昼夜逆転の国
北の山脈に囲まれたとある国には寂しがり屋の神様と真っ白な民が住むという。
寂しがり屋な神様は夜にしかその姿が見せられなく、人々が夜に眠るのを残念に思っていた。
そこで神様はその国に住む人の体を太陽を拒むように変え、代わりに夜でも見える目を与えた。
変えられた人々は昼間に眠り、太陽が沈んでから動き始めるようになった。
そのため他国のものはこの国を昼夜逆転の国と呼ぶ。
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「ようこそ。昼夜逆転の国、ノワールナハトへ。」
関所の役人らしき男が俺にそう話しかけた。役人らしきといったのは彼のその服装のせいだ
全身黒で、真っ黒なマントを深くかぶり顔は見えず、真っ黒な手袋をしているので肌すら見えない。
ここが俺が今から向かおうとしている国の関所でなければ通報しているほど怪しい。
俺が不振がっているのを察してか、男は深くかぶっていたマントを浅くかぶりなおして顔を見せ笑った。
その顔は透き通るような真っ白な肌と髪で、目だけ真っ赤に輝いている。
「すまない。ここに住人はみんな日光に弱くてね。こんな太陽の高い時間はこの服装をしていないと肌がやられてしまうんだよ。」
「大変ですね。」
「いやー代わりに夜目はいいからね。夜に生活するには便利さ。あっそうだ。この国を楽しむならランタンの貸し出しもしているけど使うかい?」
「あったの方がいいなら……いいですか?」
「あぁ夜は他国民が活動するには暗いらしくからね。大きいな通りは街灯があるから大丈夫だけど、細い道は見えないと危ないよ。あっ返却は国を出る時でいいよ。」
怪しい格好に反してとても親切な役人と話しを終え、少しの書類を書けば入国の手続きは終わりだ。
この国の民は大らかな性格らしく、他国民に対しても厳しい審査などはしないそうだ。
「……見事に誰もいないな。」
ここは昼夜逆転の国の首都ブランのはずだ。石造りの大きな建物が雪を被っているが厳かな気配を漂わせている。大きな通りは雪で真っ白になっていて、その両脇には街灯らしきものが立っている。
しかし人っ子一人いない。
昼夜が逆転している国では午後の稼ぎ時な時間は真夜中のようなものなのであろう。
「こりゃー宿も夜に探したほうがいいな……ん?」
あてもなく無人の街を歩いていると今日の日付が入ったチラシが目に入った。
「満月祭……?お祭りか。いい日に来たな。」
祭りの開催時間はやはり日の入りだ。まだまだ時間がある。それまで適当にこの国の名所を見ていこう。
「うーん……やはり人がいないと観光地もいまいちだな。」
あの後いくつかの名所を見て回ったがあまりいいものは見られなかった。この国の城である俗称三石の塔は、確かに名前の通り、月光石で綺麗に飾った塔、紫水晶が生えているように見える塔、銀細工の見事な塔という三つの塔が美しかった。だが人気のいない城はどこか不気味で美しさも半減してしまっていた。
またこの国の特産である金属工芸を作っていて、その時に出る火花がそれはそれは美しいことから星見工房と呼ばれている工房地域にも行ったが、みんな寝てるからか火花どころか炉に火すら入ってはいなかった。
「まぁでも宿も取れたし、今からの祭りに期待だな。」
辺りが夕日の色で赤くなった頃からやっと人の気配がし出す。その時に一番早く空いてた宿を取ったのだ。祭りがあるなら、きっと宿も早く埋まってしまうだろうからな。
今は薄暗くなってきて祭りの屋台なのであろう、露店がいくつか並び始めている。そろそろランタンをつけよう。
「おや?あんた旅人かい?」
「えっ?あっはい。」
露店の親父が急に声をかけてきた。
「よく旅人だって分かりましたね。」
「そりゃだってそんな濃い髪の色の人はこの国にはいないさ。神様が色をみーんな持ってちまうからな。」
確かにこの親父も周りの人も皆、関所にいた役人と同じ白髪で色白、目だけ真っ赤に染まっている。この国の人間は皆そうなのであろう。
「皆さん、その色なんですね。」
「おう。人だけじゃなくて動物もな。そうだ!旅人さんにはこれやるよ!」
親父が投げ渡してきた袋にはこれまた白い飴がいくつか入っていた。何味だろう、と思いながらも口に入れると……
「んぐっ!?」
「あっははは!効くだろ!この辺りでとれるハーブで作った眠気覚まし飴さ。旅人や昼勤のやつとかに売れるんだよ。」
急に鼻の奥から強烈な香りと冷たい空気が通り抜ける感覚は確かに意識をすっきりさせるが……何も知らずに食べるときつい。
「それがあれば眠らずに祭りを楽しめるだろ。満月祭は長いからな!」
「はい……ありがとうございます。」
陽気な親父とは別れ、この街のメインストリートに戻るころにはもう辺りは真っ暗で祭りが本格的に始まっていた。人々の笑い声、露店の呼び込みの声、子供たちが駆け回る。空の色を除けばそれは俺の知っている祭りの風景と何も変わらなかった。
露店の灯りや街灯に使われている明かりは、俺の持っているランタンとは違い、火のように揺らめく明かりではなくキラキラと輝いている。何が光っているのだろうか?
「それね。星石だよ。」
「えっ?」
街灯を見上げていた俺の後ろには、一人の女の子が立っていた。5歳ぐらいの少女で、この国で見慣れた真っ白な肌はしていたが、髪と目の色は金色に輝いてる。俺と同じように旅で来たのだろうか。
「この国のね、灯りはみーんな星石なの。夜になると勝手にぴかーって光るから便利なんだよ。」
「へー。お嬢ちゃんは物知りだね。」
俺が褒めると嬉しそうにえっへんと胸をはる少女だった。
「お兄ちゃんは旅人さんだよね!」
「あぁそうだよ。」
「じゃあ!リヒトが案内してあげるね!」
「えっ!?」
「こっちこっち!」
いきなり少女は俺の手を引っ張って走り出した。どうやら少女の名はリヒトでこの国に詳しいらしい。この祭りのことは俺は今日知って、詳しくは全く知らないからとりあえず身を任せることにした。
「ここはねステージだよ!お姉さんたちがオシャレして踊るの!」
「おぉ……」
ステージの上では小さな宝石を飾りにつけた緩い踊り子の衣装を着た女性達が踊っていた。周りの話を聞くとどうやらこの独特の緩やかなリズムの踊りは神様に捧げる踊りらしい。
「とっても綺麗だね。」
「うん!旅人さんは綺麗なの好き?」
「えっまぁ……好きだね。」
「じゃあこっち!」
また手を引っ張って走り出すリヒト。今度は少し街から離れていく。街灯が少なくなってもこんなに走れるということはこの子もこの国の子なのだろうか?そんなことを考えているうちに彼女の足が止まる。
「……凄いな。」
「えへへ。ここはリヒトのお気に入りなの!」
そこは辺り一面真っ白な花が咲いていた。しかもその花はぼんやりとではあるが輝いていたのだ。
「このお花は月夜花だよ!夜にしか咲かないの!」
「珍しい花なんだね。」
「うん!この国にしかないだよ!凄いでしょ!」
その後もリヒトに連れ回された。しかし別に嫌ではなく、彼女がオススメするものすべて素晴らしかったので祭りを堪能することが出来た。
しかし楽しい時間とは早く過ぎ行くもので、もうすぐ空がしらみ始めてしまう。祭りの終わりの時間だ。
「今日はありがとう。」
「どういたしましてなの!」
「じゃあそろそろ宿に戻るね。」
「あっ待って!ちょっとお耳貸して!」
「ん?」
彼女のいうとおりにしゃがんで耳を向けると……
『ちゅっ』
「えっ?」
「また次の満月に会おうね!バイバイ!」
頬に柔らかいものが触れ驚いていると、もう既にリヒトはいなかった。……この国の子はませてるのだろうか。
そう思いながら俺は宿に戻ると、宿の主人が声をかけてきた。
「おや?どうしたんだい?その髪。」
「ん?髪?」
「前髪が一房だけ白くなってるよ。」
そう言われて慌てて装飾で使われている水晶に顔をうつすと、茶色だった髪が確かに一房だけ真っ白に脱色されてる。
「本当だ……」
「お兄さんに心当たりがないなら……あれかね?リヒトモーント様のご加護を貰ったのかも。」
「リヒトモーント?」
「この国の神様だよ。月の神様で満月の夜だけ下界に降りてきて遊び相手を探しに来るんだ。この祭りはその神様をもてなす祭りなのさ。加護を貰っても夜しか行動出来なくなるわけじゃないから安心しな。ちょっと夜目が効くようになるぐらいだろ。」
リヒトモーント……もしかして彼女が?言われてみれば確かによく見えるようになっている気がする。
という事は旅程を伸ばさなきゃならないな。旅費を多めに持っていてよかった。
「すまないが、泊まる期間を伸ばしてもいいかな?」
「あぁもちろん。いつまでだい?」
「次の満月まで。約束したんでな。」