ウォルター育成計画
ボス戦そのものは一切の制限を設けられず、全力で相手をしたウォルターの圧勝で終わった。
死体の巨人兵は鈍重そうな見た目に反して素早い動きをするものの、最初から巨大鼠を先行させ、かつその巨大鼠に破魔札の光を上乗せしていれば容易く倒せるのである。
酷い話ではあるが、ボスなのに死体の巨人兵の脅威度はそう高くない。とはいえその魔核は高く売れる。死体の巨人兵が道中のモンスターよりもレアリティが高いこと、魔核の質そのものがこのダンジョンで最も良い事が取引価格の理由である。用途などで言えばそこまで高価にはならない。
倒すまでにかかる時間が約1分。しかし、相手が戦闘能力を維持できるのは30秒程度。破魔札の効果は抜群だ。
ボスを倒した二人はその足で休む事無くダンジョンから出て、持ち帰った魔核を売却した。
さて、ここでダンジョンのモンスターの死体について説明する。
ダンジョンのモンスターは、通常、約1日経つとダンジョンに吸収される。腐ったりする前に消えてしまうので、ダンジョン内が腐臭立ち込める最低な空間になったりする事は無い。
モンスターの装備品なども同様で、骨兵士が持つ剣や鎧も同じように消える。魔核も死体と同じ扱い――ではなく、魔核だけはダンジョンに回収されずに残る。
これは討伐者が確保した物についても同じことが言える。
ダンジョン内部で手に入るモンスターの装備品は大体が鉄製品で、回収できればいいお金になる。だが、回収しても吸収される前にダンジョンを出られなかった時はいつの間にか消えているという憂き目にあう。労力を割いて持ち帰ろうとしても確実に回収できるとは限らないのだ。これはウォルターやマキの持つ収納袋の中でも同じことが言え、「収納袋に入れておけば大丈夫」とは言えなかったりする。
もっとも、収納袋に放り込むだけであれば大した手間ではなく、持ち運びも苦にならない。「運よく持ち帰ることが出来ればラッキー」と、二人はその程度に考えている。
宮殿内部で確保された魔核については大体の場合、持ち帰る最中に消えてしまう。装備品については手間と利益の兼ね合いで無視されるのが当たり前だ。
だから休憩場で魔封札に変えてしまう事が多く、外で魔核そのままの形で取引されると多少値が上がる。
また、魔核の持ち帰り専門の討伐者ギルドまで存在する。中で戦った後だと疲れていることが多く、一泊して体を休めるために持ち帰りを任せるのは良くある話だったりする。
つまり休憩場を中継せずに移動するだけならともかく、魔核をそのまま売却するとそれなりに目立つのだ。
二人は日が昇る前にダンジョンに入り、翌日の昼過ぎにダンジョンから戻ってきた。それなりに人の出入りがある、昼過ぎに。
「――以上で、金貨2枚と銀貨18枚になります。お確かめください」
魔核買取所で金銭の受け渡しは人目に付く場所で行われる。これは周囲の目を使って討伐者にプレッシャーをかける為であり、下手に文句を言えば敵を作る環境にするためだ。馬鹿なことを言って無駄に時間の掛ければ後に並ぶ討伐者に嫌な顔をされるし、暴力沙汰をすれば感謝料目当てに取り押さえに来る者もいる。そうやって自衛しているのだ。
どの魔核をどれだけ売ったかは簡単に周囲に知れ渡るし、それを利用して自慢する者もいる。隠し事ができる場所ではない。
もし目立ちたくない者がいた場合は、商人と伝手を使って個人売買を行うわけだ。
当然のように二人は魔核の売却を行うが、周囲は「あいつら、見ない顔だが“換金屋”か?」「いや、この間巨大ミミズを狩っていたはずだ」「小僧の方はフリード様と一緒にいた奴じゃなかったか?」などと声を潜めながらも騒いでいる。
換金までは普通にしていたウォルターだが、周囲が自分たちに注目していると分かると途端に挙動不審になる。マキの方はこれも予想通りなので平然としていたが。
換金を終えた二人は絡まれることも無く宿に戻り、宿で昼食とも夕飯ともつかない食事を終えてすぐに眠った。死体の巨人兵を倒した後、強行軍で戻ったために疲れ果てていたからだ。
ダンジョンから戻り、その翌朝。再び監視が付いたので監視者をマキがからかってからウォルターのリクエスト通り、今後の育成計画について説明が行われることになった。
「まず、これまでのおさらいですわ。
最初にマスターが各種魔法の初級編を教えました。同時に、下級に属する簡単な戦闘用魔法とその運用方法についても教えたはずですわ。
その後、教師役がワタシに入れ替わり、旅に出る前に≪精霊化≫の授業を行った。
チランに着いてからは風の魔法を使った気配察知のスキルと『軍勢顕現』の練習に入った。気配察知はともかく、『軍勢顕現』はまだ実用レベルではありませんわ。
ここまではいいですわよね?」
「うん」
マキはこれまでを振り返り、自分にとっては3ヶ月間、ウォルターには4ヶ月間分の訓練内容を列挙する。
ウォルターはマキの感覚で考えれば基本的に呑み込みが早く、覚えがいい。たった数ヶ月でここまで成長しているのだから、このペースを維持できるとして、未来を予測する。
「次に、これからの予定の話をしますわ。『軍勢顕現』を使いこなせるようになってからの話ですわね。
身体強化魔法と精霊魔法をある程度修めたところで、回復魔法の習熟に入りますわ。身体強化魔法と回復魔法は系統として同じですの。覚えること自体にさほど苦労することはありませんわ。すぐに終わるでしょう。一般的な感覚で言う所の重傷までなら癒せるようになる筈ですわ。
その次に戦闘能力の強化。精霊魔法の中級レベルを覚えてもらいますわ。ワタシがこの前みせた≪金剛槍≫と同じレベルの魔法ですわね。
それが終われば顕現魔法用の魔封本作成ですわ。ワタシと同等とまでは言いませんが、人間型の個体を作ってもらいますわよ。能力の書き換えを比較的行い易いのが魔封本の特徴ですわ。まずは自力で魔封本を作れるようになりなさい。
そこまで出来て、ようやく≪再生≫の習得訓練ですわね。
あとはそれを自由に使えるレベルの戦闘能力の確保ですけど。これについては状況次第としか言えませんわ。公爵家の保有する戦力と情報収集能力。それらを間近で見て、必要なレベルを算出する予定ですので」
言われた内容について、ウォルターは理解が及ばないでいる。それも当然だ。初めて聞く単語がいくつか混じっているし、完全に定まりきっていない部分も見受けられる。それを想像してみせろと言うのは酷だろう。
だからマキはおおよその指標を口にする。
「これまでのペースで訓練を続けるのはほぼ不可能としますわ。そのうえでこれらの予定をこなすとして、≪再生≫が使えるようになるまで早く見積もって1年。普通に考えれば2年は必要ですわ」
マキの言葉にウォルターが固まる。
ペースが落ちるというのは、しょうがないと諦めたとして。
かつて、アルヴィースは≪再生≫が使えるようになるまで、それだけのために頑張ったとして数年かかるのが普通だとウォルターに説明していた。
それを2年で済ませるというのは、相当なプレッシャーだ。早くて1年とは、何の冗談かと思っている。いや、どんな方法で詰め込む気だと、戦々恐々としているというのが正しい。
慄くウォルターを、マキはいつも通りの微笑みを浮かべたまま見ていた。




