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人助けの代償①

 マキに未来の事など分かるはずも無く、ただ「人を助けた」という手応えを持ってウォルターの元へ戻る。


 ウォルターは言われた通りに部隊制御をひたすら続けており、「歩かせる」だけならできるようになった。これが「走り出す」だとすぐに駄目になる。

 無理だと思えばすぐにやめて、気分を落ち着かせる。それをひたすら繰り返してきた成果だった。

 何もつかめないかもしれない事を想定していたマキには嬉しい誤算だ。



 マキはウォルターの進歩に満足すると、夕飯の支度に取り掛かった。

 メインは薄くスライスした肉をミルフィーユのように重ねて衣をつけ、融かした脂を使って揚げた柔らかいカツにして食感に違いを付けたミミズ肉。ミミズ肉が続くので、せめて食感にだけでも変化を付けている。

 葉野菜と一緒に食べれば脂っこさも緩和され、いくらでも食べられるとまではいかないが、それなりの量を食せる。パンにはさんで食べるのにも合う。

 マキとしてはソースが欲しかったが、調味料は嗜好品なのでそれなりに高級だ。手が出せないとは言わないが、躊躇する値段であったので、見送られてしまった。


 ウォルターは食事に文句を付けることなどせず、美味しそうにカツサンドもどきを食べている。

 ステーキも柔らかくなるよう焼かれていたが、この薄くスライスされ積み重なった肉のカツもそれとは違う柔らかさがある。ウォルターにはサクサクの衣と柔らかな肉を楽しめるカツの方が好みだ。訓練で疲弊していた心に活力が戻る。



「今日一晩寝たら、戻りますわよ」

「え? もう?」

「一度に詰め込んでもいい事はありませんわ。それに、日の光を浴びる事も大事ですわよ」


 人間は日光に当たる事でビタミンDを合成する。ビタミンDが不足すれば骨が脆くなり、かなり危険だ。特に戦う人間は骨にダメージが蓄積しやすいので、日光浴は出来るだけしておいた方が良い。

 マキの説明を聞いてもウォルターにはよく分からないが、とにかく日の光を浴びておいた方が良いという事だけ理解する。


「訓練はまた行いますけど、先にお仕事ですわよ。

 折角家が手に入ったのに、お金を稼がないと家具の一つも買えませんわ。ワタシはベッドも無い家で寝るなんて嫌ですわよ。

 だから、モンスター狩りですわ」

「結局、ダンジョンに来るんだよね?」

「ええ。新しい事もいいですけど、元から使える技をさらに習熟するのも大事ですわ。軍勢顕現ばかりではなく、≪精霊化≫も練習なさい」

「はい、分かりました」


 どこか納得のいかなそうな顔をしていたウォルターであるが説得の言葉を重ねられれば嫌とは言わない。納得し、指示に従う。





 翌日2人は宿に戻り、しばしの休養期間を経て何度もダンジョンに潜り、ミミズ狩りに精を出す。稼いだお金で家具を揃えて約10日、そろそろ引っ越しをしようと思った矢先にクーラがやってきた。


「ご無沙汰していますね。マキさん、ウォルターさん」

「ええ、アイガンではなくこのような場所でお目にかかるとは予想していませんでしたわ」

「縁は物語を織る糸である、と申します。また出会えたという事は、良き縁がある証拠と思いますよ」

「あら? 物語には悲喜劇と揃っていますわよ」

「互いが互いに害する意思を持たねば、大概の縁は良縁ですとも」

「そうですわね。フフフ」

「ええ、そうですとも。ハハハ」


 クーラとマキは顔を見合わせ、上品に笑い合う。

 2人の会話は婉曲であったり直線的であったり、何か探るような意図を絡ませつつもテンポよくつながる。仲は良くなくともウマは合うようである。

 ひとしきり笑い合うと、どちらからともなく笑みを浮かべ、口の端を笑み以外の形に少しゆがめる。

 ウォルターは完全に蚊帳の外である。


「御二方の活躍は私の耳にも届いています。ローラ様の件は広まっておりませんが、かなりハイペースでモンスターを狩っているとか。

 私は今、公爵家のメルクリウス様に拾っていただきそこで働いていますが、その縁で一つ確認したいことができまして」


 先手を取ったのはやはりクーラ。用事があって来たのだから当然だ。

 持ち出す用件は、先日マキが助けた男2人の事。


「メルクリウス様の旗下(きか)にバーボンドとゴルンという荷運び人夫がいまして。

 彼らは先日、ダンジョンでとある女性に助けられたというのですよ。そして助けた御仁は名乗る事もせず、去って行ったそうです。

 しかしこの御仁、容姿について聞けば聞くほどマキさんに似ている。剣士の姿をしていたとも言っていましたが、それぐらいどうにでもなります。

 単刀直入にお聞きします。

 彼らを助けたのは、マキさんですね?」


 クーラは件の2人から相談を受けたのだ。

 「恩人に、ちゃんとお礼を言いたい」と。

 それでいろいろ調べてみた結果、2人が助けられた日は他の討伐者たちのいた場所がはっきりしていて、簡単に容疑者から外れた。怪しいのが何人かいたがそれがスパイばかりで、剣士でもなければ似ても似つかぬ男ばかり。

 色々と手を打って調べた結果、もうマキ以外にありえないと結論を出した。

 ただ、その結果、マキに対してちょっとした疑惑が浮かび上がってしまったのだが。


「いえ、知りませんわよ? 何のことでしょう?」


 クーラの問いかけに対し、マキはとぼける事にした。

 助けたことに対し恩を着せるつもりは無いし、不要な縁を結ぶことはリスクを高める。それに、聞かれたくない事も多い。例えば、なんであの場にいたのか。なんで剣士の姿をしていたのか。剣士の装備はどこで用意したのか、など。

 感謝を受け入れて得られるメリットよりもデメリットの方が大きい。


「そうですか。残念です」


 クーラもそのあたりの事情を察することは出来る。

 特に問題なのが武器を携帯していたことで、届け出も出さずに剣を所持していたとなれば大事になる。剣の所持については完全な許可制で、ダンジョン内部で拾ったとしても出口で取得物として申し出る必要があった。今回は剣士の姿をしていたこともあり、持ち込んだものと思われたが……マキが剣の所持に対し、許可をもらっていない事は調べている最中に分かっている。

 なので、クーラもマキに対して深く追求はせず、件の男たちにはこの結果を受け入れてもらう事にした。相手に迷惑がかかると言えば彼らも納得するだろうと。


 その後、マキとクーラは互いの情報を少し交換し、この場はそのまま別れた。

 何事も無く終わり、ほっと息をつくマキ。


 だが、本当の厄介事はその後に訪れるのだった。

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