マキの情報提供
フリードが用意した私室は公爵家の者の部屋としては殺風景と言えるが、一般的には十分に豪華な部屋である。
20m四方の広い部屋の中央に大きなテーブルと柔らかなソファ。壁には大きな風景画が飾られており、窓には採光用に透明なガラスが使われている。ガラスは透明な物ほど値段が高く、窓に使えるのはごく一部の富裕階級のみである。
「では、まずそちらの話を聞かせてくれ」
フリードとマキ、ウォルターは向かい合うように座る。
フリードの表情は険しく、ここ最近の情報収集でロクな成果を出せない疲れがにじみ出ている。常に下々に対し余裕を見せねばならない貴族としては失格であるが、ここ最近の激動ともいえる状況を考えれば彼を責めるのは酷だろう。
そしてマキはそんなフリードが相手でも微笑みを忘れず、余裕を持って対峙していた。
「まず、推測の肯定からですわね。フリード様が考えるとおり、あの場で“女神の使徒”を殲滅したのはワタシですわ。
次に情報。彼らを潰す前に会話を盗み聞きしてましたが、彼らが魔素だまりに細工を仕掛けて大崩壊を起こしたと自供していますわ。そして公爵家内部から情報を入手できる密偵を抱え込んでいると思われる発言もありましたわね。フリード様とウォルが向かっている事も知っていましたわ。
これは推測になりますが、あの場にいた戦力はフリード様を害する目的で集められたと見るべきでしょうね」
スラスラと手持ちの情報を開示するマキ。
マキが口にした情報のうち、重要なのは「公爵家内部に密偵がいる」という部分だ。他は状況から推測できるし大した価値はないが、この一点だけを聞けただけでフリードには大きな意味があった。というのも捕えた捕虜たちは何も語らず、何ら情報を得る事が出来ていないからだ。であれば新たな情報源が欲しいところだが、そのアテが無かった。そこに「公爵家から情報を引き出せる敵」という新たな捕獲対象の情報。その価値はとても大きい。
あの日フリードとウォルターの二人だけが魔素だまりの部屋に来ることを知ることができた人物。それも先行した敵が知っていたとなればフリードたちの準備段階で知っていなければおかしい。そうなると知っているはずの人間を絞り込むのは容易であり。
「僕らの行動を事前に知っていた?」
「そのようですわね。少なくとも、数時間は前にいた彼らが知っていたという事は」
「……僕がウォルターを連れ出すと決めた時。それを兄上に報告してからそんなに時間は経っていないはずだ。あの時使った伝令と、兄上の周りにいた連中。妖しいのはそれぐらいだ。その中でも抜け出し、情報を外に伝えるために動いた者に絞り込めば、あるいは」
「ええ、敵のチランでの活動拠点や規模、他にも情報が期待できますわ」
そしてその密偵の情報を基にフリードを害する計画を立て、あの数が動いたのだとすれば。その密偵を捕まえ情報を引き出せれば、少なくともチランにいる敵は壊滅できるかもしれない。
「情報提供感謝する! すまないがしばらくこの部屋で待っていてくれ。僕は兄上に報告してくる!!」
フリードは立ち上がり、マキたちの返事を待たず足早に部屋を出る。
残された二人には入れ替わりで入ってきた侍女が紅茶とケーキのセットを出し、“おもてなし”の準備を始めた。
話を聞いたメルクリウスの動きは早かった。1時間も経たぬうちに密偵の割り出しが行われ、確保されたのだ。
密偵も精霊魔法を使う難敵ではあったが、そこはフリードが矢面に立ち戦う事で一蹴。そもそも精霊魔法を使えるだけでは高ランクモンスターと同じ程度という事。対策は難しくなかった。
そこから情報が引き出せるかは尋問官の腕次第だが、状況の進展がみられたのは確かである。
「すまない、遅くなったが密偵の確保に成功した。君たちの情報のおかげだ!」
「それはよう御座いましたわ」
報告だけでなく捕り物まですることになった為に2時間と長く待たせることになったが、フリードは二人を置いていった部屋に向かう。
待ち時間が暇だったのだろう、ウォルターは眠っている。そのため、マキ1人が立ってフリードを出迎えた。
「いや、本当にすまない。兄上が該当する者をすぐに特定してくれたからね。そのまま捕り物になったんだよ。だがおかげで敵を捕まえる事が出来た。本当に感謝している」
「お役にたてたのでしたら光栄ですわ」
フリードは何度も待たせたことを謝り、マキは出せた結果に心から微笑んだ。
そう、結果が出るほどの情報を提供できたことにマキは微笑む。
それはつまり――
「では、報酬の話をしようか」
望んだ結果が得られると期待できるからだ。
これで何の役にも立たない情報であれば無報酬もあり得たが、価値のある情報を提供できたことで相手の譲歩を引き出すことが期待できるというものだ。
先に報酬の話をした場合、情報が既出であれば恥をかくところであり、最悪、明かしたくない手札を何枚か晒すことも検討せねばならなかった。そのためあえて報酬の話を後にしたのだが、今回は上手くいったようである。
「こちらからの要求は二点ですわ。
まず、ウォルと一騎打ちをして、徹底的に心を折って欲しいんですの。ワタシはウォルの中で例外扱いのようで、勝っても心を折るほどの敗北感を与えることができないのですわ。
もう一点は、ワタシたちと組んでダンジョンに潜って欲しいんですの。出来るだけ多くの戦い方を見せたいのですけど、他に伝手が無くて。まだまだ未熟な子ですから足手纏いになりかねませんが、使ってやってほしいのですわ」
ウォルターが寝ているのはマキがそうするように誘導したからだ。寝ている間に全て決めてしまおうという訳である。あまり細かいところまで話を聞かせたくないというのもある。
ちょっとした八百長を仕掛ける気でいるのだ、マキは。
「ふぅん。ああ、いや。どっちも構わないんだけどね。この間会ったときはどこかのギルドに所属するつもりはなさそうだったけど。どうしたのかな、急に意見を変えたのは?」
「情勢を顧みただけ……ではなく、ウォルには社会勉強が必要みたいだからですわ。お恥ずかしながら、その事に気が付いたのがつい最近なのですわ」
フリードにしてみれば情報提供の有無に関わらず受け入れていい話であった。そのため、どんな裏があるのかとつい疑ってしまう。
マキは微笑みを苦笑に変えてそれに答える。すでに3ヶ月以上ウォルターと一緒にいるが、そんなことに今頃気が付いたというのは彼女の中ではとても恥ずかしい事だからだ。
そんなマキの心情を読み取り、フリードは裏など無さそうであると判断する。
「では、その話、二つとも受けさせてもらおう」
こうしてフリードとウォルターの一騎打ちは実現するのであった。




