アルヴィース、去る
アルが悩んだのはウォルターの戦闘スタイルだ。
ウォルターは基本的に「足」で戦う。
これは片腕しかなかったこと、腰ぐらいの体高を持つ巨大鼠を攻撃するのにちょうどいい高さだったこと、貧乏で武器を買うお金が無かったことに起因する。
腕の3倍の力を持つと言われる足であるが、戦闘中に片足立ちになるのはあまりいいことではない。高い攻撃力の反面、防御が脆くなるのだ。攻撃中の移動制限や反動への弱体化は致命的とも言えた。
しかしウォルターが足を起点に攻撃をするのは矯正できるほど短い期間の話ではない。何年もかけて磨いてきた戦闘スキルであり、それを主軸に据えないのであれば、ウォルターの戦闘スタイルは完全に素人レベルの付け焼刃となってしまう。
アルにしてみれば不本意であったが、足技を鍛えていくのが最も効率の良い状況だった。
アルの知っている足技で有効そうなものと言えば空手とサバット、テコンドーぐらいだった。ムエタイの膝蹴りも有名ではあるが、距離がモンスター相手には向いているとは思えず、対人戦として教えるのは最小限にとどめた。
アル自身、足技にそこまで造詣が深いわけではない。魔法を組み合わせた戦闘技術の一環としてそれなりに修めているものの、本職ではない。自然と魔法を組み合わせたモノがメインになり、実戦を通して戦闘スタイルを形にしていく。
「≪火弾≫!」
山に広がる森の中、アルとウォルターが戦っている。
足場の悪い森の中、傾斜のきつい斜面をものともせずに二人は走る。互いの糸を目ではなく、もっと超感覚的なもので捉えながら隙を探る。
一瞬、アルの視界を木の葉が遮った。
そこでウォルターが仕掛ける。ウォルターの左足のつま先に火の玉が作られ、その火の玉はアルめがけて飛んでいくが、アルの張った防御魔法によって防がれる。
今度はアルの方が同じようにつま先に火の玉を作り、ウォルターに向けて飛ばす。ウォルターも防御魔法を使うが円弧を描いて飛ぶ火の玉を防ぐことができなかった。あわや当たりそうになった瞬間、ウォルターは咄嗟に身を捻って何とかこれを躱す。
二人がやっているのは魔法戦闘の基礎だ。
交互に魔法攻撃を仕掛け、それを防ぐか躱すという至極単純なルール。もちろんアルはウォルターと同じレベルの魔法しか使わないというハンデ付きだ。二人の間にある違いは、「魔法の使い方」というシンプルかつ絶対的な差である。
遠距離からの単発射撃ではアルに一撃加えるなど、できはしない。この日だけですでに10回はやっているが、未だに成功したことは無い。ウォルターは必死に考えるが、遠くから攻撃しては絶対に無理という結論を出した。
だからウォルターはあえてアルの近くに寄って至近距離からの一撃を放つ。ウォルターの防御魔法は守れる範囲が狭く、未だに足元をフォローできない。自分の弱点であればそれをコピーしているアルの弱点にもなる。そこを突こうとしての事だ。
だが、その程度でアルの牙城を崩すことなど出来はしない。アルもウォルターめがけて体を低くしながら突撃する。
結果、頭の位置が低くなったことで防御魔法はアルの足元をフォローしてウォルターの魔法は防がれ、すれ違いざまに火の玉、≪火弾≫の一撃を加えられた。
ウォルターと同じスペックにまで能力を落とし、手心を加えてもアルははるかに上の存在だった。多少の思い付きでは不意を打つなど不可能で、攻撃に失敗するたびに手酷い反撃を受ける。そして受けた傷は自分で治さなければいけない。
攻撃と防御に身体強化、そして合間の回復に魔法を使うので消耗が激しい。限界以上に魔法を使わせ、無理やり魔力を絞り出すことまで体に教え込ませるための訓練メニューだ。アルの考えでは、人間が成長するには限界を知り、更にその先へ進むための意識を持たせることが重要である。
よって、特定の攻撃手段を用いて多彩な攻撃を考える思考能力を身に付けるとともに、身体能力・魔法能力の限界を突破させ続けている。
アルが戦闘方法を限定して繰り返させるのは、1つの攻撃手段、今回は≪火弾≫の使い方を徹底的に広げる事が目的だ。
同じ条件下からスタートすることで状況のコントロール力、つまり禁止されていない他の行動の組み合わせることで、有利に働く状況を作り上げる能力を鍛え上げた。同時に、「~~ができればもっと有利に状況を作れる」と、自分に必要な能力を考えさせる役にも立つ。また、自分と同じ行動をする相手に対し戦闘を繰り返すのは、自身の弱点を自他両方の視点で見る事になる。弱点を持った自分が、どうすれば弱点を無くせるか、弱点をフォローできるかと言う思考も鍛えられる。攻撃しながらも反撃を受けにくい、攻防一体の戦闘をする訓練にもなっている。
結果として≪火弾≫を有効に使うための実戦的な戦闘手順をウォルターは何十通りも手に入れた。
手に入れた戦闘手段は他への応用することもできるが、何よりも戦いながら戦闘手順を増やす智慧を得たというのが大きい。自分の能力を十全に生かし、環境を味方につけ、相手の力を効率よく封じる戦いができるようになった。
人間の限界を超える能力など一朝一夕で身に付けようと思っても不可能だが、自分の限界を超える戦い方をウォルターは手に入れたのだ。
限界を超えたウォルターが倒れている。全身から噴き出る汗をぬぐう体力すらなく、体力と気力の回復に努めている。
出会ってから一月半。
ウォルターの体は約一ヶ月に及ぶ訓練と、改善された食生活によりずいぶん体に肉が付いている。一般的な肉体労働者としてはまだ細い部類に入るが、身に付いた筋肉は鋼のごとく鍛え上げられている。年若い事もあり、これからの成長を見込める。今細い事は、そうたいした問題にはならないだろう。
「これで個人戦闘は出来るはず。あとは顕現後の戦闘だけど、まぁ、基礎から発展させるだけだし何とかなるだろうね。教本を残しておくから、それに従って訓練すること。オーバーワークは逆効果だから、先ずは身体を壊さない事を念頭に置くように」
「……」
倒れたウォルターにアルが最後の挨拶をする。アルの方は喋る元気も無いのだが、なんとかアルの方に視線を向ける。
「こういう別れ方は卑怯かなって思うよ? でも、このタイミングじゃないと付いてきそうだし。もしこの世界を捨てて俺と一緒に付いてくるって言われても、無理なんだよ。俺がああやって大怪我をしたようにウォルターが怪我をすれば死ぬ危険性が高い……いや、確実に死ぬだろうね? さすがにそれは寝覚めが悪いし、そもそも死ぬと分かって連れていくほどの理由も無いんだ。だから、ここでお別れだよ」
ニコニコと笑顔のままウォルターに別れを宣告するアル。
アルの薄情とも取られかねない言い方は、自分の感情を断ち切るための必要最低限である。アル自身、師として面倒を見てきたウォルターに未練が残ってしまうのはしょうがない事なのだ。だからあえて冷たい言い方をすることで自分の中にある未練を捨てる。
しかし、最後の最後でアルはどうしても非情になりきれなかった。
「そうそう。こちらで作ったものに関しては置いていくよ。何かと便利なモノが多いけど、下手に扱えば厄介ごとを引き寄せる結果になりかねないから、扱いには十分注意するように」
アルは表情を笑顔で取り繕い、ウォルターに心情を見破らせないための壁を作っている。だが、つい手が動いてしまった。ウォルターの頭の上に手を置き、額に聖句を刻む。
後に問題が起きるかもしれないが、それでもウォルターに一つの祝福を与えてしまった。やってしまった後に気が付いて悔やむのだが、一度刻んだ聖句はアルにも消せない。
ウォルターの体からアルは離れる。
ウォルターがアルに追い縋ろうと手を動かすが、アルはそれを無視してその場を去った。そしてそのまま迎えと合流する。
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや。予想通り、かな。一月か二月はかかると思ってたから」
「そう言っていただけると、助かります」
アルのすぐそばに姿を現したのは銀髪の少女。
年は15かそこらだろうか、白地に金の刺繍がされた神官服を着ており、どこか厳粛な雰囲気を漂わせている。年相応にはとても見えない。手には二振りの剣がある。その件はどこか異質さを感じさせるもので、少女にはミスマッチだった。
「じゃ、帰ろうか」
「はい」
少女が何かすると、二人の姿が消え去った。
アルことアルヴィースは、こうしてこの世界から去っていった。