一騎打ちのあとで
マキの演武により毒気と言うか、牙を抜かれた形の騎士団はウォルターたちをどうにかしようという気力を奪われていた。
フリードも例外ではなく、マキの『武装法典』への対策などを考えるも、何も思い浮かばない状態である。近接戦闘は論外で、弓やモンスターの魔法による遠距離攻撃も通用するか微妙なところである。最後に剣を槍に切り替えたことと『武装法典』の名から、防具方面への形状変化を推測できたからだ。
ただ、ウォルターは(見えない追跡者かな? 武器を持たせるアレンジ? 『軍勢顕現』の派生か何かだよね)と理解の範囲であったため、そこまで驚いていなかったが。
フリードはマキたちを公爵邸に留めておきたかったが、それを切りだせる精神状態ではなかった。「そろそろお暇しますわ」と言われ、それを見送る事しかできなかった。
マキたちを見送り、ようやく人心地ついたフリードはメルクリウスに事の次第を報告していた。
「――という訳です。騎士団をぶつけても、おそらく勝てません。今回わざと見せた切り札以上の“何か”を隠していると考えて間違いないでしょう」
「はぁ。無駄に傷口を広げず、助かったと見るべきだよね。良くやったよ、フリード」
「はっ! ありがとうございます、兄様」
フリードは報告を終えると部屋を出て行く。
残されたメルクリウスは、手持ちの情報をまとめることにした。
(マキと言う女は“女神の使徒”と無関係。弟子であるウォルターも同様。証拠が無いのが痛いよ。
マキたちはこちらの指示で動くと言っている。戦力と言うより、捨て駒に近い扱いで対応を見るか……状況によるな。騎士団で対処できなくてもマキとやらでどうにかできる公算があるかもしれない。相手の意見を聞きつつ、上手く処理させるのが正解か、な?
あとは今日捕まえた敵の連絡員から確実に情報を引き出す為に手を打つか? いや、その前にマキに会わせて本当に無関係か確認すべきだろうか?
そうだ、彼らをフリードと一緒に行動させるべきかどうかを決めないとな。リスクはあるけど、やらせた方がいいよね。とにかく今は情報が欲しいかな)
考えを軽くまとめ終えたメルクリウスは今後のスケジュールに情報を反映させ、小さくつぶやく。
「あとはアレが上手くいけばいいけど……」
ウォルターは一騎討ちで負けたペナルティとして、フリードの配下のような立場となった。言い出したのがマキであるため、ウォルターは不満を抱えながらもそれを言い出すことはできない。
それなりに付き合いの長いマキには、ウォルターの不満を察することができる。が、自分からそれを口にするのはウォルターの矜持に傷をつけるのではないかと考え、口を開かずにいる。
そうして帰る間、しばらくの間沈黙が二人の間に訪れる。
その静寂を破ったのは、ウォルターの方だった。
「そう言えば、マキ。最後に使っていたのって、『軍勢顕現』だよね? あれって――」
「それの説明は少し待ちなさい、ウォル。尾行が付いていますわ」
マキはそう言ってウォルターに寄り添い、手を繋ぐ。
マキの感知能力は自分たちに意識を向けながら後を追う人間数人を捉えていた。その何れもが公爵邸を出てすぐであること、多少普段と歩く道を変えても付いてくること、何より自分たちに隠してはいたが視線を向けていることから、公爵家もしくはテロリストの監視であると分かっていた。“女神の使徒”側の人間が混ざっている可能性が0でないのは、公爵家のいる密偵がすべて排除されたか怪しんでいるからである。
当然、行動が監視されるとともに、会話が聞かれている可能性をマキは考慮する。追跡者に読唇術を使えるかもしれない者がいる可能性も考え、「宿に戻ってからですわ」と小さな声で耳打ちする。マキの行動に一瞬顔を赤くしたウォルターであるが、その意味を理解すると露骨に話題を切り替えた。
「明日はまたダンジョンに潜るの?」
「そうですわね、お金を稼がねばなりませんし。それに一度はランク4ダンジョンのボスを経験しておくべきでしょうね」
いきなりの話題ではあるが、追跡者の事を考えると、とてもいい話題を選んだとマキはそれに乗ってみせる。
明日の予定を聞かせることで、相手の行動を制限するのだ。ダンジョンのボスを討伐しに行くとなれば道中で網を張ろうとする者が出てくるだろう。案の定、追跡者のうち数人は姿を消した。雇い主に報告を行い、少しでも早く人を動かす為だろう。あまりの分かりやすさにマキは内心で苦笑する。
「ふふふ。訓練も兼ねて、“また”ウォル一人で戦ってもらいますわ。巨大ミミズや迷宮鰐はもう大丈夫でしょうけど骨兵士や骨魔術師相手はどうなる事やら、ですわ。それに死霊は体が無い分、厄介ですわよ?」
「……頑張るよ」
「ええ。期待していますわ」
「いろいろ準備しておくよ。破魔札はもうかってあるし、あとは宿で荷物の確認かな?」
「そうですわね。特に買い足しておく必要もありませんし、今日は荷物の整理をしたらゆっくり休むとしましょう」
マキとウォルターの二人は笑いあう。
ウォルターはマキの意図をなんとなく察している。マキほどではないが、追跡者たちの行動を多少なりとも把握できていたからだ。
2人は宿に戻り、外に声が漏れないようにしてから状況の整理と明日の準備を行った。




