大崩壊④
やってきたのは重武装の人間たち。地中のマキに姿は見えないのだが、足音などから金属鎧を着こんだ人間が50人ほど、徒党を組んで歩いているのが分かる。
こういった討伐者に厳しいダンジョンでは、数の暴力というか、大人数による攻略が基本になる。マキは状況から騎士団が派遣されたのだと思った。足音も整然と歩く軍隊を思わせるそれであり、ちゃんとした集団戦闘の訓練を積んだ者たちだと推測できる。
(では、検分やら何やらで時間を取られるかもしれませんわね。厄介な)
これが討伐者であればマキのように魔素を散らしてはいお終いと言っていいのだが、騎士であれば原因追求までやろうとするだろう。早く出て行きたいマキには頭の痛い話だった。
マキは土の中に潜んだままでも大丈夫だが、人間に限りなく近い精神を有するため、気分的な面で長くこのままでいたいとは思っていない。土を更に掘って別の部屋にでも脱出したいところだが。下手にそんな事をしてバレてしまっては意味がない。魔力を感知する手段があるからこそ魔素だまりに溜まった魔力量を計る事が出来るのだし、それがマキの使う魔法にも適用されるのはウォルターとの実験で実証されていた。
そう言った理由でマキが大人しくしていると、複数の男たちの会話が聞こえてきた。
「魔素が散らされている!? 馬鹿な、まだ計画は半分も進んでいないんだぞ!!」
「せっかく溜めた魔力を散らされるとは……」
「ここまで素早く動ける人間がいたとは、びっくりですねー」
「いや、公爵家が動くのはもう少し後だ。あのフリードとかいう小僧がウォルターとかいう子供を連れて潜る手はずになっているらしい」
「誰がやったか調べるのはハフマンさんに任せますよ?」
「無論だな。犯人を特定しないことには、今後の計画にも支障が出る」
聞こえてくる会話から、この集団が騎士団ではなくもっと別の、逆の目的であることが推測できた。
もともと起きるはずの無い「大崩壊」だ。なにか人為的な力が発生した可能性が高く、それを行った何者かがいると思われていたが、ここで出くわすことになるとはマキも考えていなかった。
彼らの会話からマキが推測できる情報は
・ 彼らが大崩壊を引き起こした
・ ここにいる彼らは組織の一員であり、一部隊でしかない
・ 公爵家は彼らに関与していない
・ 大崩壊は彼らにとって計画の一部であり、手段ではあるが目的ではない
といったところである。
騒動を起こした側であることはほぼ間違いなく、大崩壊を起こした目的は分からないが、その結果得られるものがあるだろうという事は簡単に予想できる。
公爵家との関係や、組織の規模については推測推論の段階であり、確証はない。もっとも、公爵家の血族が直接関与していようが、公爵家そのものが関与していない、つまりは当主や前当主あたりは直接関与していないだろうことが窺える。ただし、内部にはしっかり手の者が混ざっているだろうし、監視もされているようだが。
そしてもう一つ。重要な点は
・ 彼らには大崩壊を任意に起こす手段がある
・ 大崩壊を起こすための条件はあまり厳しくない
といった点であろうか。
後者はかなり推測が混じり可能性の一つとして考えておく程度の事だが、前者は確定事項である。これらの情報はその信憑性に限らず重要なものだ。普通に考えれば、外に、公爵家に必ず報告しなければならない。
そこまでマキは考え、どうしようかと思案する。
まず、こいつらを半壊させ、何人かを捕虜にするのは簡単だ。マキの戦闘能力はかなり高いし、自惚れなどではなく、ただの事実としてそれが分かる。
しかし、その情報を伝えようとする段階で、ある程度マキの事情を話さねばならなくなる。マキの事情を何も伝えずに信じてもらえるほど、簡単な事ではない。どこか手を抜いて情報を信用してもらえずに同じ事態を招けば、マキ1人の失態とは言い切れないが、マキの行動に不備があるというのも間違いのない事実だ。
チランという都市を一つ見捨てるのであれば、何もせずに無視してもいい。ある程度、自身に被害が出ない程度の協力ならいい。だが、自分から不要な責任を背負ってまで助ける理由があるかどうかは、問うてしまえば全くないというのがマキの現状だ。
つまり何をするにしても、自分の感情に従うしかないというのがマキの“今”だ。
手遅れにならないようにする為に、今この場で決断しなくてはならない。
(自分の正体を隠せば、不確定要素が大きくなりすぎますわね)
どっちつかずの中途半端な行動としては、この場で敵全員を制圧し、放置するという選択もある。姿を見せずに昏倒させるぐらい、マキには造作もない事だから。時間が経てばいずれ騎士団が来るだろうし、その時まで強制的に眠らせておけばいい。
だが、その場合はこいつらが敵ではなく要救助対象になりかねない。マキのように彼らの会話を聞いていれば敵だと思うかもしれないが、何も知らなければ大崩壊から街を守るため戦いに来た人間の集団に見えるのである。疑う要素は少ない。そうなれば適当な言葉を並べたてられるだけで無罪となるだろう。置手紙などを残しても離間偽計の一環として扱われることは想像に難くない。
マキの戦闘能力は他の追随を許さぬほど圧倒的だが、政治的な分野では無力な小娘と言ってもいい。
(ウォルが来ていると言っていますし、2人を待つべき、ですわね。いえ、その前にできる事はやっておきましょう)
敵の思惑とその暴露は自分の手に余るとマキは判断し、政治的に使えそうなフリードを利用することで解決することに決める。マキもこの集団の発見者となり積極的に疑う方向で動くことにして、細かい事は後で暴く。
ただし、このまま任せるようであればフリードはともかくウォルが危険かもしれないので、数を削るぐらいの支援をすると決めた。無論、マキは直接人前で戦う気などない。
(これは数を削り、しばらく閉じ込め、ウォル達の背後に回ってから合流ですわね。一本道の辺りを上手く使えば逃げられる心配もないでしょう)
大雑把な段取りを決め、マキは使う魔法を選ぶ。
(≪多重・金剛壁≫)
「なんだ!? 何が起こった!」
「壁? 閉じ込められた?」
「くそっ! 鋼鉄の武器でも傷がつかない!!」
マキは魔素だまりの部屋をダイヤモンドの壁で覆い尽くした。ダイヤモンドは炎に弱いが、それと知らねば対策など取られない。多くの者はすぐに状況を把握して出口を確保しようと武器を振るうが、その成果は武器の破損という弱体化しか招かない。
部屋の外に10人いたが、それらの半数以上は自分たちの手に負えないと判断し、踵を返して脱出を図る。
(≪金剛槍≫)
だが、その程度でどうにかなるほど状況は甘くない。マキは外に向かった者たちを背後から撃ち貫き、その息の根を止めた。
ほんの数秒で部屋の外にいたものは息絶えた。
「敵だ! 敵がどこかに潜んでいる! 探して始末しろ!!」
「隊長! いたとしても部屋の外です! どうやって始末しろというんです!?」
「くそっ! 姿も見せずに我々をここまで追い込むとは……っ!」
明確な殺意に、部屋にいた者たちは声を上げて活路を探す。しかし、彼らはすでに籠の鳥かまな板の上に乗せられた鯉。哀れにも、死刑執行を待つだけの存在でしかない。
そしてマキは部屋の中にも無慈悲に≪金剛槍≫を撃ち込む。
たったそれだけで、重武装の戦士たちがバタバタと倒れていく。並の金属鎧では≪金剛槍≫を防ぎきるほどの防御力は得られず、盾や鎧の曲面を利用して攻撃を逸らすしか、彼らに生き残る方法はない。そしてそれができたとしても、命を僅かに長らえさせる以上の意味はなかった。
「はあっ! はあっ!」
「苦……しい…………」
「息が……」
激しく戦えば、人の体は酸素を消耗する。
完全にダイヤモンドの壁で覆い尽くされた部屋には空気穴の一つもないので、酸素は消費されるだけしかない。灯りに松明を持っている者がいたのも災いした。今では酸素が無くなり、松明の火は消えて赤くなった棒切れと化しているだけだが。
必死に戦った結末はこれである。激しく行動した分だけ早く誰もが倒れ伏す。
(まぁ、こんなものですわね)
まだ死んでいない者がいるが、過半数は無力化している。ウォルター辺りはマキの仕業と気が付くかもしれないが、その程度は空気を読めるだろう。
マキはそう考えると誰もが意識を失った部屋の中であっても直接出ることはせず、穴を掘ってある程度離れた場所に出る。
部屋の≪金剛壁≫はすでに解除してあるので、これ以上の死者は出ないだろう。
上手くいったかどうかは微妙かも知れないが、これが妥協点とマキはウォルターと合流するために動き出した。




