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精霊化

 二人は外に出てきた。

 家から少し離れた、木々の薄い広場の様な所に移動する。これからやることは屋内では都合が悪かったからだ。


 正座するウォルターの目の前でマキは5枚の封魔札を扇状に広げた。

 描かれた絵柄は普段見慣れた巨大鼠のものと同じだが、一部に使われているインクの色が違っていた。他に違うところと言えば、封魔札の所持者の部分ぐらいである。そこは現在空白で、所有者無し(フリー)となっている。


「まず、最初に覚えてもらうのは≪精霊化≫という顕現魔法の特殊召喚ですわ。精霊魔法は覚えていますわよね? その精霊魔法の属性に対応する強化を施された封魔札がこの5枚。それぞれ『火』『水』『風』『土』『闇』に対応していますの。『光』『雷』『氷』が無いのは素材の都合ですわ。必要な宝石が足りませんの」


 火、水、風、土、闇のそれぞれが赤、青、緑、黄、黒に対応している。

 その封魔札を持つ手とは反対の掌に、5つの宝石が置かれている。


「ワタシと同じく、≪精霊化≫の顕現魔法には核になるものが必要ですわ。魔核の代わりですわね。今回は『精霊石』を用意しましたの」


 火にはルビー、水にはアクアマリン、風にはエメラルド、土にはトパーズ、闇にはオニキスが置かれている。

 一つ一つが親指大とそこそこの大きさを持った宝石で、形は綺麗な球へと磨かれている。そしてよく見れば、その表面には細かい文様が刻まれている。

 ウォルターは単純に綺麗だと思ったが、これは精霊石などという付加価値が無くとも相当高価な品である。一つ当たりの値段はこちら側の相場で言えば、金貨で40枚相当。金貨1枚の価値は多少変動があるので正確な数字ではないけれど、普段ウォルターが使っている銀貨1000枚程度である。よって、銀貨4万枚相当。一般的な家庭の収入が銀貨50枚から70枚程度なので、60枚と平均を取れば年収の55年以上に相当する。

 ただし、ウォルターはその価値が分からないのでそこまで驚いていないし、ただ綺麗と思うだけで済んでいる。


 無論、マキの方も精霊石の値段など気にする事ではない。手間はかかるがいくらでも補充可能な「消耗品」に過ぎなかった。


顕現せよ(リアライズ)火炎鼠(ファイアラット)


 巨大鼠と言わず、火炎鼠と呼んでの召喚。

 マキの掌の上にあったルビーが姿を消し、足元に展開された魔法陣の上に赤い光となって移動する。 

 魔法陣に魔力が満ちると、赤い光が漂っているところを中心に一匹の巨大鼠が姿を現した。

 呼び出されたのは、赤い体毛をした巨大鼠。その周囲がゆらゆらと揺れて見えるのは、陽炎だ。通常の巨大鼠と違い、高温を発しているので周囲の空気が暖められ、揺らいでいるのだ。


 ウォルターは触ってみようとそーっと手を伸ばすが、途中で断念した。触れば火傷を負う事になるので、それで正解である。

 マキはウォルターの反応を見届けた後、続けて残りの4匹もまとめて呼び出す。


続けて参れ(リキャスト)雫鼠(ドロップラット)旋風鼠エアラット鉄鼠(スティールラット)毒鼠(ポイズンラット)


 続けて四つ、魔法陣が描かれる。精霊石はすべて消え、4匹の巨大鼠へと姿を変える。

 雫鼠は透明で、こちらはウォルターが触ろうとすると指が突き抜け、まとわりつく。指を抜いてみたが濡れてはおらず、ただ水を鼠の形にしただけではないようだ。

 旋風鼠は一見するとただの巨大鼠だが、周囲に円を描くように風が舞っている。触ろうとしても風に手を取られるので、本気で触ろうとしないと難しい。どうやら触られたくなくてこのような守りをしているようだ。

 鉄鼠は金属でできた巨大鼠。鉄の色というのはいろいろあるのだが、呼び出された鉄鼠は黒鉄(くろがね)。くすんで鈍い黒さを持つ、重厚な色。触れば毛皮ではなく針金の山のようでチクチクするし、生き物特有の温かみも無い、ひんやりとした冷たさを感じる。他の4匹と比べて動きが無く、じっとしている。ちなみに他の4匹や普通の巨大鼠は、小動物特有の震えがあり、落ち着いているといった印象は受けない。

 最後、毒鼠は漆黒の毛並みをした巨大鼠。体毛は濡れた黒と言うのだろうか、艶があり、光を受けて天使の輪を作っている。だが、ウォルターはこの毒鼠にだけは触ろうとしない。触れば最後、毒で殺されるかもしれないと恐怖を抱いているからだ。呼び出した本人にすら危険なモンスター。自分で呼び出したわけではないが、ウォルターは毒鼠をそのように認識した。



「まぁ、見たまま名前の通りですわ。運動能力は向上こそすれ落ちていませんし、呼び出すための負荷も通常の巨大鼠と同じですの。でも、核となる精霊石は消耗品で、あのサイズなら1日が限界ですわ。だんだん小さくなっていき、限界を超えて維持しようとすると、消滅しますの」


 マキは≪精霊化≫を使用した巨大鼠シリーズのお目見えを終えると、手を打ち鳴らしてまとめて送還する。送還されたネズミ達は姿を消し精霊石は再びマキの掌の上に戻ってくる。よく見れば精霊石は一回り小さくなっているのかもしれないが、ウォルターの目には違いが分からなかった。

 マキは封魔札と精霊石をウォルターに渡し、笑顔を見せる。


「まずは≪精霊化≫状態の巨大鼠を呼び出すところからスタートですわ」


 封魔札と精霊石を受け取ったウォルターは、ふとした疑問を口にした。


「マキさん。全部巨大鼠を呼んでいましたけど、何か意味があったんですか?」


 それに対するマキはよどみなくウォルターの質問に答えた。そのあたりもアルが知識を残していったらしい。


「単純に、入手難易度の問題ですわね。巨大鼠の魔核なんて掃いて捨てるほどありますし、これ以上入手の簡単な魔核はありませんわ。それに、あなたは巨大鼠以外のモンスターを運用したことがありませんでしょう? 強いモンスターを得ることが目的ではありませんの。慣れた所から順に覚えていくのが優先ですわね」


 巨大鼠は、ランク1という最も簡単なダンジョンの中でも一番弱いモンスターだ。ついでに、ダンジョンの外でも自然繁殖していてどこにでもいる。旅をすれば野生動物にすら狩られるような、食物連鎖のピラミッドでも下層の生き物として繁殖しているのだ。

 よって魔核が欲しければどこでも簡単に手に入る。暇人が小遣い稼ぎとして狩ることもあるからだ。

 アルにしてみれば、大事なのは≪精霊化≫の技術を確立させる事であり、わざわざ高価な魔核を実験に使う意義を見いだせなかったというのもある。

 安価で確保が簡単。選ばれない理由が無かった。



 説明に納得したウォルターは≪精霊化≫の練習を始めるが、なかなか上手くいかない。

 その日は練習しても最後まで成功せず、感覚を掴む以前であった。

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