常識の更新
打ち合わせを行った翌日、ウォルターたちは三人でダンジョン攻略をすることにした。基本は「実戦で覚える」なのだから当然である。
【コルテスカ地下宮殿】の上層1層目をベースに、数戦してみてローラの様子を見るという話になった。
【コルテスカ地下宮殿】の上層で戦うと言えば、巨大ミミズである。これを倒せない事には一人前とは言えない。少なくとも、人前で使えないスキルを使っていいならウォルターでもできる事である。
「ちょっと待ってほしい。単独で巨大ミミズを倒せと言うのか!? それはさすがに無茶じゃないか!」
ただ、世間一般では、巨大ミミズは複数で囲み、みんなで倒すモンスターだ。ソロで倒そうとするなど、フリードのようなごく一部の例外だけである。少なくとも、ローラの知っている常識ではそうなっている。
「あら? できないことをできるようにするのが“成長する”という事ですわよ? 出来ないなら出来ないなりに、“なぜ出来ないのか”を考える必要がありますわ」
つまり、ウォルターやマキは世間一般とは違う人間という事である。
常識人のローラは知人の非常識ぶりに対し、大いに呆れかえった。
ただ、だからと言ってマキの命令が覆るわけではないのだが。
吸血蝙蝠のエリアを抜け、巨大ミミズが地を進む場所まで三人は進む。
「そろそろ三体来ますわ。ノルマは一人一体。出来なかったらお仕置きですわよ」
「はい」
「本気か!?」
ダンジョンに入ってから約一時間。本道から外れて適当に脇道に入り、巨大ミミズを探す。
そして探し当てたものの、その数は3と、ローラには少々刺激が強い数字だった。一人一体のノルマについては、ウォルターはいつもの事と落ち着いているのに対し、ローラは言ったマキの正気を疑ってしまう。
とはいえモンスターが討伐者の事情を斟酌してくれるわけでもなく、巨大ミミズどもは三人を餌にしようと地中から姿を現した。
三人はまとまって行動していたので、巨大ミミズのサイズでは一度に一体しか捕食に移れない。最初の一体はマキたちに正面から襲い掛かった。
「見本ですわ。よく見ておきなさい」
マキもまた、正面から迎撃を行う。
「『武装法典』」
マキが選んだのは刃渡り3mはあろうかという巨大な剣。マキの細腕で支えられるわけもないはずのそれは、物理法則を凌駕して軽やかに振り回される。
マキは剣を正眼に構えると、巨大ミミズの突進する勢いを利用して真っ二つに斬り裂いて行く。
それを後ろで見ているローラは「これが現実の光景なのか」と立ち尽くすしかなかった。
「マキの剣の後ろ、よく見て」
「え? あ!!」
そんなローラに、ウォルターの叱責が飛ぶ。
最初にマキが突撃したのは、見本を見せるため。ただ眺めるのではなく、少しでも多くの情報を得なければいけない。
ウォルターが見るように言っているのは、マキの持つ剣の背。よく見れば、剣の先端近くに刃を支えようとする別の刃が見て取れた。
その刃は刃渡り50㎝程度の普通の剣。それが2本、交差させるように組まれ、マキの剣を支えている。
「普通に剣を立てれば勢いに負けるからね。ああやって支えているわけだよ」
「いやいやいやいや! ちょっと待ってくれ! あんなの、常人にできる事じゃないだろう!?」
ローラにしてみれば、目の前で行われているのは絶技と呼んで差支えない人外の技。自分が同じことをやれと言われても「絶対に無理!」と叫ぶ自信がある。
だが、そうやって「出来ない理由」に拘るローラをウォルターは呆れた目で見た。
「出来ない事をやっているのは当たり前でしょう? これからできるように頑張るんだし。出来ない事を出来るようにするために、弱い自分が強い自分になるために訓練するんだよ。
まずはどうやって自分が同じ状況を再現するか考えてから否定しようよ。やる前から諦めてどうするの?」
「常識の範囲外だ!」
心の底から不思議そうにウォルターは言う。
何事にも否定的なローラに対し、少し口調が砕け始めている。本来であれば護衛対象として敬うように喋るべきなのだろうが、そのことは頭の中から消え始めている。もともと貴族に対する敬意を持っていないウォルターだから、さま付けや敬語などは所詮メッキ。いとも簡単に剥がれ落ちたようである。
一般的な常識で見れば、ローラの言っていることは正しい。
だが、これからを考えればウォルターの言っている事の方がもっと正しい。
その後ウォルターは巨大鼠を棘や刃の付いた鎧を装備させた状態で顕現し、巨大ミミズに飲み込ませることで逃がさずこれを撃破した。この辺りはマキの『武装法典』の応用技術である。
ローラは骨魔術師をメインに戦うがいきなりの事に結局何もできず、独りお仕置きが確定する。
ただ、そんなローラを見かねたウォルターが色々とアドバイスを行い、単独撃破に成功する。骨魔術師の精霊魔法で地面を固め、逃げ場を奪ってから戦うという単純な方法で。
これ以降もウォルターは聞き分けのない妹弟子に対し色々と指導を行うようになる。
なお、この一連の流れがマキの思惑通りだったことは言うまでもない。




