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魔素だまりの部屋の調査

 我を失いかけたフリードであったが、彼は何とか自分を奮い立たせる。

 恐怖するのはいいが、それで我を失っては正しい道を選べなくなる。戦士としての訓練を受けた時に言われた事だ。マキへの恐怖心は深い部分に植え付けられてしまったが、だからと言って平静さを失わないよう、フリードは心を強く持つ。

 そうして心を落ち着かせたフリードは、改めて部屋の中を見渡した。


 魔素だまりの部屋は、かなり広い。

 そして集まっているはずの魔素はすでに散らされていた。つまり、大崩壊はすでに終わっているという事だ。その事実に釈然としないものを感じつつも、フリードは胸をなでおろす。

 そして部屋を埋め尽くすかのような死体のカーペットは、まだできて時間が浅いように感じられた。経っていたとしても数時間、池を作っている血が乾ききっていないことがその証拠である。空気が澱むような室内というのを差っ引いても、そんなに時間が経過しているとは思えなかった。


「この部屋を明るくしよう。僕の松明だけでは足りない。ウォルター君、準備を」


 フリードは更なる情報を求め、部屋を明るくすることにした。

 元々地下にある宮殿の一室だ。灯りが無ければ見渡すこともできない。手にした松明一本ではちゃんとした調査ができるとも思えない。後で人をよこし、調査するのは確定事項だが、だからと言ってフリードが何も調べなくてもいいという訳ではない。第一発見者として最低限の調査を行い、情報を持ち得る義務があった。


 動くことを要求されたウォルターは言われたことをこなすべく、背負っていたリュックサック上の鞄から松明とランタン、ランタン用の油を取りだす。

 部屋の壁際には灯りを設置するための台が設けられており、ウォルターは一つ一つに松明を置いていく。また、部屋の中央にランタンを置き、闇の死角を減らす。天井に括り付けた方が良いのだが、あいにくそれ用のフックなどは見当たらなかったし、梯子でもなければ天井まで手を届かせる手段が無かった。

 この灯りを用意する作業で手持ちの松明の半分以上、いやほぼ全てを使い切ったフリードは調査時間を松明が消えるまでの3時間と決め、先ずはウォルターを先に戻らせ、他の討伐者へと連絡するように指示を出す。

 魔素だまりの処理が終わったこと、謎の集団の死体があることの報告は早めの方が良い。地上への報告を早くすることで待っている者たちの不安を取り除くことと、専門の調査隊をすぐにでも編成させたいという理由がある。今は事件直後だからいいが、1日経てばそれだけ現場の状態は悪くなる。時間を無駄にすることは出来なかった。



 一人になって現場検証を行うフリードは、まず死体の奇妙さに目が行った。

 彼らは重武装であり、一般人でないことは一目で分かる。通常、金属製の装備というのは高価であり、一般人にはおいそれと手が出せるものではない。それに購入できるのは討伐者だけであり、購入した人間は全て把握できるように個人情報を記録している。装備の側にもナンバリングを施しており、個人を特定しやすくする工夫が施されている。

 だというのに、ここにある死体が身に着けている装備は一様にシリアルナンバーが消されており、追跡調査ができないようになっている。フリードは全てを見たわけではないが、5個6個と調べるうちに言いようのない不気味さを感じた。


(彼らが善良な討伐者じゃないのは確定事項だな。まったく、こういう面倒はメルクリウス兄様にこそ相応しいのに。剣術馬鹿()には荷が重いな)


 犯罪者か何かの、50名を超す集団。

 為政者側としては頭が痛いを通り越して胃が痛いレベルの話だ。放置するなど論外で、大々的に摘発をしなければいけない事案だ。

 目の前の連中が実戦部隊であるのなら、サポートを行う支援部隊がこの倍以上いるのは討伐者ギルドを見れば推測できる話である。通常の討伐者ギルドは討伐者10人に対し、商人や職人が20人以上ついて回るのが当たり前なのだから。

 闇に潜む支援者と、まだ残っている可能性が高い実戦部隊という可能性から導き出せる規模は最低でも100人以上。何よりその規模の集団に公爵家が全く気が付かなかったことを考えると、根がどこまで張られているかもわからない。

 だとすれば情報戦の段階で苦戦は必至。教育を受けているからある程度の思考ができるフリードだが、本質は剣士でしかなく役に立てる状況が整っていない。自然、顔は苦い物を噛み潰したようになる。



 しばらくの間、調べておいた方が良さそうな事をフリードは見ておく。

 最後にせめて首の一つでも持ち帰るかと、状態が良さそうな死体のそばにかがみ、その首を刎ねようとした。

 が、そこでフリードは硬直する。


「ぅ……」


 死体と思っていた物が、声を上げたのだ。


「こいつ……まだ生きてる?」


 フリードが首を刎ねようとした死体は実はまだ死体ではなく、気絶しているだけだった。

 慌てて脈を計り、呼吸の有無を確認する。死んでいない事を確認すると、ウォルターが置いて行った荷物の中からロープを取り出し、拘束してから部屋の外に放り出す。


「ははっ、冗談キツイ……」


 乾いた笑いがフリードの口から洩れる。

 生きている者がいるのであれば、それを無視して戻る事など出来ない。

 つまりフリードは、死体が散乱する部屋の中から生き残りが他にもいるかどうかを確認しなければいけない。そう、死体を掻き分けて生き残りを発掘せねばならないのだ。


「ウォルター君には戻ってくるよう言うべきだった……」


 フリードが撤退するまで討伐者たちは持ち場に残っているだろう。

 しかし、彼らに繋ぎを付けるまでに気絶している連中が目を覚ますかもしれない。そうなれば調べたら見えてくる重要な情報を隠蔽される可能性が高く、その危険は無視できない。

 もしかしたら重要な情報などここには無いかもしれないが、何の対策も打たずに帰ろうものなら、兄弟たちに何を言われ、どんな罰を受けるか分からない。


 気が付きたくなかったと心の中でぼやき、フリードは生き残りを探すべく部屋の探索を行った。

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