惨劇の跡
(偶然を装う隙間もありませんわね)
マキはウォルターと合流するのを諦めた。
というのも、下層の入口から魔素だまりまでの最短ルートほぼ全てが討伐者たちの縄張りになっているからだ。もし今合流しようというなら、下層の入口から周囲に姿を見せつつ移動する必要がある。そこまでしてはウォルターが魔素だまりにたどり着くまでに間に合わない。ならば、と影から見守ることにした。
そしてウォルターらはマキが近くにいる事に気が付く事無く、ボス部屋を通り過ぎ、魔素だまりの部屋に行こうとした。
「これは、いったい……」
「いっぱい死んでますね?」
フリードとウォルターはまず、魔素だまりの部屋に行く通路で死体を見つけた。どの死体も心臓もしくは脳みそのあるべき場所に大穴を開けており、間違いなく死んでいるのが分かった。ダンジョンで死んだ人間はモンスターのように死体が消えることはなく、その場に残る。この場で誰かが大量殺人を行った痕跡がしっかり残っていた。
「まだ新しい死体ですね。血が乾ききっていません」
「ウォルター君は落ち着いているね……。この状況下で死者が出たことに、もう少し驚いてもいいと思うんだけど」
「? この状況下だから死者が出たのでは?」
「いや、そうなんだけどね? 普通の人は死体に、他殺体にそこまで慣れていないんだよ」
死体を見つけたことで動揺するフリード。人死にに耐性はあるが、普通に考えてありえない大崩壊というこの状況下では何か関連があると思い、落ち着きを無くしている。
対してウォルターは平常運転だ。管理されているダンジョンで大崩壊が起きたことに驚きはしたものの、その重要性を認識できていないからだ。異常だと言われても、今一つ実感が無い。そして考えることを放棄しているという理由もあり、混乱するなどというのとは無縁だった。
フリードはこの死体が「大崩壊の原因側」か「大崩壊をどうにかしようとした側」か判断に迷った。
大崩壊が起きた時、魔素だまりの近くには討伐者がいなかった。本来であれば大崩壊まで猶予があり、魔素だまりに到達するメリットが無かったからだ。わざわざ何度でも復活する強敵相手に挑む理由など、一般の討伐者には無い。普段は騎士団任せだ。
だから大崩壊が発生し、逃げ遅れた連中がこの場を目指したという可能性は低い。連戦に次ぐ連戦の果てにボス討伐というのはリスクが大きく、現実的ではない。マキのような圧倒的強者ならばともかく、フリードですら躊躇うレベルだ。それに地上に戻って戦力を揃え準備を整え、万全で挑む方が効率がいい。
そうなると倒れている連中は「大崩壊を引き起こした元凶」のはずなのだが、こんなところで死んでいる理由をフリードは一つしか思いつかない。
マキだ。
マキがこの場に来て、原因たる彼らを殲滅し、自分たちが来るまでに撤収した。
フリードはマキの実力を正確に把握しているわけではないが、「マキは自分よりも格上」と認識している。マキの実力の上限を計りきれない事もあり、フリードはそれを可能性の一つとして考慮する。
同時にこの考えは、自分以外には賛同されないという事も含めてだったが。
(これをやったのがマキさんか、聞くべきかな?)
フリードは落ち着いた表情で死体を検分するウォルターを見る。
落ち着いている理由を聞いたが、どうにもはぐらかされている感じがした。ただ、その落着きがこの状況を予測していたからであり、マキが関わっていることの証拠のように思えたからだ。
とはいえ、ここでそれを問いただした場合、ウォルターがどういう行動に出るか分からない。
かなり大きいリスクを背負うというには、それに見合うリターンが見えてこない。フリードは問いかける言葉を飲み込んだ。
「とりあえず、魔素だまりをどうにかしませんか? このままここにいてもしょうがないので」
しばらく死体の状態を検分していたウォルターは、これをやったのがマキだという確信を抱く。
マキが戦う所を何度も見ているウォルターは、マキが好んで使う≪金剛槍≫の攻撃跡を何度も見ている。目の前の死体にあった傷は人とモンスターの違いはあれど記憶の中のそれと一致し、ウォルターに確信を抱かせる。
知りたいことを知った以上、この場に留まる理由を持たないウォルターは先に進むことを提案する。
「そうだな。当初の目的を果たそう。それに、この先からも血の匂い……いや、死の臭いがする」
フリードもその提案を受け入れ、二人は魔素だまりの部屋の中へと足を踏み入れる。
そして、そこに見たのは通路以上の惨劇の跡だった。
こちらの死体は先ほどまでと違い、急所を狙ったものではなかった。
ある死体は腕を吹き飛ばされているかと思えば腸を大きく広げて絶命している者もある。上半身と下半身が繋がっていないかと思えば、他の死体と混ざり合い、誰の死体か分からなくなっている物まであった。
≪金剛槍≫無差別乱射の結果であり、マキの「数人生き残ればいい」という大雑把な攻撃の結果がこれだ。地獄絵図という言葉が似合う、死体に慣れた人間すら吐きかねない悪夢であった。
この光景にはさすがのフリードとウォルターも絶句し、青褪めている。
色濃く残る死臭に、ウォルターは口を押える。吐き気を堪えるので精一杯だ。
フリードは惨劇を引き起こした人間の容赦の無さ、そしてここまで大勢を圧倒する実力に目の前が暗くなる。もしもマキが犯人とすれば敵対など考えられない――もとより考えてもいないが――ほどの恐怖だ。これまで常識的な行動をとっているように見えた事もあり、話の通じる相手だからと安心していたが、この光景を前にしては恐怖を打ち消すことなどできない。
そしてマキはそんな二人を見て、「やりすぎました?」と首をかしげた。




