目立つ二人
大崩壊が起き公爵が襲撃されてからおおよそ一月が経過した。
何日かの休憩を挟み、ウォルターたちはダンジョンに潜っている。ランクは変えず、何度も潜っている【コルテスカ地下宮殿】である。今はダンジョン上層の2層目、潜って2時間程度の洞窟を足早に歩いている。
「僕たち目立っているよね、マキ」
「そう仕向けたのだから当然ですわ」
「仕方ないんだよね?」
「仕方ないのですわ」
【コルテスカ地下宮殿】のボスの魔核を売却してから、ウォルターたちの注目度は一気に高まった。
これまでも二人きりでダンジョンに潜っていたし、公爵家の次男であるガルフとの件があったので一部の討伐者が注目していた。が、今では【コルテスカ地下宮殿】に潜るほぼ全ての討伐者が二人に注目している。
最初は運搬業を副業として始めたと思われていたのだが、事実が周囲に知れ渡ると勧誘合戦が始まりかけた。討伐者は独自の情報網を持っているし、ギルド間で情報のやり取りもする。二人の話が出回るまでそう多くの時間は必要なかったのだ。
勧誘はフリードに頼まれたメルクリウスが手を回したので酷い事にならなかったが、それでも“自主的な”移籍であれば問題は無いと、多少素行の悪さが目立つ連中が絡み、捕まるといった光景も見受けられた。
最終的には二人がどうやってダンジョンで戦っているのか知ろうとする者が尾行をするといった、命がけのマナー違反をする程度に納まっている。本来ならマキ達にバレた場合、その場で殺されても文句の言えない愚行であるが、マキは宣伝を兼て尾行を撒くので今のところ死者は出ていない。
この日も適当に入り組んだ地形を使い、尾行を撒いていた。
この追っかけ行為に対し、ウォルターは辟易している。マキがもう少しうまく立ち回れば、そもそも目立とうとしなければここまで状況が混沌とすることは無い。今よりましか、相当上手くやらねばならないが、全く目立たない状態を選べたはずである。
マキは余計な事に対し手間を掛けなければいけない現状に疲れているウォルターに、いっそ冷たいとも言える言葉を投げかける。
「これも訓練ですわ。人から注目される存在になった自覚を持ち、その中で生きていく覚悟を持ちなさい。今のウォルには荷が重いですけど、いずれその覚悟が必要になりますわよ」
ある程度実力がついてからこういった処世術を学ばせるつもりだったマキだが、公爵家というチランで最も使い勝手のいい後ろ盾を得たことで方針転換をし始めた。多少目立って、取り込もうとする人間への対処法を安全に学ばせるのに、今は都合のいい時期だったのだ。
公爵家を完全な味方と認識するには時期尚早だが、逆にこういった方面で迷惑をかける事で身内意識を持たせるように誘導しているのだ。親が愛着を持つのは手間のかからない子供より手間のかかる子供だったりするのと同じ理屈だ。
何事にも限度があるが、優秀であることを示し利用価値を認めさせ、ダンジョン攻略といった形で実益を上げていれば切られることは無いというのがマキの見立てである。
「逆に公爵家に取り込まれるのでは?」といった疑念に対しては、公爵家に依存しなければいけない部分を持っていないうちは完全に身動きができなくなる可能性が低い事と、戦力を損耗しているため二人に対し必要以上に労力を割けない現状であれば逃げるぐらいどうとでもなるという事情から、大きな問題は無い。逃亡の準備は万全である。
なお、マキが見つけた“女神の使徒”が使っていると思われる通路は報告していない。報告するためには精霊魔法が使える事を申告せねばならないのだから当然である。
その代わり、討伐者ギルドを使い、トラップの設置を行うことを提案している。
もともと魔素だまりまでの道が安全であれば大きな問題は無いので、使われていない、使わなくても問題の無さそうなルートに致死性の罠を設置し、指定順路以外を使えなくしてしまえば牽制になるのではないかと提案している。
これは予算の兼ね合いから却下されているが、騎士団による定期巡回コースを設ける事で牽制と内通者の特定が行われることになっている。不定期更新と複数部署がそれぞれ違う情報を管理することで、敵が知っている安全なルートから洩れた情報を特定し、関係者を絞り込む作戦だ。相手もそれが分かっているだろうから、迂闊に手を出せなくなるという寸法だ。
ここまで来ると情報戦は半ば心理戦の様相を呈している。マキから説明を受けたウォルターはいずれ自分も学ばねばならないと知ると、潰れたカエルのようなうめき声を出した。
ウォルターたちを監視させているメルクリウスは、そろそろ監視を止めるべきかと思案していた。
上がってくる報告を見れば迂闊に手出しできない相手であることは間違いなく、何度かフリードを囮にしても反応を示さない事から、立場的に味方である可能性が高いと判断して始めているからだ。
3週間近く監視しているがモンスターを大量に討伐しているらしく、戦果は常に上々。尾行を撒いて情報を掴ませない手腕は本職の密偵よりも腕が良く、独自のダンジョン情報を持っている。味方することを表明していても、取り込まれるつもりは無いと行動とその結果で示している。
メルクリウスをして、敵に回してはいけない相手だと言わざるを得なかった。
最悪は自分たちの手駒を減らし信頼できるかもしれない強力な仲間と敵対せねばならなくなる。それよりも身内として完全に取り込み、手駒にすべきかと悩んでいる。
だが、平民というか流民のような相手にローラを嫁がせるわけにはいかない。公爵ともなればある程度下の爵位を与える権利はあるのだが、二人は爵位を与えるほどの活躍をしているかと言うとそうでもないので与えるわけにはいかない。
部下たちの中から結婚相手を見繕うという手もあるが、それをしては逃げられる可能性が高いというのがメルクリウスの判断だ。
敵対したくないほどの力を持っている。
だが、味方にするにも保証が無く安心できない。
無視をするにも存在感が大きすぎる。
メルクリウスは頭を悩ませるのであった。




