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公爵邸の襲撃者

 公爵死亡から約一月半。チランの町は表面上、そう変わっていないように見える。

 もともと政務に関する部分は長男であるメルクリウスが大半を引き継いでおり、実務の面で問題があるとすれば騎士団の弱体化ぐらいだったからだ。

 ただ、その騎士団に引退した祖父であるアレスと剣だけなら一流のフリードが協力することで戦力の補充と同等の結果を出しており、事態はそこまで深刻ではない。


 他の公爵家の人間もまた、それぞれが討伐者を率いて活動している。公爵家の継嗣を決めるためにとギルドを作り、組織運営をしているのだから当然だ。彼らもまた、通常通りの業務を行っている。

 では、その中に混ざれない者はどうしているのだろうか?

 そう、裏切り者の所為でギルドが崩壊し、完全にフリーとなったローラである。

 彼女は戦力たるギルドの再建もままならず、かといって政務に携われる状態ではないため、要らない子と化していた。



「何をやっているんだろうな、私は」


 ローラは自室で独り、溜め息を吐く。

 一度は奴隷に身を落とし、幸運にも身分だけは原状回復までできたとはいえ、失った討伐者ギルドは再建できない。政情がごたごたしている時にそんなことをすれば人員管理の面から負担が大きくなるため、ギルドリーダーになる許可が下りなくなっている。

 では政務の方に手伝いを、と思った時期もある。しかしあちらも人手が欲しい状態とは言え、公爵令嬢たるローラがいればむしろ邪魔でしかない。即戦力級の能力があれば問題ないのだろうが、残念ながら彼女のスペックはそこまで高くない。書類整理を頼むにも気を使う素人など、置くだけの余裕が今はない。

 もちろんダンジョンに行けるはずもない。手勢がおらず、逆に騎士団から護衛を雇わねばならない状態だ。周囲の負担を増やすだけである。

 仕方がないので剣の訓練や騎士団の備品整理を行っているが、そんな「誰でもできる事」をしていても気は晴れない。彼女が望んでいるのは公爵令嬢として、もしくは討伐者ギルドのリーダーとして求められる仕事であり、自分でなければできないような仕事だった。


「そうでなければ、私はただの無駄飯ぐらいだというのに。未だ無力な子供のままなのか……」


 正しく現状を把握できるからこそ、自嘲の笑みに歪む。

 誰でもできる事なら、安く雇える誰かにやらせる方が効率的だ。高い金を注ぎ込んで育てられた自分であれば、そのコストに見合う責任を負うべき。ローラはそのように考えている。

 もちろん、今が駄目であっても将来的にコストに見合った利益で回収できればそれでいい。政略結婚をはじめ、彼女だけが打てる手と言うのは多くある。

 ただ、それも心に余裕があってこそだ。親を殺され平常心を失った少女に正しい回答を望むのは無理だろう。焦りはすでに燃え尽き灰となり、無力感がローラの心を支配していた。


 メルクリウスも、ローラの現状は分かっている。だが彼も父を失い、その代行という大役を背負っているのだ。これまでの仕事と追加で背負ったものの重みに潰されまいと、奮闘している最中なのだ。大事な妹のためとはいえ、人も時間も大きくリソースを割く余裕などどこにも無い。

 ローラは現状、誰からも必要とされていなかった。





 日課である剣の訓練は騎士たちと合同で行われる。

 ローラの腕前は騎士たちに劣るが、一般的な冒険者としては十分な域にある。パーティを組んでランク4ダンジョンに挑む程度であれば、それなりに役に立てるといったところ。顕現魔法の方も多少使えるので、役立たずになる事は無いだろう。

 朝から始めて夕暮れまで剣を振る。女性騎士もそこまで珍しくないため、彼女たちと組むことで集団行動を心掛けている。一人になるほど、ローラは迂闊ではない。訓練後も女性騎士が最低6人ほど護衛に就く。この日もそうやって自室へ戻る最中だった。



 ドン、という大きな音が、メルクリウスの執務室のある方角から聞こえた。ローラと護衛たちの間に緊張が走る。


「お嬢様は自室で待機を! 私とコーラルが確認に行きます!」


 襲撃があったのかと考えたローラは音のした方角、メルクリウスのもとへと走り出そうとした。が、それを護衛の一人が止める。

 そして止めた女性騎士は同僚と二人でメルクリウスの執務室へと確認に向かう。護衛任務のため、防具は無くとも帯剣していたのでそのまま駆けだす。

 もしもメルクリウスに襲撃があった場合、ローラが合流するのは悪手だ。護衛対象は少ない方が良く、意識を集中させるべきである。下手に合流して相手に狙われた場合、メルクリウスは無事でもローラが死ぬかもしれない。

 それよりも防衛しやすい自室に戻り、身の安全を確保するほうが手堅い選択だ。貴族の自室は襲撃を受けた時に守りやすく逃げやすいように作っているからだ。


 ローラは唇を噛み締めながら、無言で自室へ向けて走る。

 現在の公爵邸にいる公爵一族はメルクリウスとローラの二人。メルクリウスへの襲撃が囮という可能性も否定できず、ローラの胸に不安が広がる。

 ローラと護衛の4人がローラの自室前に辿り着くと――


「おや、遅かったね?」

「女性の着替えというのは時間がかかるものだよ。致し方あるまい」


 門番のごとく、立ち塞がる影が。全身を黒で覆った男たちが部屋のドアや周囲の壁にもたれかかっている。

 その数は3。足元を見れば、血を流し倒れる侍女の姿があった。


 何人かはそれを見て血が頭に上り、ローラよりも先行した騎士が問答無用で斬り付けた。剣は鋭く、熟練の冴えを見せる。しかし、斬り付けられた男は僅かに身を動かすといとも容易く剣を躱した。背を壁に預けたままで、である。


「さすが、公爵令嬢の護衛。熟()の技だね」

「熟()だ、馬鹿。いくら年増相手でもくだらない言い間違いをするな」


 男たちは斬りつけられたことにも戦意を(たかぶ)らせず、軽い調子で騎士たちを挑発する。


 それに対し、女性騎士たちは逆に冷静さを取り戻した。彼女たちは安い挑発相手に激昂するほど若く無い。ローラの護衛として選ばれるだけの実力者なのだ、言葉遊びを無視し、目の前の難敵相手に活路を見出そうとする。

 ローラの方は、目の前の男たちが自分では背伸びしようとも敵わない強者であることを目の前の攻防一つで理解してしまい、恐怖に駆られる。体が緊張で硬くなり、動きが重くなってしまう。


 そのタイミングで、背後から敵の増援が現れる。

 目の前に意識を集中しすぎた女性騎士の一人が背中から斬られた。それに反応したもう一人の女性騎士は壁にもたれていた男から斬りつけられ、何とかそれを防ぐも剣を打ち合う形となり、身動きできなくなる。残る二人も仲間を助けようと動くが、戦士としての腕は男たちの方が上なので思うようにはいかない。



「お姫様、ゲット~」


 男側が4人に護衛は3人。フリーになった男が隙を突き、ローラの身柄を押さえる。

 動きの悪くなっていたローラに抵抗する術は無く、腕を捻られ首筋にナイフを突きつけられ、あっという間に決着がついてしまった。

 ローラを捕えられた護衛はその安全のために身動きが取れなくなり、悔しそうに顔を歪ませる。


 男たちは無言で頷き合うと、ローラを連れて逃げようとした。

 逃げようとしたのだが。


「凄いタイミングですわね」

「狙ってた?」

「そんな訳、無いですわ」


 更なる乱入者によって、逃げ道を塞がれた。

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