表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/208

マキ、無双

 ウォルターたちが現れたのは、女性騎士と男たちを挟んで反対側である。


 ウォルターとマキは捕まったローラを見ても気負った様子を見せない。何も気にせず歩み寄る。打ち合わせなどをしたわけではないが、アイコンタクトなどをする必要も無く互いの役割を決め、行動に移している。

 焦ったのは男たちだ。ローラを人質を取っているのだ、自分たちに何かすればローラの身の安全が危うくなるはずなのに。目の前の二人に気圧されてしまった。

 特に男たちが警戒しているのはマキだ。戦士としての勘というのか、荒事に長く携わってきた者特有のセンサーか。マキという敵の危うさに気が付いてしまい、そちらに意識を集中させてしまった。


 二人が男たちまで残り10歩ぐらいに近寄っただろうか、そこで男たちの一人がマキに向けて突貫する。


「お前たちは――」


 時間を稼ごうとしたのだろう。彼は悲壮なまでの覚悟を決め、マキに剣を向けて挑もうとした。


「邪魔ですわ」


 だがマキは手首の力だけで石を投げて相手の額を打ち据えた。男は額から血を流し、一撃で昏倒する。


「くそっ! ……え?」


 それを見て仲間の男が舌打ちし、背を翻して逃げようとする。

 だが、その肩をウォルターが掴み、動きを止めた。


「よいしょっと」

「ぷぎゃっ!」


 男の身長は180㎝ぐらい。ウォルターの身長は150㎝に届かないぐらい。男の肩はウォルターの頭より高い位置にある。

 だからウォルターは男の肩を起点にジャンプし、膝で鼻の下を蹴ってみせる。

 男は堪らず鼻を押さえ、たたらを踏んだ。


「それでいいですわ。≪縮地≫は相手の死角を移動するスキル。本来でしたら自分の視線や動きで相手の意識を誘導するのですけど、周囲にいる仲間を上手く使えば楽にできますわ。

 三人分の視線を意識するのは難しいかもしれませんが、狙った一人分の死角をかいくぐるだけならそこまで難易度は高くありませんわ。“何のために”使うのかを忘れないようにしなさい」


 本来であれば格上である男たちの目を掻い潜って背後を取るなど、ウォルターには荷が重い話である。しかしマキがあえて相手にプレッシャーを与えて注意を引けば不可能は可能になる。マキが最初の男を倒した瞬間、より強く男たちの視線と意識がマキに向いた隙間を縫って間を詰め、ウォルターは男たちの背後を取ったのだった。


 ウォルターに蹴られた男は、そのまま白目をむいて倒れた。後頭部から血が流れており、そこにマキが石をぶつけたのだと分かる。



 残された男はたった二人。一人はローラを確保するため、戦えない。今度は男たちが手詰まりとなる。前後に意識を割かねばならず、逃亡は不可能だと男たちは判断した。


「くそ、こうなった……ら」


 ローラを押さえていた男が、最後の悪あがきとばかりにナイフでローラの喉を切り裂こうとした。だが、それすらマキの投石によって叶わない。額を打ち据えられ、あっさり気絶する。

 最後の一人も女性騎士の一人が確保し、襲撃者は全て捕えられた。



 捕まっていたローラは脱力し、その場にへたり込む。表情は呆然として、現実を正しく認識できていない様子である。ローラは「顔見知りが殺されたかもしれない状態で」「自分も命の危機を感じた」程度で動けなくなったことで自分が信じられず、助かったという安堵感から思考が停止してしまったのだ。ここ最近は焦り気味だったことも冷静になれない一因となり、その心を縛る。

 護衛の女性騎士がそのまま部屋まで連れ込み休ませるが、しばらくの間、ローラは動けずにいた。



「マキ様。御助勢、有難う御座います」

「チランに住む者として当然の事を(おこな)ったまでですわ」


 戦後処理が終わると、護衛任務に当たっていた女性騎士のリーダーがマキに頭を下げた。

 マキが助けに入っていなかったら、ローラは連れ去られていたという自覚が彼女にはあった。見た目15歳程度のマキに、20代後半の女性が感謝する。


「つかぬ事を御伺いしますが、悪漢どもを倒していたあの技は何でしょうか?」


 女性騎士は頭を上げると、後学のためにとマキに質問をぶつけた。彼女は顕現魔法を使うことができず、剣の腕のみで騎士となった経緯がある。今から魔法を覚えることができるわけではないので、その他の技に興味を示すのは当然といえた。


「印字撃ち、という石を投げる技ですわ。まぁ、石に限ったものでもありませんけど」


 マキの方もこの程度の事であれば隠し事をする理由など無い。丁寧に技の基本概念を説明し、袖やポケットに仕込んでいる玉を見せるなどしてやり方を学ばせる。

 その後も2、3の話をして、上司(メルクリウス)への報告のためにマキたちは泊りが決定した。





 倒れていた侍女と斬られた女性騎士だが、彼女らはどちらも命を取り留めた。

 というのも、これは襲撃者の腕が良かったからである。生きていれば助けるために人手を割かざるを得ず、逃亡したとして、追いかけてくる人員を削る可能性が高くなる。あえて殺さない事を選択できる、殺しを仕事とする男たちの、プロの技であった。


 今回の襲撃ではメルクリウス側も10人もの集団に襲われており、ローラとメルクリウスのどちらが本命かは分からなくなっていた。何度か話し合った結果、質はローラ側の方が上ではないかと思われたので、ローラが本命ではないかという結論に至る。



 捕まった男たちは尋問にかけられるが、情報を吐く前に全員自害という結末を迎える。体のどこかに毒を仕込んでいたようで、尋問と尋問の合間に服毒したようだ。

 持ち物から男たちの素性を探ってみたが手掛かりとなる物が無く、捜査はすぐに行き詰まる。


 結局何も分からないまま、公爵邸襲撃事件は幕を閉じるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ