軍勢顕現②
翌朝になり、2人は訓練を再開する。
朝食には焼いたパンとトウモロコシのスープ、カリカリに焼いたミミズのベーコンもどきが供された。
朝といってもそこは洞窟の中。日の光で時間が分からず、体内時計に従っての起床だ。
さすがのマキも時計などを持っていないし、体内時計で正確な時間を計るすべなど持っていない。時間については適当だ。普段の生活リズムが規則正しいのでしばらくは大丈夫だが、長い期間洞窟内にいれば1日の感覚が狂うのは必定だろう。
「では昨日のおさらいからですわ。始めなさい」
「軍勢顕現!」
マキと対峙したウォルターは、巨大鼠の軍勢を呼び出す。そしてそのまま待機させる。
「慣れなさい。維持し続ける事からスタートですわ」
まずは長時間顕現状態を維持するだけの訓練。
魔力の消耗は少なく簡単に見える事だが、ウォルターの額に汗が浮かぶ。フィードバックからくる気持ち悪さに耐えるだけで必死なのだ。
「全身に均一に意識を集中しては駄目ですわよ。どこか一点に集中なさい!」
複数の体を一つの体に分配し押し込める奇妙な感覚。待機させているからまだマシだが、もし行動を命じればその違和感は一気に増大する。だから、微動だにさせずただ耐えるしかない。
ウォルターは全身の違和感で乱れる集中を抑え込むのに神経を傾けている。返事をする余裕すらない。ましてや、言われた事――巨大鼠の一体に意識を傾けることなど、できようはずもない。何か”余計”なことをすればバランスが崩れ、巨大鼠達は消え去るだけだろう。
「挑みなさい、ウォル! 失敗してでも経験を積むことこそ先に進む方法ですわよ!」
「……っ!」
維持に慣れろと言いつつも、変化を求めるマキ。
このまま顕現を続けたところでフィードバックに慣れ、経験を積み、先に進めるとは思えないからだ。
進んだ先を見るために、犯すべき危険もある。求めているのは、維持を続ける、そのための変化。維持できない方法に慣れさせたいわけではないのだ。
マキの言葉に発奮し、ウォルターは左腕に意識を集中させようとする。
左腕を選んだ事に意味などない、無意識の行為だ。
左腕に宿る感覚が強くなる。他の感覚を駆逐するように、ウォルターの全身にそれは広がり――巨大鼠達が消えた。
「――それで構いませんわ。もう一回ですわね」
新しい事を試した代償。
ウォルターはあまりの気持ち悪さに意識を集中しきれず、巨大鼠たちを維持しきれなくなった。
口元を押さえ、こみ上げる吐き気を我慢する。
そんなウォルターに斟酌せず、マキは訓練を続けるように命ずる。
いや、まったく気遣う気が無いわけではない。少しでも気分を落ち着けるようにと、木製のカップに冷えた水を注ぎ、ウォルターに差し出す。
「最後、感覚を掴みかけていたように見えましたわ。上手くいきそうですわね。これなら早く形になりますわ」
マキは微笑み、成功寸前だった先ほどを思い出す。
どんな形でも使えるようになれば目的を達成できるので、成功の目途が付いたことを純粋に喜んでいる。
軍勢顕現のコツは、複数の巨大鼠を完全に受け入れきる全体制御か、1体だけを支配して他をその指揮下に置く部隊制御かの2択である。他にも選択肢はあるかもしれないが、マキから教えられるものはそれぐらいだ。
前者がウォルターには難しいのは明白で、後者を選択せざるを得ない。
個別に制御できる全体制御と違い、部隊制御は10体の巨大鼠に対し一つの命令しか出せなくなる。例えば10体の巨大鼠がいたとして、全体制御なら2体を追い込み、2体を待ち伏せ、残りを周辺警戒に回すなどの運用ができる。が、部隊制御ではこのうち一つの命令に10体を使う事しかできない。
スキルの制御、その汎用性を考えれば全体制御の方が便利であるのは間違いない。が、軍勢顕現は元々数で押すことが前提のスキルだ。複数の部隊を同時に使うのが本領であるため、あまり細かい制御にこだわる必要はなかった。
水を飲み、しばらく休憩して、ようやく落ち着いたウォルターは先ほどの感覚を思い出しながらイメージを固めようとする。
左腕を基点にしたが、そのせいで失敗したのかと自問しながら。あの時は無意識に左腕を選んだが、これが胴体部分から始めれば成功したのかと。
その後、ウォルターは胴体や頭、右腕などを基点に部隊制御を試みる。
だが左腕ほどスムーズにいかず、結局それらの試行は無為に終わる。
部隊制御の起点は左腕から。
その結論を出し、制御に成功するには半日を要した。




