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0-1 「影の冒険者」

魔法の読みを変えました。すみません。

 冬はとうに過ぎたというのに、夕暮れ時の空に吹く冷たい風が頬を叩く。生い茂る木々が嘲笑うかのように風に揺れる。夜の闇に完全に呑み込まれるのは時間の問題だ。そう頭で分かっていても、どうしようもない状況がある。


「オワッタ……」シャドウはそう呟いた。

 

 この地方では非常に珍しい黒髪に、背中には一本の長剣を背負った彼は、疲労困憊といったような表情を浮かべて立ちすくんだ。


「シャドウ、まじめに考えてよ!」傍らのアーサーがそう言う。  

 

 男性にしては長い金髪を一つに結い、腰に美しい装飾の施された剣を携えている少年だ。長い睫毛の下にある碧眼の双眸は異性を一瞬で虜にするほど美しい。弱点であるはずの男性にしては少し小柄な体格も、中性的で美しい顔立ちの前では美点にもなる。


 一方で黒髪の少年、シャドウは実に平凡な少年だ。

 顔形も背の高さも、男性の平均のそれと相違ない。特徴があるとすれば、黒髪のところだけだろうか。 


 しかし、そんな特徴もアーサーと並んでいると、まるで意味をなさない。 

 

 アーサーという『光』に、シャドウという『影』が霞んでしまうからだ。


「腹へった・・・・・・」黒髪の少年、シャドウがぽつりと呟く。


「僕もお腹すいてるんだから、我慢してよ!」

 

 アーサーが少し苛立ち気にシャドウに言い、続ける。

「だいたい、なんで『王都アトラスはこちら』って矢印が書かれてある看板があったのに、それと逆方向に進んじゃうわけ? 矢印通りに進んでたら、今頃王都名物の『練乳タルト』が食べれたのに!!」


 アーサーの声が静かな森に響く。そう、シャドウとアーサーは現在進行形で森の中で遭難しているのだ。食事もここ二日間、ろくに摂っておらず、散々深い森の中で歩き回された体は疲労で悲鳴を上げていた。


「あまいぞ、我が友アーサー。あれはフェイクだ。おそらくあの矢印通りに進んでいたら、山賊が出てきて、俺達の身包みが全部剥がれた後に、俺達は奴隷市場に売られていたはずだっ!!」

 自分の過ちを認めず、なにか言い訳はないかと探す、見るに耐えない少年の姿がそこにあった。


「なっ・・・・・・?」

 どこか説得力のあるシャドウの言い草にアーサーは雷に打たれたかのような衝撃を得た。しかし、頭を冷静にさせたアーサーは一つの矛盾に気付く。至ってシンプルな疑問。


「じゃあ、どうして僕達は、王都に着いてないの? こっちの道の方が正しかったんだよね?」


 ふっと、シャドウが視線を逸らす。

「・・・・・・」


「シャドオおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 アーサーがシャドウの襟首を掴み、激しく揺らす。金色の美しい髪がぶんぶんと怒りに震える。十回ほどシャドウをシェイクして、アーサーの腹がぐうう~と情けない悲鳴を上げたのち、アーサーは無駄な行動をするのをやめた。


「ううう・・・・・・練乳タルト・・・・・・」


「今思ったんだが、アーサー。その練乳タルトってなんかエロくないか? 言葉の響き的に・・・・・・ふんぎゅっ!?」

 シャドウが崩れ落ちたアーサーにそう言った途端、アーサーの正義の鉄拳がシャドウの顔面にめり込んだ。


 倒れこむシャドウ。


「自覚してよシャドウ! 誰のせいでこうなったのかを! シャドウ・・・・・・?」

 見れば、シャドウはアーサーに背を向けるように座り、わなわなと肩を震わせていた。


「ううう・・・・・・」


「ご、ごめん・・・・・・強くやり過ぎちゃった?」

 

 シャドウは無言のまま、後ろを向き、アーサーと顔を合わせる。

 

 シャドウの目はうっすらと赤くなっていた。

 そして、かっと目を全力で見開いた後、

「お前には分からないだろうな!!」


「え? どうしたのシャドウ・・・・・・?」

 そんなアーサーの言葉を無視してシャドウは続ける。


「行く先々の酒場で、美女達に囲まれて、『やだ、かわいい~』とか、『イケメン~』とか言われて、豊満な胸に顔を埋められたりするやつには分からんだろうな、俺の気持ちがっ!! お前が美女達の相手にされているとき、俺はなにをしていたと思う? はしっこの席で一人、やっすい酒を飲んで過ごしてたんだぞ。俺だってな、王都の街を楽しみにしてたんだよ! 夜の街に繰り出して、いけないお店に行って、一夜限りの無双ハーレム作って、オラオラしたいんだよ!!」


 シャドウが熱弁するのを途中から、ゴミを見るような目で見るアーサーに畳み掛ける。


「だいたい、なんで男のお前がこんなに可愛い顔をしてんだよ!!」

 瞬間、冷たい視線をシャドウに送っていたアーサーの顔が火を吹いた。


「そんな、可愛いだなんて・・・・・・」


「ああ、可愛すぎんだよ!!」

 シャドウは目に涙を浮かべている。悲しさのためじゃない、悔しさのためだ。


「俺だって、顔が――――」と、シャドウが言いかけたその時、


「きゃああああああああああああああああああ!!」

 森の奥から悲鳴が聞こえてきた。


 シャドウはその悲鳴を聞き終える前に、表情を真剣なものにする。自らの足に手を当て、集中。静かに詠唱を始める。


「【精霊よ・我が身に力を・身体強化ブースト】」


 淡い光がシャドウの足を包みこむ。


 姿勢を低くし、悲鳴がした方向をまっすぐに見つめ―――、

 ダンッ!! と足を踏み出し、シャドウは一陣の風となって深い森を駆ける。


「ああ、行っちゃった」残されたアーサーは一人苦笑する。相棒の良い癖が出た、という意味を込めて。


 アーサーよりも早く、一人でも多くの人を救う。シャドウの頭の中はそれだけだった。声のする方への全力で駆け出し、二十秒程で到着する。すぐさま茂みの中へ隠れ、状況確認。


 果たして―――、

 そこには、四人の少女達と彼女達を囲む怪物の姿があった。近隣住人だろうか少女達は手にバスケットを持って、冒険者という格好をしていない。


 そして、その少女達を囲むのは――――


「ゴブリン十三匹にオーク七匹か・・・・・・」

少女達より頭一つ小さいゴブリンと、反対に体長がニメートルはあろうオーク。

 怪物階級モンスターズランクではゴブリンが最下位の【E】ランク。オークが【D】ランクと言ったところか。


「いける」そう静かに呟き、シャドウは茂みの中から躍り出た。

 右手を前に突き出し、


「【炎の精霊よ・敵対する悪鬼を焼きつくせ・炎の弾丸(アル・マグナム)】」


 シャドウの右手から放たれた四発の炎弾がゴブリンの頭部に当たり、爆ぜた。


 この世界で人々が怪獣や魔物と戦うためにつけた技術。それが自らの魂を自然界の精霊と共鳴させ、使役する。


『魔法』の力。


 シャドウが放った【炎の弾丸】は魔法階級マジック・ランク【B】。

 さらに、


「【炎槍よ貫け(フレイサー)】」


 魔法階級【D】、詠唱のいらない『速攻魔法』。


 詠唱の必要な『通常魔法』と異なり、威力は落ちるが、字の如く速攻の一手。

 シャドウの放った炎の槍はオークの背中から入り、腹へ焼き貫いた。

 これで残りはゴブリンが九匹にオークが六匹。そこでやっとアーサーが到着。


「遅いぞ、アーサー」


「遅くないよ」

 アーサーは周りを見渡し、すぐさま状況確認。


「片付けるぞ、アーサー」


「了解」


 シャドウは背中から、アーサーは腰から同時に剣を抜いた。


 突然の来訪者に明らかに動揺する怪物達。

『ヴォオオオオオオオオ』

『ギィイイイイイイイイ』

『グヴォオオオオオオオ』

 そう叫び、シャドウ達に殺意を向けた。


「行くぞ」

 シャドウとアーサーは同時に大地を蹴る。


 敵の攻撃をかわし、また剣で受け止め、隙あらば剣で切り裂く。剣の間合い外の相手には魔法を放ち、少女たちに被害がでないように考慮した。

 そして、勝った。

 怪物はもちろんのこと、討伐数でシャドウが十一匹、アーサーが九匹とシャドウが勝利した。

 

 唖然とする少女達。


 事の状況を数秒おいて理解した彼女達はシャドウとアーサーのもとへ歩み寄ってきた。


(さあ、君達を救ったのは俺だ。怖かっただろう、遠慮なく俺の胸へ飛び込んでおいで)


 そんなことを考えていたシャドウ・・・・・・だが。


 少女達はシャドウに目もくれず、

「助けて頂き、ありがとうございます!」

「お強いですニャ!!」

「カッコ、良かった・・・・・・」

「一人であの数の怪物を倒すなんてすごいピョン!!」


 アーサーのみを賞賛した。


 シャドウは一人呆然とする。

「あの、俺も怪物を倒したんですけど・・・・・・」

「うわぁあ!あなたいつからいたんですか!?」

「いや、最初からいたけど・・・・・・」


 その言葉に少女達は疑いの目を向けるがそこでアーサーからの助け舟。

「本当にいたよ」

そんなアーサーの貴公子を感じさせる言葉に、


「「「「えぇええええええええええええええええええええええ!?」」」」

 先程と同じ位の悲鳴をあげた。


 シャドウの影の薄さは異常なのである。


お読みいただきありがとうございました。

次回投稿は明日の予定です。

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