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軍勢顕現③

 軽めの昼ご飯を挟んで、訓練は続けられる。

 午前中にできるようになったのは、軍勢顕現を維持し続ける事だけ。動かせるようになったわけではない。


「まずは全く同じ動きをさせる所からですわ」


 マキの指示を受け、まずは全隊前進。歩かせるところからスタートだ。

 跳ね返ってくる感覚が全て同じなら、何とかなるとウォルターは考えていたが。


「くっ……!」


 違和感は、一瞬で増大する。言うなれば体中で何かが蠢いているような感覚。普通に生きていては感じる事の無いその感覚に、ウォルターの意識が一瞬遠のく。

 だが根性で維持を続け、襲い掛かるフィードバックになんとか耐える。


「また元に戻っていますわ!! 全体にではなく、一体に集中するよう言ったはずですわよ!」


 何とか訓練を続けるウォルターに、マキの叱責が飛ぶ。

 ウォルターは何とか言われたことを実行しようとするが、上手く集中できない。


「行軍、止め! 一度静止させて感覚を戻しなさい!」


 そんなウォルターを見かねて、マキは行動訓練をいったん止めにする。

 実用レベルに持っていくなら、間違った感覚を覚えさせるわけにはいかない。時間がかかっても正しい手順の身を体に教え込む必要がある。

 人間は、慣れる生き物だ。正しい手順のみで訓練を続ければ、意識しないでもそのように出来るようになるはずだった。


 ウォルターは巨大鼠たちの移動を取りやめ、左腕に意識を集中し直す。

 全身を襲った違和感は立ち消え、精神が落ち着く。安堵から出る汗を乱暴に拭い、大きく息を吐いた。

 その状態であっても巨大鼠はいまだに維持されている。かなり成長しているようだ。

 マキは弟子の成長に喜びを感じるが、先ほどの失態を思い出し、表面上は厳しい顔をする。


「動かした途端、駄目になってましたわ。正しい感覚を維持する方が優先ですわ。感覚が乱れたと思ったらすぐに動きを止めなさい。それが出来て、初めて意味のある訓練になるのですわ」

「注意します」


 昨日の今日でずいぶん余裕ができたらしい。返事をするだけの余力がウォルターにはあった。

 だが常態がまだ全体制御なので、部隊制御に切り替えるのに手間取っているようだ。こればかりは数をこなすしか方法は無いとマキは思った。


「では、続けなさいな。ワタシは見回りに行ってきますわ」


 そう言ってマキはウォルターの前から姿を消した。

 残されたウォルターは言われたことをただ愚直に続け、まだ覚えたてだったことが幸いしたのだろう、夜までには部隊制御をモノにしていた。





 ウォルターから離れたマキは、すでに幾度も戦っている巨大ミミズの群れと相対していた。

 地図のさらに先のエリアとは、手付かずの未開地だ。モンスターの密度がとても濃い。とりあえず近寄っている者のみを排除しているが、マキが狩った巨大ミミズの数は100に届こうとしていた。吸血蝙蝠については、数える事を止めてしまうレベルである。


「魔法に対する抵抗力を持たぬ相手など、ただのカモでしかありませんけどね」


 数がどれだけいようが、自分にとってははるかに格下。

 マキにとって巨大ミミズとはただの餌であり、魔核という名の小銭に過ぎなかった。例えそれが、ダンジョン内で何年も生き残り、存在そのものを昇華した上位種であっても。


「≪脱水≫」


 マキは視界に納まらない相手にも魔法が使える。魔力感知で地面の中すら把握できるため、わざわざ攻撃させるようなこともしない。目につく端から殺していくだけの、簡単な作業。脅威など感じる理由も無かった。

 ウォルターの前では分かりやすく戦って見せたが、あれは“見せる”ための戦いだ。本気の勝負であのような事をする理由など無く、安全に、確実に、自分の利を最大限に活かし、相手の利を徹底的に潰す。それが“殺し合い”というものだ。


 マキの使った≪脱水≫の魔法は、対象から水分を抜き取るというもの。本来は洗濯物を乾かすだけの、生活用の魔法。

 しかし、マキの様な卓越した使い手にとっては必殺の魔法だ。相手の心臓や脳みそなどの重要な臓器を「乾かして」しまえば、最小限の労力で最大限の効果を見込める。一度乾燥させた体は周囲の水分を吸収しようと復活しない。使い手の技量のみでまさに凶悪としか言いようのない魔法と化した。

 相手が魔法に対する抵抗手段を持っていれば、この結果は出せない。しかしそのような「たられば」に意味は無く、巨大ミミズは瞬殺されるだけ。マキは自分よりもはるかに大きいその体から魔核を取り出す方がよほど面倒だと考えている。



 上位種の貴重な魔核を手に入れ、マキはその扱いを思案し――考えるのを止めた。

 ここでの目的はただの訓練であり、金稼ぎではない。

 金銭に困らない程度の魔核を売り払い、残りは秘匿すればいいと割り切った。あまり大量に売却してしまえば悪い意味で目立つだろう。他の討伐者のように、数日かけて5個6個の魔核を売却するだけでいいと判断した。


 それでも一般的な討伐者に比べれば多いのだが、マキは比較対象をあまり多く持っておらず、それが常軌を逸しないギリギリの数字であるとは思わなかった。他にも可能な討伐者はいるだろうが、目立つことはここで確定した。

 他の討伐者は10人ぐらいが3日篭れば30個以上稼ぐ事もできるだろうが、それは討伐者以外、荷物持ちなどを考慮しない数字だ。それに彼らの中には予備戦力もある。マキの考えはそこを過大評価していた。

 何でもやる少人数なので多少の人数効率を上げても不思議はないだろうが、その分高まるリスクを考慮すれば2~3個で十分な数字である。フリードのように剣一本で1日に数体相手取る天才とほぼ同格の扱いとなってしまう。


 だというのにそれを止める者はこの場に居らず、感覚のマヒしたウォルターも異常性に気が付かないだろう。

 2人の日常が変わるのは、すでに確定事項といえた。

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