表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/208

一騎打ち

 フリードとの一騎打ちは、その日のうちに実現した。

 一つの捕り物が終わり、待機状態になったフリードは行動の自由が利く。また、剣士であるフリードは元々訓練用の場所を確保している。時間と場所の面で問題は無く、後は本人のやる気次第であった。



 フリードとウォルターは双方軽装でこれに臨んでいる。

 鎧の類は身に付けず、武器は木剣一本のみ。剣を渡されたところでウォルターには使えないのだが、勝利条件のためにわざわざ持たされているという状態だ。防具に鎧を用いず運動しやすい服だけで済ませているのは、小柄なウォルターの体格に合う鎧が手元になかったので条件を合わせるためにふくだけになったという運びである。



「相手の武器を弾き飛ばす、「参った」と言わせる、体に対し一撃命中させる。このいずれかを行った方の勝ちですわ。

 反則はありませんわ。互いに持てる手段を全て使うことを許しますので、後で言い訳も許しません。

 存分に戦いなさい!」

「「了解」」

「では、始めですわ!!」


 試合形式(レギュレーション)は難しい事を考えなくてもいいようにと分かりやすくしている。マキの言う「持てる手段を全て――」というのは、ウォルターの≪軍勢顕現≫も含む。見せる事を前提として訓練してきたので、この場でお披露目してもいいと言われているのだ。

 もっとも、使い物にならないのでウォルターとしては使う気など無いのであるが。



(気が乗らないよ……)


 ウォルターのテンションは低い。

 この勝負をするメリットがウォルターには無く、特にご褒美の約束などしてもらっていない。勝っても得る物が無いというのは、やる気を失う理由として珍しいものではない。たとえ負ければペナルティーが科せられると知っていても、それでやる気が出るわけではない。より気分が落ち込むだけだ。

 それでもいざ戦闘開始となれば意識のスイッチが入るようで、マキの合図に合わせて初手を打つ。


「顕現せよ! ≪巨大鼠≫!!」


 ウォルターはまず壁役を作る。フリードとの間に4体を横一列に並べ、更に自分の左右に2体追加する。

 相手が凄腕の剣士であれば近寄らせないことが肝要だ。≪身体強化≫の魔法を施してすぐに潰されないようにと用心し、自身は≪感覚強化≫で動きを見逃さないようにフリードを注視する。



 対するフリードは、ウォルターの取った「型通りの対策(セオリー)」にやや気を抜いてしまう。こんなものなのか、と。

 目の前にいる巨大鼠は通常の物よりも何故か強そうに見えるが、ランク8ダンジョンで戦う事も出来るフリードにしてみれば物足りない相手だ。巨大鼠は特殊な能力を持たない雑魚でしかないので、どうにでもなってしまう。

 とは言え、フリードが油断するという事は無い。このままなら目を閉じていても勝てるという事実(・・)を理解していても、だ。

 ただ、マキから「ウォルターの心が折れるような勝ち方をしてほしい」とリクエストされている。だからフリードは右手に剣を持ったまま、無造作に歩み寄る事を選んだ。



 自分の所へと歩き出したフリードを見て、ウォルターはすぐさま迎撃を行う。

 巨大鼠達の隊列を真っ直ぐな横一列から、フリードを中心に弧を描くような形に変えて包囲する。

 そして巨大鼠達がフリードの剣の間合いに入る前、足元の土を全力で蹴り上げさせた。


 土ぼこりが舞い、フリードの視界が覆われる。前が完全に見えなくなるほどではないが、それでもフリードの視界が悪化したのは確かだ。ウォルターはここぞとばかりに巨大鼠6体全てに同時攻撃の命令を下す。



 通常、前方に限定されるとはいえ複数の攻撃を同時に処理するのは難しい。巨大鼠達はその体躯がぶつかり合わないように高さも含めてばらけており、一回の攻撃で3体以上同時に攻撃できないような位置取りをしている。もし無理にまとめて薙ぎ払おうとしても、大ぶりな攻撃は隙ができやすいものだ。これが決定打になるとはウォルターも考えていなかったが、自分が攻撃に加わるための隙一つぐらいならできると考えていた。


 だが、フリードは剣の天才であり、格上との戦いにも慣れた歴戦の勇士である。


 フリードは攻撃が来たと感じた瞬間、素早く前に出た。

 フリードが前に出た分、攻撃にはタイムラグが生じる。そのほんの少しの隙間を縫うように剣を3回振るう。一振りにつき2体。巨大鼠は致命傷を負い、消えていく。

 木でできた武器を使おうが、フリードにしてみれば関係ない。ダメージを出せるというだけで充分であった。


 フリードがあっさり巨大鼠を駆逐したことで、ウォルターは自分が攻撃に加わらなかったことに安堵すると同時に、これが絶望的な戦いであることを理解した。

 強化したはずの巨大鼠ですら隙を作るどころか時間を稼ぐ事すら出来ない。ウォルター本人が攻撃に混ざれば、その瞬間に負けが確定するのは確定した未来である。思わずウォルターはマキの方を見るが、マキは素知らぬ顔で審判をしている。半泣きになりながらも、バックステップでフリードと距離を取った。


 フリードは変わらずゆっくりウォルターへと近づいていく。

 ウォルターは再び巨大鼠を用意しようとするが、そこで勝利条件を考え違いしていたことに気が付く。


(武器をどうにかすれば勝ち、だったよね?)


「≪軍勢顕現(レギオンコール)≫!!」


 今度は、軍勢顕現で巨大鼠を30ほど呼び出す。これが今のウォルターにコントロールできる限界だ。実際に行動させることができるのは、1部隊分の10が上限だが。

 慣れ始めてはいたが全身にフィードバックへの不快感が巡る。思わず吐きそうになるが、それをどうにか堪えた。次にウォルターは≪身体強化≫といった汎用性の高い強化ではなく、≪防御力上昇≫というピンポイントな強化を巨大鼠達に施す。


(武器破壊。何度も攻撃させればそのうち壊れるハズ!!)


 直接戦闘でフリード本人にダメージを与えるのは不可能だとウォルターは割り切った。しかし、この一騎打ちは相手を倒す事だけが勝利ではない。武器を弾き飛ばしても勝利であり、それを強弁するためには木剣を折らねばならないとウォルターは考えた。幸いにも魔力の方はまだ6セット60体は呼び出せる程度の余裕はある。やれるだけやって、それから諦めればいいと心に活を入れた。


 あとは無理な攻撃を誘発するため、多方面からの同時攻撃をするだけである。巨大鼠達に体当たりをするよう、命令を下した。

 が、それでもフリードには届かない。

 フリードは上手く攻撃を回避して無理に攻撃しようとはせず、少ない力で確実に数を削る構えを見せた。そして歩み寄る事はしてもウォルター本人を狙おうとせず、あえて巨大鼠の方に意識を向けている。一度に10体しか挑んでこない事に訝しみつつも、それを表に出すことなく戦う。


 フリードはウォルターの全力を叩き潰すことを選んだ。

 やりたいようにやらせ、その上を行けばマキのリクエストに応えられると思ったからだ。

 だから、巨大鼠を潰して回る。淡々と、作業のように。



 ウォルターの魔力が尽き、ギブアップしたのはそれから10分後の事だった。





「勝ち目が無かった……」

「いや、ウォルター君の策を潰すか、あえてやらせたうえで全部受け止めて潰すか、どっちがいいかギリギリまで悩んだよ。今回はやらせる方を選んだんだ。

 でも、あの数を用意できるのは凄かったね。」


 目に見えて落ち込むウォルターに、苦笑しながらフォローにならないフォローをしようとするフリード。

 そして、フリードはウォルターに気になっていた事を聞くことにした。


「で、巨大鼠しか使わなかった理由は?

 もし手札があれしかないならランク4ダンジョンに挑んでもモンスターを討伐できないよな。意図して隠したのか、一騎打ちでは使い難かったのか。良く強化してあったが、あれでは迎撃もままならないだろ?

 まぁ、こんなところで巨大ミミズを呼び出されても困ったけど、他に呼べるのが無ければランク4ダンジョンで戦力になるのは難しいぞ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ