疲れたウォルター
マキが見つけた隠し通路(?)は精霊魔法を使う者がいるのが前提であり、そこを利用している者が人為的に隠している状態だ。つまり、隠し方と安全性の保障などは利用者自身の行動によるものでしかない。
どうせだからと、マキは同じように通路を隠すのではなく、同じと思って通路を支え、使おうとしたときに発動するトラップを仕掛けることにした。もちろん罠の作成者であるマキ自身は引っ掛からないように、だ。
そうやって中ボス部屋を回避して宮殿部分に入ると、外壁の外周に出ることになる。外壁にある扉は正門が一つだけであり、他に宮殿内部に侵入するルートはない。一般的な宮殿であれば他のルート、外壁越えと言う手段も使えるのだろうが、ここは「地下」宮殿である。外壁は天井と融合し、破壊でもしない限り無理矢理通ることなどできはしない。
壁を破壊する音で目立つつもりの無いマキたちは松明を消し、風の感触で周囲を探りながら正門を目指した。
幸いにも中ボスは健在であり、それと交戦中の討伐者はいない。と言う事はここ数時間宮殿内部に入った討伐者がいないという事で、長期滞在している討伐者がいなければだが、今の宮殿内部はフリーの狩場と言う事になる。二人は喜んで、だが警戒を怠ることなく正門をくぐって敷地内に足を踏み入れた。
先日にマキが片っ端から骨兵士などのモンスターを蹴散らしてから数日が経過している。モンスターたちはすでに補充されており、密度は大崩壊中よりも薄いがどこにでも沸いていた。
マキが手に持った松明に再び火を灯し、宮殿の中を歩いて行く。
アンデット相手の戦闘は、基本的に破魔札を使う事になる。巨大鼠を顕現魔法で呼び出すが、それは足止め目的であり壁でしかない。
「いけっ!」
巨大鼠に対し、骨兵士2体が群がる。巨大鼠は骨兵士の剣が当たりそうになる瞬間に鉄鼠に姿を変え、その刃を弾き返した。ギリギリのタイミングで≪精霊化≫を使うのは魔力の節約であり今後必要になりそうなスキルだからと、マキの指示でやっている事だ。
骨兵士が巨大鼠に注意を引かれている間に、ウォルターは破魔札による攻撃を行う。ウォルターが札に魔力を込めると、札が淡く光りだした。そしてそのまま巨大鼠をターゲットに意識を集中すれば、巨大鼠を中心に光が広がり骨兵士を包んだ。
すると骨兵士は剣を振る動きを止め、カタカタと震えだす。だんだんと震えは小さくなり、完全に動かなくなると骨兵士は人の姿を維持できなくなり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
ウォルターが破魔札を使ってから3秒。それが骨兵士2体を倒すのに要した時間である。
「標的から20mも離れると、僕では使えなくなるみたいです。あと、まとめて倒しても効果は減衰しないみたいです。一回効果範囲内に踏み込ませればすぐに回復しないし、」
マキも破魔札を使って戦ったので基本性能や使い心地については知っている。だが効果に個人差があるかもしれないからと、ウォルターにも自分なりの使い方を実地で覚えさせているのだ。
現段階では破魔札を使った戦闘に慣れる為の訓練の最中であり、周辺の警戒や明かり役はマキが受け持っている。ウォルターは目の前の戦闘に集中していればいいので、普段と比較してかなり甘い訓練だ。
ここまでにいろいろと使い方を試し、感覚で使い勝手を覚えていくウォルター。
敵の数が多い、遠くから不意を打つつもりで、相手が至近距離に来るまでで攻撃禁止、一定距離以内に近寄らせないように、一回の攻撃を1秒未満に抑えて間隔を10秒空けるなど、マキの言うレギュレーションを順守して戦う。
そのたびに頭を使って言われたことをこなすための戦術を考えるのは、ウォルターにはまだ荷が重い。普通に戦わせてもらえればと何度も思うが、時に力押しで、時に閃きでお題をクリアしていく。
厄介だったのが死霊で、壁の中から突然現れる死霊には破魔札による攻撃も当てにくい。壁の端に体の一部が出ている状態で攻撃しても効果が薄く、取り逃がすことも何度かあった。下手をすると収入源である魔核が壁の中に出現し、回収できなくなる。そのたびにマキがフォローするのだが、マキがウォルターを叱ったりすることはなかった。
余談ではあるが、骨兵士の魔核は安い。需要が少なく、巨大ミミズよりも扱いが悪い。逆に骨魔術師の魔核は高価で取引される。骨兵士は武器が近接用の剣しかなく、弓などを扱えない。逆に骨魔術師は精霊魔法を使えるので、人間には出来ない(と思われていた)ことが出来るので需要があるのだ。顕現魔法用の札を作るなら骨魔術師の物ばかりで、骨兵士のそれは取引されることの無いゴミ扱いである。魔核としての質だけを見れば同じぐらいなのだが、軽んじられているのが現状であった。
死霊の魔核は骨モンスターよりも質が良く、さらに高価で取引を――されることはない。こちらは骨魔術師よりも高く買い取られているが、実際は個人保有を禁止された品となり、魔核買取所でしか売買してはいけない決まりになっている。理由としては、壁抜けのできるモンスターを民間が持つことを嫌った為政者側による独占である。犯罪に使われることを考えた――もしそうであるなら他の魔封札も禁止されることになる――訳ではなく、死霊の魔核を使って作られる、とある魔法道具が原因である。
ウォルターたちは順調に宮殿内部で戦闘を重ね、魔核を集めていく。同時に骨兵士が落していく装備品も金属部分が多ければ回収し、収納袋に保管していく。
今回は再出現しているであろうボス撃破までが訓練内容となっている。
「こうやって隠れて訓練するのって、効率が悪いですよね」
戦闘自体はそこまで大きな問題もないが、ウォルターはこんな愚痴をこぼした。
「とはいえ、大っぴらにできない技術を扱っているわけで、隠さなきゃいけないのは分かるんですよ? ただ“どの程度強くなったら自由に動けるのか”の指針と言うか、目安が欲しいです」
人間と言うのは、大きな目標と小さな目標を用意することで精神的にタフになる。
ウォルターの大きな目標は「≪再生≫を習得し、それを自由に使っても行動を制限されないぐらい強くなる」だ。これは人生を賭けて挑むレベルの、数年後・数十年後を見据えたものである。
そして小さな目標として「ランク4ダンジョンのボス撃破」「『軍勢顕現』を実用範囲で修める」「精霊魔法の習熟」であり、これは数日・数ヶ月以内にクリアすべき内容となっている。目の前の“やるべきこと”だ。
そうやって大きな目標のみでは保てないモチベーションを小さな目標を立てて維持しているわけだが、その途中が不透明では効果が半減するという事らしい。ウォルターのフラストレーションは発散されぬまま蓄積され、普段であれば素直に言う事を聞くだけで終わらせてきた部分が崩れているらしい。マキはウォルターの顔を見るが、その目にあったのは不満ではなく、不安。情勢が変化しても何ら変わらないと見えたウォルターも、内心では不安定になっていたようだ。いや、公爵邸のやり取りで事の大きさを実感したのかもしれない。
マキは当面の目標とその後のウォルター育成計画についてパッと思いつくことを話すことにした。あまり正確ではないし詳細を語るところまではいかないが、多少は教えても構わないと判断した。ただ、それを教える事はわずかながらデメリットが存在する。未来を強く見ることで現在を軽視する可能性があるのだが、それなら現状も身が入っていないのだし、妥協することにしたのだ。
「分かりましたわ。では、ウォルに覚えてもらうスキルをリストアップしますわ。と言ってもここでやる事ではありませんの。まずは当面の目標をクリアして、宿に戻ってからお話しますわよ」
その言葉に、はた目にも分かるほど活力を取り戻すウォルター。マキは苦笑を禁じ得ず、それを隠さずに漏らす。
二人はダンジョンの通路を、松明の灯りで進んでいった。




