演武
フリードの言葉に、ウォルターの目が大きく見開く。隠し事が苦手な性分が災いし、言葉にせずとも「禁じ手あり」がバレてしまう。その様子を見てマキは呆れたように頭に手をかけた。
「対人戦で『殺し技』を使う訳にはいかない。そのように理解していただきたいですわね」
こうなってしまうと否定するのは難しい。マキは話を逸らしつつ、理解を求めるように交渉することにした。これ以上ウォルターに喋らせるのは危険だからだ。
「フリード様とて使っていない技があるでしょう? 少なくとも、巨大ミミズを剣一本で倒すことは出来ない筈ですわ」
「僕は追い返しているだけだ」
巨大ミミズのようなランク4モンスターの厄介さは、倒しきるのが難しいことにある。モンスターと言っても死ぬまで戦う訳はなく、ある程度の怪我をすればすぐさま逃げる。特に巨大ミミズは地中に逃げるので、逃げ出す前に倒しきる必要がある。
そうなると刃渡りが60㎝程度の剣を使うフリードが直径2mもの巨大ミミズに致命傷を与えることは、不可能と言っていい。
マキはそれを指摘したが「そもそも倒していない」とフリードは話題逸らしを封殺する。
「ダンジョンを攻略するだけなら、最後のボスだけ倒せればいい。他を倒す必要なんてないだろう? 荷物だってあるし、素材集めなんて馬鹿のする事だろうが」
フリードはマキに自分の考えを披露することでこれ以上の誤魔化しが出来ないようにしつつ、先ほどの続きを強要する。
「で。これまでのマキの行動と態度を見ればダンジョンで戦っているのはウォルターの方だな? 戦闘経験を積ませ、育成中といったところだ。何より、マキの手にも疑問が残る。
回りくどいのは好かないから率直に問おう。二人は、“女神の使徒”の関係者か?」
フリードの顔は、これまで見せたどれとも違う。能面のように感情が抜け落ち、目だけは激しい憎悪を写している。
“女神の使徒”がどうやってダンジョンに侵入したかも分かっておらず、それはマキの方にも同じことが言える。ならばマキと“女神の使徒”がダンジョンに侵入した方法が同じである可能性が高く、それは二人が“女神の使徒”の関係者であることを意味する。
もちろん、情報提供をしたことから敵である可能性は低いと考えられている。だが組織というのは大きくなるほど内部分裂の可能性を孕み、マキたちが大崩壊を引き起こした連中とは別の派閥であるとすれば説明が付く。フリードやメルクリウスはその可能性を危惧していた。なにせ、それが本当なら自分たちは敵対派閥を潰すために利用されているだけで、根本的な解決を望めなくなるからだ。
フリードの問いかけに対し、ウォルターは何を言われているか理解できず、呆けた顔をする。
マキの方はというと、「ああ、その可能性がありましたわね」と、自分たちの立場を説明するための言葉を選ぶため、困り顔をして見せていた。
フリードはウォルターの表情から無関係ではないかと当たりを付けるが、マキの方は油断できないとばかりに緊張を解かない。フリードはマキに比べ実力では数段劣ると自覚しているが、それが騎士団一つを相手にできるとまでは思っていない。魔素だまりの部屋で大量虐殺を行った事を知っていても、不意打ちと正面対決では勝手が違うから何とかなるだろうと楽観している部分がある。これは高ランクダンジョンを数の力で攻略する騎士の力を信頼しているからでもあるが。
「ワタシ達は“女神の使徒”とは無関係ですわ。少々厄介な事情から勘違いされかねないと言ったところですので、手札を隠したまでですわ」
「証明する手段は?」
「ありませんわ」
とりあえず、詳しくは説明しないが「関係者ではない」と宣言するマキ。
その言葉を疑ってみせるフリードだが、「関係者でないことを証明できない」ときっぱりと言い切ったマキの様子を見て緊張を解いた。ひらひらと手を振り、「もういい」と周囲に潜んでいた騎士たちへ解散を命じる。
潜んでいた騎士たちは訓練場に姿を見せ、フリードの周囲に集まる。一様にマキを警戒しているが、ただ警戒しているだけ。敵意を見せたりするほどではない。
「証明する手段がない」というのは「証明する手段を用意しろ」という事でもある。自分たちの言葉を信じない人間には何を言っても無駄なことで、だったら「自分で納得できる条件を用意しろ」とマキは切り返したわけである。
そして証明手段を考え付くことはフリードには無理で、メルクリウスに任せることになる。そこまで条件を詰めておけなかったフリードとメルクリウスにはこれ以上打つ手が無く、未来において重要な戦力になるかもしれない相手に必要以上に無体を強いるわけにもいかなかった。多少の監視を付けつつ、自由にさせることを選んだわけである。
と言うより。先に「証明手段」について話し合わなかった段階でメルクリウスが二人を密偵と認定していたのだが、フリードにそのことを説明していなかったというのが本当のところだ。
復讐に燃えるフリードが懐柔されるとは思っておらず、フリードを失うことになるだろうが相手の大駒を削っておこうと考えていた。少しでも有利な戦場で戦えるように、この訓練場には色々と仕込みもしてあったのだが。兄の意図とは違うが、誰にとっても運のいいことにそれらはすべて無駄になった。
最後に、マキはフォローをすることにした。
「このままでは収まりがつかない事もあると思います。ですから、ワタシの“切り札”を一つお見せしますわ」
そう言って、マキは一冊の魔封本を取りだす。
「巨大鼠10体を一度に呼び出すウォルの使った特殊顕現魔法。魔封札ではなく、ワタシの主が魔封本と名付けた媒体を使うやり方ですわ。細かい説明は後にするとして、演武の形でお見せしますわね。
顕現せよ、武装法典」
マキの言葉に従い、足元の魔法陣から一振りの剣が現れた。装飾も何もない、無骨で簡素な造りの剣。柄を含めて長さは約1m。その剣は地面に刺さったような状態で固定されている。
マキは無造作にその剣を片手で掴むと、天に掲げるように構えた。その手に握られる剣が一瞬輝いたかと思うと、マキの周辺に同じデザインの剣が大量に現れる。その数は100を数えた。それも、マキが掲げている剣と同じように刃を上にし、宙に浮いて落ちてこない。
マキが剣を振り下ろす。すると、周囲の剣も同じように振り下ろされた。次に横に構えて、左から右への薙ぎ払い。当然のように周囲の剣も同じように動く。
払い、突き、薙ぎ、振り下ろす。マキの動作と周囲の剣の動きは連動しており、たった一人であるというのに軍隊が訓練で剣を振るっているようにも見える。
最後、弓を引くかのように構え、踏み込み、必殺の勢いで突きを繰り出す。繰り出されたその一撃、マキが手にしていた武器は短槍。周囲の武器も同じように形を変えており、見ていた者は「いつの間に」と声も出ない。
「武器戦闘は苦手ですので、お見苦しいものをお見せしました。申し訳ありません」
演武を終えたマキはフリードや周囲の騎士たちに頭を下げる。一見10代半ばの美少女にしか見えないマキ。だが騎士たちのマキを見る目が恐怖を宿していたのは仕方のない事だっただろう。
この場にいる誰もがマキに敵うと思っていなかった。




