種の恭順
「必要ないと思うけど……」
「討伐者は体が資本ですわよ。年を取ってからどうするつもりですの?」
「≪再生≫が使えれば、食べるのには困らないと思うんだ」
「……国に追われることを忘れてますわね。秘密裡に治療行為を行おうと、隠しきれるわけではありませんわよ」
「じゃあ、老後に不安が無くなるまでお金を貯めるとか。節約して生きていくのは得意だよ」
「根本的に、解決する気がありませんわね……」
「うん」
「「うん」じゃありませんわ!!」
他人と関わらせて生きる。
それを基本方針に据えようとするマキだが、ウォルターは意外とこれに反対した。
もともと独りで生きていかざるを得ない状況にあったウォルターにしてみれば、マキ以外の他人はいつ裏切るか分からない潜在的な敵ともいえる存在だ。信用するつもりは無いし、深く関わるなど論外だ。
人助けを好みはするが、それは互いが対等であることを示すパフォーマンスに近く、言うなればウォルターは自身を一つの国と対等な存在と位置づけていた。対等であるからこそ相手の領土内では相手のルールを守るし、協力もする。しかし決して自分は染まることなく相手と「違う」事を主張する。年単位で国に所属せず、野で生きてきた人間の矜持であった。
(野生動物の“王”ですわね、この子は)
マキは幾度かの問答の末、ウォルターの個性を野生動物と評価した。
長年にわたり一般的な社会生活をしていなかったことが災いし、独自の文化圏を持つ個人というよりも、人里の近くに生きる野生動物の方が近しい精神性に見えたのだ。これは僅かな社会生活が悪意に満ちた物だったことも少なからず関係しているだろうと、マキは内心でウーツの町の人間に呪詛の声を上げる。
では自分がどうして認められているかというと、それは一定の力を示したことが理由ではないかとマキは推測する。
(要するに、この国はウォルに“舐められている”訳ですわ)
国に対する帰属意識とは「国民であることの安心感」を土台とする。普通の人は町の外で生きていけないので、国に所属し家を持ち、そこで生きていくことに安心感を抱くのだ。
だがウォルターは帝国から一切の庇護を受けずに育ったため、国に所属する理由を持たなくなっている。国が滅びようと町で生きていけなくなろうと「じゃあまた町の外で暮らせばいい」で済むため、所属しなければいけない理由が無い。多少のメリットはあるだろうが、それが絶対的な理由にならないのだ。
あとは個人レベルで“絶対にかなわない”か“尊敬できる”と思える人間でもいればいいのだが、今までそういった人間には出会わなかったようだ。いや、出会ってはいてもそのすごさを実感できる場面が無かったというべきだろう。例えばバグズのような農作業のプロフェッショナルやクーラのような商売人などの“畑違い”の相手では、どこがどう凄いのか理解できなかったようだ。
「では、こうしましょう。これからフリードと一騎打ちをしてもらいますわ。条件はウォルがやや有利になる様に距離をある程度取って、顕現魔法は事前に使って。もし勝てたら現状維持で構いませんわ。でも、負けたらフリードの所で下働きですわよ」
「フリード様、公爵家の人だよ? そう簡単に一騎打ちとかできないと思うけど?」
「では、実現するならこの勝負、受けて貰えますわよね?」
「え、いいけど?」
「決まりですわ。さっそく動きますわよ」
であれば、討伐者と同系統の上位者をぶつけて尊敬できる人間がいる事を教えるしかない。マキの知る範囲でウォルターと正面から戦って勝てそうな相手というと、最初にフリードが思い浮かんだので使わせてもらう事にする。
もちろんフリードは多忙だろうが、使い勝手の良い駒が二つ手に入るなら、一騎打ちぐらいやってもらえるだろうという目算がマキにはある。ウォルターが負ける前提であるが、マキの感覚が鈍っていなければ、ウォルターには万に一つの勝ち目も無い。イカサマなどする必要のない勝負である。
だというのに、他人の強さを見た目や仕草からなんとなく感じ取るというスキルを持たないウォルターは、「フリード様、ダンジョンにいるんじゃないのかな?」などと首を傾げていた。
マキたちはフリードとは公爵邸の前で偶然出会うことができた。
手勢を持たないフリードであるが、行きつけの酒場をはじめ情報の集まる場所に顔が利く。そういった人の集まる場所を巡っては集まった情報を兄たちに提供し“女神の使徒”の探索を行っていた。
「久しぶり。今は時間無いからさ、また今度ね」
ここでマキたちに合うとは予想外だったフリードは、笑顔を浮かべる余裕も無く軽く挨拶して別れようとした。時間さえあれば交渉をして仲間に引き込みたいところであったが、次兄の策で身動きが取れず、何より時間惜しさに対応は適当になってしまっていた。
「利益のある提案をしに来ましたわ。手駒と情報、欲しくありませんか?」
マキもその程度の状況は予測済み。
戦力として運用することが正しいフリードであるが、問題となる敵がどこにいるかもわからない現状では情報収集に回されている可能性が高いと予測しての行動である。ダンジョンの魔素だまりを警護するには突出した個人より連携の取れたチームの方が重宝がられるのだ。それに公爵邸という襲われる可能性が高い場所への警備と浮動戦力としての期待もある。
そして慣れない情報収集に回されているからこそ余裕をなくしていることも織り込み済み。よってマキは相手にとって無視できない言葉を端的にぶつける。これがメルクリウスのような交渉に強い相手であればもっと言い回しを回りくどくするのだが、フリード相手であればこれぐらいストレートな方が良いという判断だ。
案の定、二人を意識の外にして歩み去ろうとしたフリードの足は止まった。
フリードは振り返り、マキの目をじっと見つめる。一切の虚偽を許さない、威圧するような目で。
「冗談、じゃないよな?」
「勿論ですわ、フリード様。それに、私が情報を持っている理由に気が付いているのでしょう?」
相手が喰らいついたことを確信したマキは、涼しげな微笑みを持って威圧を受け流す。
ついでに大崩壊の時、魔素だまりの部屋へ踏み込んだときにフリードが予測したことを言葉の裏で肯定する。人目に付く往来ではあまり直接的な言葉をつかえないので、この暗喩は「場所を変えろ」という意味でもある。
「分かった。僕の部屋で話の続きを聞こう」
マキの言いたいことを理解するまで一瞬だけ迷ったフリードだが、すぐに言葉の意味を飲み込んでマキたちを公爵邸に連れ込んだ。
ウォルターは「え? このままだと本当に戦う事に?」と、この展開を意外とばかりに驚いていた。




