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ちょっとした警告

 時刻は夕方、夏にはいったばかりのチランはまだ暗くならない。夕闇が広がりつつあったが、街中にはまだ人通りがある。

 マキとウォルターの会話内容を聞こうと、追跡者改め監視者たちの一人が宿の周辺に姿を見せる。二人が部屋を出た痕跡はなかったため、窓にさえ気を付けていればいいと、監視者たちは油断していた。


「あら、ずいぶん簡単に姿を見せますのね?」

「っ!?」


 その監視者の背後を取り、声をかけるマキ。

 マキは監視者たちの位置を察していたので、上手く姿を消して忍び寄ったのだ。


 背後を取られた監視者の男は驚きの声を上げることなく、勢いよく振り返った。そこにはいつものメイド服で微笑みを浮かべる美少女が一人。夕闇に赤く照らし出されたその姿はどこか現実感を伴わず、怪しい魅力を醸し出している。


「おお、ビックリさせないでくれ。嬢ちゃんがどこの誰かは知らないが、寿命が縮まるかと思ったよ」


 マキの言葉に、抗議の声を上げる監視者。知らぬ存ぜぬで押し通そうとするが。


「貴方の出てきたあちらの通りには三人。宿の裏手に四人。そして全体を把握できるよう、あちらにある建物の屋根の上に二人。物々しいですわね?」


 マキは自分が察知できる範囲にいた監視者の数を口にする。人指し指を頬に当てる仕種は計算高くわざとらしくはあるが、可愛らしい。だというのに監視者は背筋に汗が流れるのを止められなかった。

 だが、マキの言葉は監視者にとって恐怖と同時に安堵を与える物だった。冷や汗をかきながらもそれを拠り所にしようとする監視者だったが――


「あら、申し訳ありません。あと二人、宿の中にもいましたわよね?」


――マキの一言により、より深い恐怖を刻まれた。


 精神的に追い詰めつつも逃げ道を残し、相手が安堵したところでトドメをさす。精神戦の基本戦術である。

 マキの前にいる監視者は青褪め、彼女が見た目通りの少女ではないと聞いていたが、その理由をいまさらながら理解させられた。


 だが理解しようと時はすでに遅く、彼はマキに捕えられた供物にすぎない。逃げようという考えを抱くこともできずに監視者は固まってしまった。周囲にいるであろう他の監視者の目には、マキが何か怪しい術か薬でも使ったのではないかと映っている。

 ニコニコと笑顔でいるだけのマキが、監視者にはとても恐ろしい者に見えていた。



 このまま殺されるかもしれない。監視者がそう考えるころに、この茶番は終わりを迎える。


「では、()も済みましたし、帰らせてもらいますわ」


 マキはスカートの両端をつまみ、綺麗に頭を下げる。

 もとよりマキには監視者を害する意図など無かった。ただ単に、今回配備された人員が一括管理されているかどうかの確認と、警告をしたかっただけだ。

 すなわち、“敵対するなら容赦はしない。楽な相手と侮るなよ?”という事である。


 手札と言うのは、隠しておくことで効果を発揮することもある。

 しかし、見せて相手にプレッシャーをかける事もできる。もしかしたら――そのように考えさせるのも、立派な交渉術(・・・)だ。殊更、弱者としていいように使われる側に回る気はないという宣言ともいえる。

 どこまで手札を見せるか、判断の難しいところでもある。マキとしては隠しておきたい事の本命ともいえる精霊魔法などと、その隠れ蓑である顕現魔法に精霊魔法を応用技術したについては積極的に隠し通すつもりでいる。『軍勢顕現』は応用ではなく発展形として隠すつもりはないようだが。


 マキから解放された監視者は腰を抜かしてへたり込み、その後、味わった恐怖を上司であるメルクリウスに伝えることになる。





 翌日の朝、太陽も昇らぬうちからマキとウォルターは【コルテスカ地下宮殿】にやってきた。ダンジョンの守衛は二四時間体制で入口を守っているのでこの時間でも当たり前のように対応してくれた。他の討伐者が来る時間を避ける者と言うのは珍しい話ではなく、中には「どうせ地下なのだから」と夜間に入ろうとする者がいるのが実情だ。マキたちだけがダメだと言われる道理はなかった。


「網が張られている前提で、寄り道をしながら行きますわよ」

「最後、休憩場の跡地で捕捉されると思うよ?」

「ああ。あそこを通らずとも宮殿に入る方法はありますわよ。問題ありませんわ」


 人目を忍んでダンジョンに潜ったマキたち。

 今回の行動方針についてマキから「監視を撒きますわよ」と言われていたウォルターは、当然の疑問を口にした。

 だが、もちろんその程度の事をマキが考えていないわけではない。当然のように対応策を考えていた。


 メルクリウスらと同様、マキも“女神の使徒”の侵入経路を気にしていた。そしてその侵入ルートを調べ上げていたのである。これに気が付いたのもマキが彼らと同じく精霊魔法の使い手だからで、ごく一部が精霊魔法で対処すれば侵入経路として使える場所だと気が付いたのだ。

 その場所は宮殿外壁の通路で、下手に力を掛ければ周囲を巻き込み崩落する恐れがある小さな子供が通るのでやっとの場所だ。穴は20mもあり少なくとも人間が通れる場所とは考えられなかった。当然、討伐者の集団が多くの荷物を抱えて通れるような場所ではない。

 だが、精霊魔法で周囲を固定し、穴を一時的に広げれば何とかなる。マキが見つけたのは、一度広げた穴を元に戻した痕跡であった。崩落しやすいように絶妙なバランスで組み上げるには人力では不可能なのだ。それこそが“女神の使徒”が関わった証拠と言える。


 マキはそこからなら中ボスのいる場所すら無視して宮殿部分に侵入できると説明する。

 二人は戦闘を極力避け、ダンジョンを駆け抜けていった。

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