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大崩壊①

 訓練を日程で区切る事にしていたので、2泊した段階で2人は撤収を始める。それ以上は暗い洞窟の中という事もあり、時間感覚がずれてしまうからだ。

 今回は下層に挑んでいないとはいえ5層目まで降りてきたこともあり、早めの撤収が重要だった。宿というのはあまり遅い時間帯に人を受け入れるようできておらず、人件費と防犯の兼ね合いもあって日が沈むころには閉めてしまうところもあるほどだ。2人が止まっている「ウィットニーの宿」も夜間の営業はやっておらず、遅くなったら町の中で野宿という事になりかねない。


 荷物を収納袋に仕舞い、5層目から4層目へと階段で移動する。

 だが、その階段にはなぜか兵士が待機していた。


「お前たち、5層で狩りをしていた討伐者か?」

「ええ、そうですわよ。いったい、どうしたんですの?」

「……大崩壊だ。【コルテスカ地下宮殿】は、大崩壊を起こした」

「はい?」

「帰るのだろう? お前たちはとっとと地上に戻れ。我々はこの階段でモンスターどもを食い止めねばならない。邪魔だ」


 普段、階層間の移動に使われる階段を警備する兵士などいない。それがわざわざ出張っていることに疑問を持ち尋ねれば、ありえない回答が返ってきた。

 【コルテスカ地下宮殿】に限らず、チラン周辺にある4つのダンジョンは完璧に管理されている。大崩壊までの周期は把握されており、余裕を持ったスケジュールで魔素だまりの魔素を散らすようにしている。大崩壊は魔素だまりを放置した時に起こる現象なので、起きるはずがないというのがチランの住人が持つ一般的な見解だった。

 兵士たちは異分子であるマキたちがうろちょろすることで場が混乱することを避けるために、2人を追い出そうとする。これには防衛に使う事で彼らを死なせないようにするという、兵士たちなりの優しさも含まれる。


「魔素だまりはちゃんと管理されていたはずですわよね? 一体何があったんですの?」

「うるさい! 討伐者とは言え、これは一般人が口を挟む問題ではない! さっさと地上に戻れと言っている!!」


 質問を重ねるマキだが、兵士はそれに取り合わない。当たり前の事だ。こういった重要な情報は責任ある貴族側が管理するものであり、一般人には流布されたりしない。

 知識もそうだが、この世界において情報を広める事は統治においてはマイナスだ。情報は人の思考能力を刺激し高め、統治に対する疑問などへと繋がる。大崩壊が起きた事を教えただけでも大盤振る舞いと言えた。


 マキはこれ以上の情報を兵士から聞き出すことを諦め、ウォルターの方を見る。

 ウォルターは得られた情報について行けず、ただ混乱するばかりだ。大崩壊がモンスターの大量発生と地上への流出を招くことは知っているが、それによる被害を含め、未来が想像できなくなっている。

 人間は与えられた平穏がいつまでも続くと考える生き物だ。今日ある物が明日もあると考え、日常という奇跡を当たり前として認識し、感謝をしない。ウォルターはかつての地獄のような生活と今の天国のような生活の二つを知っているからまだ想像力は豊かな方だが、大崩壊で起きる被害と言われても何も思いつかないのだ。

 いや、ウォルターはどこか楽観視している部分があるのかもしれない。以前経験した岩猿の時のように、マキと二人でいれば何とかなるのではないかと。そうやって危険を危険と思えないからこそ兵士の対応に温度差を感じ、状況がつかめずに混乱する。


 マキはウォルターに意見が無さそうであることを確認すると、自分の考えのまとめに入る。

 マキはチランに定住するつもりなので、この大崩壊により街に被害が出る事は可能な限り防ぎたい。だが、自身が目立つことの愚かさも十分に承知している。

 この二つに折り合いを付けるなら、「マキが関わったとバレないように」「大崩壊で増えたモンスターを間引く」という結論になる。ついでに、「ウォルターは役に立たない」ことも意識しておく。



 なぜ起きたかという「原因」の究明をしたいという思いもあるが、それはマキの様な討伐者がやるべきことではない。ただ、早期決着を目指すだけでいいだろう。

 幸いにも5層目と4層目を繋ぐ階段は地図上に5か所しかなく、それらが下層から最寄りの階段であることを考慮すれば、そこに防衛ラインを()くだけで大半のモンスターは討ちとれるだろう。休憩場よりも狭い通路を使って戦えば数の不利は完璧では無いものの、補える。

 兵士は数が少なく、モンスターの規模次第では持たない所も出て来るだろうが、それでも撤退しながら戦えるここに戦力を置くのは悪い選択肢ではない。しばらくは持つだろうとマキは判断し、急ぎ地上に戻る事を選択する。


「お忙しいところ、騒がせて申し訳ありません。急ぎ地上に戻らせていただきますわ」

「うむ、それでいい。ちゃんと無事に地上まで戻れよ。道中にどんな影響が出ているともわからん。――では、我らは防衛に戻る」



 マキは兵士たちに頭を下げると、ウォルターの手を引きその場を後にする。


「ウォルター、一回外に出ますわよ。何をするにしても、まずは地上に戻ってからですわ」

「いいですけど……。この場に残らなくていいんですか? 僕たちでも戦力になると思うんですけど?」

「役に立つかどうかわからない連中を置いておけるほど、彼らにも余裕が無いという事ですわ。やるとしたら前線を越え敵陣深くでの遊撃ぐらいですわね。もちろん、その時はワタシ一人でやりますわよ」

「僕は?」

「御留守番ですわ。ウォルが人前で戦うには、見せたくないものが多すぎますもの。それに、命の危険がありますわ。守り切れないかもしれない戦場に連れていく愚は冒せませんわね」

「マキは、大丈夫なの?」

「当り前ですわ」

「なら、いいですけど……」


 マキが方針を伝えると、ウォルターは多少思案するもそれに応じる。

 マキの方が強いというより、ウォルターは自分がいない方がマキは自由に戦える、つまり自分が足手まといと分かって駄々をこねない。もっとも、不平不満はあるのだが、それはわざわざ口にしない。


 2人は足早にダンジョンを駆け抜け、地上に戻った。

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