表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/208

狂える手紙

 ウォルターを見送ったメルクリウスとマキ。

 襲撃者に関する話を終えた二人は、執務室でウォルターやローラには聞かせられない話をしていた。


「じゃあ、色恋沙汰に発展する気配は無さそうなんだよね?」

「ええ。仲は良さそうでしたけれど、特にウォルターにはその気配がありませんわ。ワタシとしては残念な結果ですわね」

「僕としてはありがたい話だけどね」


 まず最初に話し合われたのが、「ウォルターとローラはくっつくかどうか?」である。

 というのも、年の近い男女が一緒にいれば惚れた腫れたの話になりかねないのが世の常であり、貴族であるローラにとっては許されざる話であるからだ。

 無論、もしそうなったとしても引き離すだけであるが、余計な労力を使い嫌われるのを避けられるに越したことは無い。マキの眼力がどの程度かメルクリウスには分からないが、それでも「大丈夫そうだ」と聞けば安堵するものである。メルクリウスはほっと息を吐いた。


「で、戦力になりそうかな?」

「なりますわよ。昨日の連中程度なら軽くあしらえるようになりますわ。

 そもそも、今までろくに訓練していなかったのが問題ですもの。まともな鍛え方をするだけでもずいぶん違いますわよ」

「耳の痛い話だね。これでもランク8ダンジョンに挑む騎士と同じ訓練をしているんだよ?」

「危局に挑んだことのある人間であればいいのですわ。ですが、ぬるま湯しか知らない人間に行うお座敷剣術では、いざという時に何の役にも立ちませんの。それだけの事ですわよ」


 次の話題はローラの実力に付いて。

 戦力不足のチランにとって、使える人間が一人でも増えるのは、護らねばならないという負担が少しでも減るのであれば、それは大きな意味を持つからだ。

 マキの回答はかなりの高評価。誰でもある程度のラインまで育てることは出来るが、ローラはそれ以上になれそうな可能性を持つと示唆している。常識を塗り替えてみたが、訓練という下地があったとしても、一日で適応しきるというのはウォルター同様にローラも才能があったという事だからだ。マキの教え子はこれで二人目なのだが、これが一般的ではないはずだというのが素直な感想だ。それは騎士たちの実力を見れば分かる事である。

 メルクリウスはローラの意外な才能に驚きつつも、騎士たちの訓練がそこまで拙いのかどうかと苦笑を隠しつつ考え込んでしまった。マキの教え方が上手いのか、騎士団のやり方が悪いのか。戦力増強に向けて課題を積まれた形である。


 その後も2つ3つ話をして、マキも執務室を退出した。

 メルクリウスはこのやり取りでマキを味方と認定でき、ある程度は信用してよいだろうと判断した。





 それからしばらくの間、ローラは二人の所で訓練をすることになった。

 メルクリウスより事務仕事が回されているので毎日参加できるわけではないが、それでもマキの訓練はローラにとって充実した時間となり、一月も経つ頃には騎士と同等以上の戦いができるようになっていった。

 だがそんな日々は、一通の封書により終わりを告げる事になる。



 その日、当主であるメルクリウスに呼び出されたのは公爵家の面々全員である。アレス翁もこれに含まれる。

 “女神の使徒”の襲撃を受けてから約3ヶ月。あの日にメルクリウスが行った、とある行動の結果が出たのである。


「今日は残念なお知らせがある」


 集まった家族に向け、メルクリウスは真剣な表情で最悪を告げる。


「帝都に出した使者より、返事が届いた。この内容を決めるためにずいぶん時間を使ったんだろうけど、結果は予想よりも悪かった」


 メルクリウスは帝都の連中を欲深いケダモノと考えており、心中では敵と考えていた。しかし、それでも一応は同じ帝国に所属する仲間であり、帝国貴族として最低限の義務を怠ることは出来ない。“女神の使徒”に関する情報は漏らすことのできない内容であり、また、自身が公爵位を継ぐと決めたことも報告せねばならなかった。


 無論、何の問題なく報告しただけで終わるとは考えていなかった。

 公爵家の当主が討ち死にしたのだ。ある程度はつけ込んでくると考えていた。が、ここまで酷いとは全く予想していなかったのである。メルクリウスの表情は感情の閾値を越えてしまったのだろう、父を失ったあの日と同様に無へと消えてしまっていた。


「彼らの言い分は、まとめるとこうだね。

 ろくにダンジョンを管理できず賊如きにいいようにやられる公爵家など信用できない。よって爵位継承は認められない。代官を置くので、その指示に従え。

 あと、ローザとローラを皇帝の妾にするので差し出すように。ヴィオはいらない。

 命令に従わない場合は軍を差し向ける」


 メルクリウスが要約した帝都からの返信は、気が触れたとしか思えない内容だった。


 まず、爵位継承に関しては大きな問題が無ければ皇帝と言えど干渉できないのが帝国の基本ルールである。この場合、大きな問題とはダンジョンの管理ができなかったときにおこる大崩壊の発生を指す。確かに大崩壊が起きたのは事実だが、これは人為的な事。ダンジョンを放置していたなどという事は無いし、例外中の例外でしかない。また、チラン公エアベルク公爵家ほどの家を潰すのであれば他の公爵家のお伺いを立てる必要がある。それをするだけの時間があったはずも無く、皇帝の独断で全てを行っていることになってしまう。

 だからこの公爵家断絶などと言うのは暴挙であり、下手をすれば悪しき前例にもなりかねない悪手である。到底認められる話ではなかった。


 ローザとローラの二人を皇帝の妾にするというのもふざけた話だ。

 公爵家と言えば帝国内でも皇帝に次ぐ地位にある大貴族である。その娘となれば姫と言っても差し支えない高貴な身分の女性であり、間違っても“妾”などとは言ってはいけない相手である。正妃とまでは言わないが、せめて側妃など、妻の立場にするのが当たり前である。

 これは公爵家を断絶したのだから二人は公爵家の娘ではなく、ただの平民の娘であるという意思表示としか見えない。確かに平民の娘であれば妻にするなどとんでもない話ではあるが、そもそも公爵家断絶の決定に対する反論の場はまだ与えられてない。帝都の皇宮で、大勢の前で言葉を交わし、その如何によって決めるべき内容であるため、まだ公的に決まった話ではない。

 なのでこの話もあり得ない内容であった。


 そして軍を差し向け、戦争をするというのは“この世界全体の常識で”ありえない話である。

 そもそも人間同士が争えば、その分だけダンジョン管理に回す人員が減ってしまう。それは大崩壊を招きモンスターの大量発生を意味する。国同士で行う戦争すらないのに、内紛で戦争をするなど愚の骨頂でしかない。

 だからこそ相手の選択によりそのような事態を招くとなっては外聞が悪かろうという事で「軍を差し向ける」などと言っているのかもしれないが、もしチランが徹底抗戦を叫べば面子(メンツ)を守るために本当に軍を差し向ける事になる。言ったのにやらなかったら、今後の発言から重みが無くなるからだ。しかし実際に軍を動かせばランク7ダンジョンを擁する帝都の治安がどうなるかは想像に難くない。相手が悪いと声高に叫ぼうが、自身に実害のある話なのである。愚かと言う他に無い。

 そもそも軍とは大量発生したモンスターに対抗するための戦力であり、対人戦を想定していないのが普通である。そんな軍を差し向けてどうしようというのだろうか。



 メルクリウスは帝都より届いた書面を全員に回し読みしてもらい、内容を確認させる。

 誰が見てもその内容は要約された話と変わらず、あまりの愚かな内容に全員が絶句し、怒り、呆れかえる。


 このような要求を呑むことは出来ない。

 しかしその上でどうするかは、難しい問題だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ