大崩壊②
ダンジョンから出ると、マキは身を翻して再びダンジョンに潜る。
ウォルターは宿に戻るように言われ、大人しく従う。
とはいえそのまま入り口を通れば、マキが何かやったと思われるのは明白だ。だから、マキは自分が認識されないように≪魔法化≫で体を疾風にしてダンジョンの入り口をくぐる。攻撃魔法ベースの≪魔法化≫よりも、こういった初歩的な魔法の≪魔法化≫の方が応用範囲は広い。体は半透明でよく見れば見えてしまうのだが、文字通り風になっているのでその移動速度もあって、誰にも気が付かれずにダンジョン内に侵入する。
念のために服装を一般的な討伐者装備に切り替えて、そのまま全力で駆けだす。目的地は地図の外にある階段だ。
以前ウォルターの訓練で地図の外まで来たときに、いくつか下に行くための階段を見つけていたのだ。これまで使うことは無かったが、今回は秘密裏に暴れまわるという目的がある。有効活用するつもりだった。
途中で大量発生した様子の巨大ミミズを問答無用で殺してどんどん間引いていく。こうして巨大ミミズまで大領発生しているとなると、下層のアンデットに意識が向いている兵士たちの安否が気になるが、今はとにかく下を目指し、魔素だまりをどうにかするのが先だった。
マキの全力疾走は、ウォルターさえなければ普段の数倍の速度を出すことができる。約2時間で5層目の地底湖エリアまで戻ってきた。
時刻はすでに夜なのだが、食事の必要も睡眠の必要も無いマキにしてみれば関係ない。休憩すらいらないと、人間でないというアドバンテージを最大限に活用して駆け抜けた。
「本当にっ! 数が! 多いですわね!!」
そして辿り着いた5層目は地獄と化していた。
骨兵士、骨魔術師、死霊が溢れだし、兵士たちが守っている階段を目指している。ちょうど休憩場から普段討伐者たちが下層までの最短ルートとして使う階段を目指しているため、4層目までには出てこなかったようである。
それはつまり、相手に思考能力が無く、与えられた命令に従い外を目指しているが、迂回して周辺の階段を使おうとしていないという事である。
ありがたい話ですわね、そんなことを考えたのも最初のうちだけ。意外な事に、マキは手間取っていた。
「アンデットではなく、魔法生物だったなんて、インチキですわ!」
問題は、骨兵士や骨魔術師などが、マキの知る“アンデット”の常識から外れていたこと。
敵がマキの知るアンデットであれば、精霊魔法のうち光や火といった属性に弱く、精霊魔法で戦えたはずである。しかし、このダンジョンにいた骨兵士などは精霊魔法でダメージを与えられないわけではないが、それは物理現象の範囲内。とても弱点属性を利用した効果的な攻撃とは言えないものだった。
マキにしてみれば、ある程度強力な光属性で照らしてやれば片が付くだろうといった思惑もあったのだが、見事に裏切られた形である。
だから出て来る敵をアンデットではなく魔法生物と位置付け、魔核を破壊するという方法で駆逐するようにマキは戦闘スタイルを変更した。
というのも、厄介な理由のもう一つが再生能力と異常なタフネスを誇っているからだ。
例えば骨兵士の肩の骨を吹き飛ばしたとして、その下にある腕は、普通に考えれば使えなくなるだろう。しかし、腕はそのまま宙に浮き、何も気にせず戦おうとする。考えてみれば人間の骨だって骨だけで機械的にくっついているわけではない。それが骨兵士のように骨だけで動いているという事は、何らかの不条理な力が働いているという事だ。物理法則をそのまま当てはめて考えることができないわけでもある。
よって、破魔札を使うよりも魔力運用上効率の良い、身体強化の魔法で対応しているのだ。
もっとも、死霊については物理攻撃どころか精霊魔法ですら一切の攻撃が通用しないので、破魔札に頼る事になるのだが。
大技を封じられた格好のマキではあるが、だからと言って苦戦しているわけではない。
単純に手間がかかるだけである。
特定の階段を目指すのは、戦力の一極集中を行うという事。確かに効率がいいかもしれないが、数が多い時は同時多方面作戦による飽和攻撃も有効だったはずだ。モンスター達がそれを選択しなかったため、マキは上手く側面を突いて半ばから下層を目指すことができた。さすがに攻撃してくる相手には戦力を割くため、中には引き返してマキを追って来るモンスターもいたが、殲滅速度と移動速度でマキは相手を上回る。侵攻速度を遅らせるだけであった。
マキはかつて休憩場だった場所を越え、中ボスである骨巨人兵の待つ、上層と下層の境目までたどり着く。
普段は1体しかいないという話だが……。
「合計10体。まぁ、構いませんわ。いえ、どうせですから、魔核を手に入れるのも悪くありませんわね」
他にも取り巻きが多数。
マキは下層への、最後の障害に向けて不敵にほほ笑んだ。




