方針転換
宿に戻ってから、マキはウォルターの考えを根掘り葉掘り聞き出していた。行動を共にする以上、互いの意思疎通を円滑に行うべきだからである。
ここ数日の出来事をメインに、基本的な行動方針を決める為だ。
状況が大きく変わったように感じるマキは、ここで行動方針の調整をすべきと判断したのである。
ウォルターは少し混乱していた。
マキの考えが分からないからだ。
チランを襲った未曽有の危機。大崩壊を引き起こせるというテロリストとその襲撃による公爵の死。
確かに世間では関心度の高い一大事であるが、かといってウォルターにしてみれば何が変わるという話でも無い。
通常、統治者の死というのはそれを契機に大幅な政策見直しが入ったりする大事件である。それは税制であったり公共事業の見直しであったり、討伐者にしてみれば関係ないとは言えないダンジョンの運営方針であったり。無視できない話というのは分かる。
しかし、ウォルターはそういった事を経験したことが無く、想像しようにも何をどう考えれば分からないという事情があった。
マキは製作者であるアルヴィースより大量の情報を与えられており、どのように変化するとかどのような事が起きうるとか、情報を多量に抱えている。市政の者であれば親子代々続く家がほとんどだ、公爵の交代というイベントで起きた変化を身をもって知っている者がほとんどである。直接知らずとも、親から何が起きるか聞いている子供だって多い。それ故、彼らにとってそれらは想像の範疇となる。
だが、ウォルターにしてみれば町の外で子供独りで生きてきたという境遇から、その重要性が理解できない。親が存命であった時に言い聞かされた話にあったかもしれないが、5年も経てば忘れてしまった事がほとんどである。
それに「自分は明日死ぬかも、殺されるかも」などと考えながら生きている人間など、ほとんどいない。こういった不幸が形を成さない不安として圧し掛かることはあっても、それでも自分を例外としてしまうほど楽観的な生き物なのだ。人間というのは。そんな一般市民に対し「守りたい」と思うほどの感情を抱くほどの余裕はウォルターに無い。
よって、マキがなぜ平常通りでいられるか不思議がるかが分からない。ウォルターにしてみれば、誰もが“まだ”普通に生きているように見えるのだから。
マキとの話し合いでそれら考えを訥々と語るウォルター。
マキがウォルターに対して不安を抱くように、ウォルターもまたマキに対し不安を抱く。マキがウォルターに「何をするか分からない」といった不安を持つように、ウォルターは「マキに何をされるか分からない」という不安である。
この辺り、互いの持つ情報や生き方に対する基本的な考えが大きく違う事で生じるすれ違いというものだ。マキはウォルターの考えを聞くに至り、ようやく自分と弟子のその事に気が付いた。
(ウォルターの人格の歪みは、かなり酷いですわね。本人の根っこが善良だったからまだよかったですけど、対人経験の少なさがここまで致命的と思いませんでしたわ。行動や思考が刹那的ですもの。将来の事とか、あまり意識できないようですわね)
ウォルターの生き方に対し、ようやく一つの結論を得たマキ。
アルヴィースと出会うまでのウォルターは、常にギリギリの生活をしていた。「何日間にどれだけの銀貨を稼がないと飢え死にする」という最低限の考えは持っていたが、そこから一歩二歩踏み出して「将来設計」とでもいうべきものまで考えられていない。討伐者を続けていることもそうだ、転職しようという発想に至らないから続けているだけ。結婚して子供を作り、家庭を守るといったビジョンすら危うい。
≪再生≫を覚えて自分と似た境遇の人を、というのはかろうじて将来設計に見えていたが、それも“今”の自分の中にある感情の発露であり、将来の自分を想像しての事ではなかったのだろう。
今日が明日もそのまま続くと考える大衆――いや、衆愚と称される生き方を強いられている。他ならぬ、マキの手によって。
(こうなると秘密主義の塊のような現状は失策だったを言わざる得ませんわ。他人との触れ合い、一般常識の学習こそウォルターに必要でしたのに。
ああ、最初にその事に気が付かなかったマスターもそうですけど、ワタシも愚かでしたわね。いえ、マスターは他の都市に移るように言っていたのも、これを見越しての事だったのかもしれませんわね)
アルヴィースはウォルターに人間との触れ合いが必要と分かってはいたが、その前に最低限の生存スキルと生活環境を与える事を優先した。その後の事はマキに引き継いだわけだが、そこでコミュニケーションエラーとでもいうべき引継ぎミスがあったわけだ。
腕を再生したことでウーツの町にはいられなくなった。だから人と触れ合っても構わない別の都市で生きるように願っていたわけだが、そこでも二人だけの関係に終始し、人の中で生きていこうとしないとまでは考えていなかった。マキが「いざとなったら別の都市で生きていけばいい」と考えているのにも本来の意図が現れている。
だが、一度“上”の生活を知った人間に“下”で生きろという考えは無茶振りに近い。与えた収納袋のような便利道具を廃棄とまではいわないが普段使いしないようにすれば、まだ一般人に混じりちゃんとした関係を築けるのだが。便利道具を封印しようという考えはその恩恵に与ってしまった二人には無く、結果二人きりで生きていくかのような状態が続いている。
各種魔法の事があるのでどちらにせよ団体行動には向かないのだが、それも≪再生≫を覚えるまでの通過地点であり、別に使わねばならない類の魔法でもない。その割には戦闘スタイルに精霊魔法を組み込み使いこなすようにと教えていたが、それは未知の道具を使いこなす為の訓練であり、アルヴィースに他意など無かった。
「どこかのギルドの世話になる事も、考慮に入れるべきですわね」
「え? 今更?」
マキはアルヴィースの考えをトレースし、ウォルターの現状を省みて行動方針の大幅な転換をするべきかと悩んだ。
精霊魔法の訓練などは別枠として後で考えるが、それらを隠し封じながらも他人と行動を共にする機会を増やすべきかどうか。多くの人間を触れ合う事で彼らの就く仕事への理解を持ち、自分がそういった職に就くという選択肢を持てるかどうか。ウォルターの師として人格面の矯正を早めにしなければならないという使命感を感じてしまった。
もちろん言うほど容易い話ではないが、人格は年齢を重ねるごとに矯正しにくくなる。動くなら早めに行動しなければならない。
マキは一度素気無く袖に振った相手ではあるが、公爵家の面々のうち二人を思い返し、一度上手く友人関係を構築できないか試すべきかと頭を悩ませた。




