ダンジョン前の打ち合わせ
「良かったのですか?」
「何がですの?」
「私の護衛と訓練の仕事を受けた事です」
「駄目なら断るだけですわ。仕事ですもの、できない事を「やる」とは言いませんわよ」
ローラの護衛を引き受けたマキとウォルター。
二人がフリードと行動を共にすることを断っていたという愚痴をフリード本人から聞かされていたローラは、なぜ自分の護衛は引き受けてくれたのだろうと疑問に思ったのだった。
それに対するウォルターの返答は簡単な物だった。
「ローラ様の護衛は、やらないと命が危ないよ? でも、フリード様の依頼は、やらなくてもだれも死なないし。メルクリウス様も「今は引き受けないでくれ」って言っていたよ」
ウォルターの人助けは、基本的に命が脅かされているかどうかである。応用的にはバグズの時のように趣味で引き受ける事もあるが、フリードのそれはウォルターの琴線には触れなかったという事である。
「あら? フリード様の依頼を断ったのは、負けたことが悔しくて一緒にいるのが嫌だったからですわよね?」
「違う!」
それに、自分を任した相手に何も思わないほどウォルターは不感症ではない。一騎打ちで何もできずに負けたことを悔しがっており、リベンジのために秘密の特訓を重ねようと別行動をしたかったという事情もある。それなりに負けず嫌いなのだ。
隠せるなら隠しておきたかった胸の内をバラされたウォルターが怒鳴り、マキを睨んだ。が、マキはそんな視線こそ、楽しそうに受け止める。二人のその様子は、小さな子供が親にからかわれているように見えた。
マキとウォルターの言動にローラは首を傾げる。言っている内容が分からなかったわけではない。どちらかと言えば主従に見えた二人が、対等に喋っていることに違和感を覚えたのだ。だが、すぐに考えても分からない、どうでもいいことと思考を切り替える。
「兄様から聞いている通り、私の訓練をお願いしたいのだ。
あの時、私は何もできなかった。次などあってはいけないが、もしも次があった時のために。今、強くなりたいんだ」
ローラの目には、強い光が宿っている。
襲撃された時にローラは全く動くことができず、足手まといとなってしまった。騎士たちに混じって訓練しても所詮は付け焼刃。焦燥感と無力感から全力で打ち込んでいなかったことも災いし、たいして身に付いていなかったのだ。
その結果が何もできずに人質になるという醜態であり、ローラはその屈辱の記憶を払拭するためにも強くなりたいと心から願っている。
同時に、人質になっているときにウォルターが見せた≪縮地≫やマキの≪印字撃ち≫といった技法に興味を持ち、それらの習得に対して意欲を燃やしている。それは騎士たちも知らない技であり、実用性についてはウォルターたちが証明している。簡単ではないと思いつつも習得に挑戦してみたいという気持ちがあった。
「挑む分には構いませんわよ? ですが、時間の無駄になるでしょうね」
マキはなんとなくだが、ローラに戦士としての才能を感じなかった。ウォルターは戦士寄りの魔法使いだと思ったが、ローラは完全な魔法使いタイプ。どれだけ訓練を積もうが、戦士のスキルを覚えられるように見えなかった。
そんなマキの見立てを聞いたローラは目に見えて落ち込み、騎士に混じって剣を振っていたことも、無駄ではないがあまり効果が出ないだろうと知って肩を落とした。
意気消沈したローラに、マキは何と言って励ますかを考える。
ローラに何ができて何ができないかは本人申告と騎士団からの情報提供で把握している。顕現魔法は【コルテスカ地下宮殿】の吸血蝙蝠や骨兵士、骨魔術師をメインに扱うらしい。地元のモンスターばかりなのは他領のモンスターの魔封札が高価で、ローラに回す余裕が無いからだ。同じ地元でもランク5ダンジョンのモンスターはまだ扱えないらしく、【精霊の庭】のモンスターは基本的に魔封札にできない。同時に扱えるのは吸血蝙蝠なら10体、骨兵士や骨魔術師なら3体が上限。ウォルターよりも魔力は少ない。
魔法の才能はあるだろうし、精霊魔法や身体強化の魔法を教えるのであればきっと成果を出せる。しかし、そんなことをすれば別の所で問題が出る。さすがにそれは選択肢にならなかった。
では、選べる選択肢は何があるか。
ローラが使えない、マキやウォルターがすでに見せてしまった魔法関係の技術であれば『軍勢顕現』一択となるが、そのためにはローラ専用の魔封本を作成する必要がある。作るには同系統の魔核が大量に必要で、手間も時間もかかる。選べない選択肢ではないが、選びたい選択肢ではない。
そうなると、特別な事は一切できないという結論になり。
「まずは魔力を伸ばすところからスタートですわね。あとは強敵相手に怯まぬ胆力ですか。
新しい事を覚えた所で使えなければ意味がありませんわ。まずは戦闘に耐えうるだけの土台を作らなければ、力を発揮する前に潰されてお終いですわ」
「はい! よろしくお願いします!」
ごくごく当たり前の、基礎訓練となる。
新しい技術を覚えれば、それが精神的支柱となり、自身につながるという考え方もある。その過程で魔力も確実に伸びる。よって精神修行を目的とするのなら基礎訓練に固執する必要はないのだが、さほど知っている事の無い相手に教えるのなら相手を知る意味も込めて基礎からやった方が効率がいい。マキはそのように判断した。
言われたローラの方は、基礎訓練という地味な訓練に対してわずかに嫌そうな顔をしたが、それでも醜態を見せたことに対する反省をちゃんとしているらしい、大きな声ではっきりと返事をした。
その一方でウォルターは、「一緒に訓練するんだよね? 僕も同じことをやるのかな?」などと、頬を指で掻きながら考えていた。




