親愛なるダメ親父
「え? …………親父が警察にいった?」
高校受験の1週間前。
それは妹の誕生日でもあった。
その日、母親の取った受話器から、信じられない事が語られた。
親父が捕まった。
理由は、誕生日パーティーの買い物をしてた帰り道に来るまでお年寄りを轢いてしまったからだ。
信号を無視したお年寄りに気が付いた親父は、ブレーキを踏んだ。
が、少し間に合わずお年寄りは転倒。
骨を折る怪我を負わせてしまった。
「なにやってんだよ。こんな時にさ」
俺は親父が嫌いだった。
中学1年の頃に、仕事を辞め定職にも就かず今に至っている。
母親は、一日中パートで忙しく帰って来ては俺達の夕飯を作ってくれた。
父親は、買い物程度に行くが基本的には家で怠けているだけだ。
子供心に“こんな親にはならない”と、そう思ってさえいた。
親父は、罰金か拘留かを選択させられた。
選んだのは拘留。
理由は、お金が無かったからだ。
仕事もせず、夫婦喧嘩ばかりで、仕舞いにはこんな事件まで起こす。
受験を控えた俺は、ただただ苛立ちしか感じていなかった。
「それじゃあな」
そう言い残し、親父は拘置所に行った。
俺は、見下すようにその背を見送った。
「なんだこれ?」
見送りを終え、実家に戻った俺は棚に張られた張り紙を見つけた。
俺が拘置所に居る間、お前は受験だったな。
正直、足を引っ張ったと思っている。
だけど、事故を起こした俺を無視するようにお前が勉強を頑張った。
親としては、少し寂しい気持ちもあるが俺はこういう人間だ。
むしろ、無視されてよかったと思っている。
お前は、俺みたいになるな。
帰ってきたら、受験の結果を楽しみにしている。
大丈夫だ、いつものお前なら失敗なんてしないさ。
頑張れよ。
親父からのメッセージだった。
その後、聞いた話なのだが事故を起こした時、
親父は俺と妹に他にも何か買ってあげようと寄り道をしていたらしい。
冬なのに、アイスを買ってきて。
きっと、喜んでくれるって思ってたんだろう。
親父は、確かにダメ人間だった。
けど、俺が思っていたような屑では無かった。
不器用で、怒りっぽいし、怠け者だけど。
それでも、俺達の事。
母親の事を愛している人だった。
普段、言葉にしないだけでいつも俺達の事を考えている。
張り紙を見た時、俺は親父の背中というものを知った気がした。
受験が終わり、結果が発表された。
結果は、補欠合格と言う形で志望していた高校に入れる事が出来た。
一番うれしかったのは、自分が受かった事じゃなかった。
親父に、いい報告が出来ると言う事だった。
自分でも不思議で仕方なかった。
あれほど嫌っていたはずなのに、と。
――――――あぁ、そうか。俺もあの人の息子だもんな。
どうやら、俺も不器用なだけだったみたいだ。
大好き、だからこそ自分の理想であり続けて欲しかった。
理想とは反した人間になった親父が許せなかった。
だけど、やっぱり親父は俺の大好きな親父だった訳で。
「早く帰ってこいよ。馬鹿親父」
補欠合格の報せから、数日。
親父が帰ってきた。
真っ先に俺の結果が気になって、すぐに聞いてきた。
「受かったよ」
「……そうか。よかった。本当に」
あの気が強い親父が泣いていた。
釣られて、俺も泣いてしまった。
親父。
お前は、大人としてはダメな人間だと思う。
だけど、俺は親父みたいに子供と家族を不器用ながら愛してくれる。
そんな親父に憧れているんだぜ。
今日も、俺達の家庭は笑っている。
例え、お金が無くても。
地位とか、名声とかそんな物が無くても。
ただ、愛があればこんなにも幸せなんだと。
そう感じながら。
これ、実話なんですよ。
あれから数十年が経った今でも、親父は無職なダメ人間です。
だけど、俺も妹も母親もそんな父親が大好きです。
何かと、家族の事を想ってくれる。
そんな姿に親として、憧れています。