女神の使徒
チラン近郊の森から数㎞ほど中に入った廃墟。そこに、200人近い集団の姿があった。
彼らは精霊魔法を現代に伝える宗教団体“女神の使徒”。ここが、彼らの本拠地だった。
もともと、この団体はチランが帝国領となる前からここに本拠地を構えていた。
数百年前のチランを治めていた領主は“女神の使徒”のシンパであり、よき協力者だった。チランは彼らを戦力として重要視しており、大都市から正式に活動を認められることで彼らも誇りを持って職務に励んでいた。
だがチランは帝国に鞍替えし、その煽りで“女神の使徒”は放逐された。
彼らがダンジョンに詳しく、公爵達を出し抜けたのはこの時から受け継がれたダンジョンの情報あっての事である。
公爵家が使うルートそのものは一般の討伐者ギルドに公開されているため、奇襲は容易であった。そして奇襲を成功させたもう一つの重要な要因である精霊魔法も、最初の一回であれば大きなアドバンテージをもたらす。
だからこそ、彼らは最初の襲撃にすべてを賭け、公爵本人とチラン最強と名高いフリードを殺しに行ったのだが。
「計画の大幅な見直しは避けられぬか?」
「申し訳ありません、猊下。我々が至らぬばかりに……」
「良い。これは機を見誤った我の不徳よ。お主らの不手際ではない」
“女神の使徒”の本拠地。外からの見た目はボロボロの廃墟であるが、中は丁寧に手入れされ如何にも高貴な身分の人間が住んでいると思わせる状態だった。
建物の主要な施設はすべて地下にあり、灯りは壁際に置かれた松明のみである。それぞれの部屋に新鮮な空気を送る空気穴と風の通り道は確保されているが、長時間滞在したい場所ではない。
本拠地内でも特に大きい部屋に、6人の男が集まっていた。
彼らは円卓に座り、上座にいる老人に対して残るそれぞれが報告などを行っているところであった。
一人は猊下と呼ばれる老人。
一人は卓に額をこすり付けんばかりに頭を下げる壮年の男。
他の四人は頭を下げる男に対して様々な感情の乗った視線を投げかけていた。
今行われているのは、先日行われた襲撃の結果報告だ。
公爵を討つところまでは上手くいったがフリードを襲ったメンバーが全滅し、そこで大幅に計算が狂った。
調べていた実力からおおよそ被害のあまり出ない戦力を試算し、70人もの戦闘要員を送り込んだ作戦。絶対に負けられない戦いに赴いた仲間が「フリードと戦う前に」全滅したのだ。予想外を通り越して計算不能のバグが発生したために、彼らは急ぎ今後の予定を修正している最中である。
本来であれば大幅な戦力低下に苦しむ公爵家に対し、さらなる追撃を仕掛けるはずであったのに。騎士団は半壊したものの自分たちも戦力が半分以下になったためにこれ以上の戦闘が出来なくなったのだ。
彼らの盟主である猊下が号令をかければ、全滅必死の任務すら怯まず決行されるだろう。だが、猊下は無駄に部下を死なせることができない人間だった。最後に勝つために、ここは忍び耐えるべきだと厳命している。無論、外に対して強気の姿勢を崩さないためにも見栄を張るのを忘れていないが。
「さて、終わった事をいつまでも言うのは時間の無駄だ。今後について語ろうではないか、諸君」
部下の失敗を「終わった事」とし、更に不問とする意思を見せる猊下。
何人かはその決定に不服そうな顔を一瞬見せるが、全員が素直に従う。失敗した同士の発言力・実行能力が低下していることは間違いなく、それで十分と冷静に判断したからだ。身内で足の引っ張り合いなどをする余力があると考えるほど愚かな人間はこの場にいられないという、苦しい事情も我慢する理由である。
「まず、我らを侮る者たちに、危機感を抱かせる必要がありますな。大崩壊を引き起こすには準備が足りませぬ故、戦果を目的としない襲撃計画を考えるべきかと。現有戦力でも襲撃可能な候補を探しています」
「部下の教育をもう少し短縮すべきかもしれません。早くから実戦に慣らし、戦力の立て直しをしません事にはどのような作戦も行えないでしょう。これ以上戦力を損耗するのは危険です。人員増加のため、人の調達をお考え頂ければと愚考する次第です」
「密偵が数人戻ってきません。情報収集に人手を割き、先の失敗の原因を正確に知る事こそが、次の糧とすべき内容かと存じます。同じ失敗を繰り返さないことこそ肝要かと」
「金属装備の大半を失ったため、補充が必要です。いくら戦力を増やそうと、裸に棒切れを持たせるわけにもいきません。その物資の補充のためにも資金の調達こそが最重要なのです。仲間たちを飢えさせぬためにも、財貨が有限であることをお忘れなき様に願います」
話し合いが始まれば、各々が持論を述べる。彼らが言う事は組織運営をするうえでどれも必要なことだ。むしろ、当たり前の事しか言っていない。
自分の部署にとって有益な考えを優先するものの、根底には組織の繁栄を忘れずに置いているため、どの意見にも一理ある。そうなると互いの利益を調整すべき上司が最終的な判断を下し、決定しなければならない。
なお、彼らはそれぞれ自分の意見を言うだけにとどめて他人の意見を否定するようなことは言わない。他人の意見を否定するのではなく、自分の意見がいかに素晴らしいかを説明することで押し通そうとする。正論同士の戦いは他人の意見を否定すれば自分の意見も否定され、泥沼合戦になる。それは時間の無駄であるし、禁止されている。もし愚かな意見しか出てこない人間であれば幹部の資格なしと切り捨てられることになっている。
「ふむ。まずは情報収集と並行して戦力の強化を行わねばいかん訳だな。
特に、何故同朋が全滅したのか。これを知らぬようでは身動きもとれまい。
まずはそれを探り出せ。全てはそれからよ」
最終的に、猊下は情報収集を優先した。
やはり自分たちの仲間が殲滅された理由を知らねば同じことが起こり得ると判断したのだ。
並行して資金の調達や兵の訓練も行われるが、優先度はやや低めになる。
練度の低い人間も簡単な噂話を集めるだけならできる。こういった情報収集は一人に任せれば怪しまれるが、多くの人員を使い、少しだけ探るように止めれば目立つ事は無い。出来る限りバレない様に行わねばならないのだから、他の事が出来なくなるのはしょうがないと言えた。
敬愛する猊下の決定に幹部たちは頭を下げる。
そして会議が終わると自分にできる事をするため、部下を動かすのだった。




