思う自分がいる。否、信じたくないだけかもしれないが。声をかけてきた数少ない同業者が人を騙すことをしているという事実を。
「あーあ、もう!!」
頭の中の困惑と苛立ちを払拭するようにシャドウは頭を振った。
「どっかに、二千万ルクスくらい稼げるおいしい仕事はないのかよー!!」
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