フリードの拾い物
フリードは独り、ランク8ダンジョンを攻略していた。
本人はマキと一緒にダンジョン攻略をしたかったのだが、「ワタシにはウォルの教育という任務があるのですわ」と言われ、1人で放り出されたのだ。実力上位を遊ばせておくわけにもいかないからとこちらに来ているわけだ。
本人は「ようやく他の誰かと一緒にダンジョンに行ける」と喜んでいたが、肩透かしを食らった形である。最初は食い下がろうとしたが、周囲に宥められ説得され脅迫され、渋々と単独行動を取っている最中である。
ランク8ダンジョンの名は【精霊の庭】。火・水・風・土の精霊たちが舞う、高難易度ダンジョンである。
難易度の高さは地形によるところが大きい。モンスターの強さはそこまで酷くない。巨大ミミズや骨兵士と比べれば強く厄介ではあるが、それ以上に環境に対する警戒が必要なダンジョンとなっている。
通常、ダンジョンの地形は変わらない。人が手を入れればそのまま残るし、内部に施設を置くことも普通に行われる。だが、【精霊の庭】だとそれが容易ではない。地形を書き換えられるのだ。それも頻繁に。
高難易度ダンジョンの例にもれず【精霊の庭】は地下迷宮である。だから洞窟を潜っていく訳だが、その途中にはいくつもの大広間とでも言うべき場所がある。高さは10m以上、半径100m以上の巨大空間だ。広い所は倍以上の空間を誇る。ネックになるのはこの大広間で、ほとんどの大広間は環境がコロコロ変わるのだ。四大属性の精霊たちが持ち回りで環境を整えるのか、ある時は灼熱の砂漠に、あるときは床一面が大渦に、ある時は暴風吹き荒ぶ岩場に、ある時はそもそも塞がれて通行止めにと、多様な変化を見せ付ける。対策を取ろうにも取り難く、法則性を少しでも見つけようと膨大な資料を作成しているが、効果が出ているとは言い難い状況であった。
出て来るモンスターはそれぞれの属性にちなんだものばかり。大半が既存の動物を大型化し、属性を付与した形で出て来る。出て来るモンスターは種類が多く、魔封札にし難いために取れた魔核は魔法道具の素材とされる事がほとんどである。
精霊そのものはモンスターではなくダンジョンの管理者的な存在として周囲を徘徊している。人を襲わないので、人間の側も基本的には襲わない。手強い割に例え倒したところで魔核が手に入るという事も無いので、戦闘を挑むメリットが無いというのも戦わない理由だが。
フリードはそんなダンジョンを一人で攻略しているわけだが、本当に一人で行動しているわけではない。周囲には騎士が潜み襲撃に備えている。つまりフリードは“囮”なのだった。
単独行動しているという情報を流し、相手を挑発して誘っているわけだが、同時にこれは周囲に“公爵家はこの程度の事に屈しない”というアピールでもある。実態はともかく平常運転の様子を見せる事で、チランの戦力に何の問題も無いと行動で示しているわけだ。
これはメルクリウスの策であり、マキと一緒に行動させるよりもまだ生存率の高い作戦だと判断しての事である。この時点でマキの信用は0とは言わないが、そこまで高くないという話でもある。出身地や所属不明の旅人が信用を得るには、一ヶ月や二ヶ月ではとうてい足りない。特に地位の高い人間、周辺の警戒をしなければいけない時期の貴族には慎重さが求められるのだ。
フリードは砂地の上で鳥のようなモンスターと戦っていた。
鳥は翼を広げると横に5mはあろうかという巨鳥で、体格を見れば物理的な力だけで飛ぶことができないほど筋肉質な、まるで小さな鳥をそのまま大きくしたかのような姿をしている。そこに赤い炎を纏い、大広間の天井付近を舞っている。
嘴や爪による一撃を加えようと下に降りてくるところを槍で攻撃するのが常道だ。もしくは、空中にいるところを骨魔術師による魔法攻撃で攻め立てるのが有効である。
フリードの剣が炎を纏った、鳥のようなモンスターの翼を切り裂く。
本来であれば纏った炎に焼かれ、人間の振るう剣が届くことは無い。だが、フリードの場合は力押しで不可能を可能にする。
炎が邪魔なら、炎も切ればいい。
炎に対して剣を振るい、その剣風で炎を切り裂き、刃を届かせる。フリードが人外とも言われる剣技の持ち主だからこそ可能な手段だ。
鳥モンスターは翼だけで飛んでいるわけではなく何らかの魔法的な力で空中を飛んでいるのだが、それでも翼を切り裂かれれば飛ぶこともままならない。体勢を崩し、地面にその身を叩きつけられた。フリードはすぐさま追撃を行い、モンスターの息の根を止めた。
ちなみに、この鳥モンスターは本来なら10人がかりで戦う相手である。
炎に包まれていた鳥モンスターであるが、死んでしまうと炎は消え、ただ大きいだけの鳥の死骸が横たわる。フリードはそこから魔核を抉り取り、ついでとばかりにナイフで肉を削り取る。それが終われば大広間からは即時撤収が基本だ。特に砂地の上はとても熱く、水分と体力を消耗する。長居する理由など無い。
足早に下に向かう通路に向かったフリードであったが、その途中に小さな皮袋が一つ、落ちているのを見つけた。
「なんだ、これ?」
気になって拾い上げると、中には小粒の宝石が入っている。
「……ダンジョンに宝石? ここで採掘されることは無いはずだし、持ち込む理由も無い。中継地の利用なら魔核で構わないし、一体だれが、何のために……?」
妙に気になる宝石を皮袋に戻すと、フリードは踵を返し、地上に戻る通路へと向かった。




