上手くいかない夜
「才能、無いのかなぁ」
訓練が終わるころには、時刻はすでに夜を数えており、かなり遅めの夕飯の支度が行われる。
マキが周辺のモンスターを間引きし、今はそのモンスターを調理をしている最中である。
「そんなことは分かりませんわよ」
「でも……」
今日の訓練では軍勢顕現を成功させるところまでが精一杯だった。動かそうとすると感覚のフィードバックで気持ち悪くなり、顕現解除をしてしまう状態だった。ウォルターの気分は落ち込み、重い空気を成している。
上手くいかない事で不安を口にするウォルターだが、そこにマキが口を挟む。
「ウォル、貴方は軍勢顕現を覚えようとする人間の第一号ですわよ。才能の有無なんてものは所詮他人との比較以外の何物ではありませんわ。世界でたった一人、貴方だけの結果で才能など計れませんわよ」
「それって、あるか無いか分からないだけじゃ……」
「そうですわよ? だから頑張りなさいな、ウォル。それに、才能が無いなら諦めますの?」
「諦めたく、無いです」
マキの言葉に、ウォルターは才能について論ずることの不毛さを教えられる。
そもそも、才能が無かろうと続けるのであれば関係ない。
『軍勢顕現』自体はウォルターが望んで覚えようとするスキルではないが、それでも意欲的に取り組もうとしていることにマキは感嘆の念を覚える。公爵家に何か探られた時の見せ札のような理由で訓練を開始したのだから、覚えたいと思う理由はとても薄い。精霊魔法の方はウォルターの目標、≪再生≫の魔法を覚えるためのステップなのでまだ分かるのだが。
「でも、マキは最初から使えるんだよね?」
「そう言う風に作られたのだから、当たり前ですわ。それに、そんなことを言い出せばマスターはどうなりますの? ワタシには新しい魔法を生み出すほどの器量はありませんわよ」
重かった空気が和らぐ中、ふとウォルターが漏らした言葉にマキが呆れた声で回答する。まだネガティブな状態は続いているようだ。
ウォルターは努力して新しい技術を覚えようとしているわけだが、その比較対象にマキを選んでいたようだ。
マキはその無意味さを訥々と語る。
「空を飛ぶ鳥は生まれた時から飛べるわけではありませんけど、飛べるようになるのは鳥として生まれたからですわ。そんな鳥に憧れた所で人は翼で空を飛ぶことなど出来ませんし、別の方法で飛ぶことを考えた方が賢明ですわ。
それと、落ち込んだときは空元気でもいいから強気な発言をした方が良いですわ。弱気の虫は、口にするたび強くなりますの。辛い時こそ笑顔でいるのが肝要ですわ。これ以上つまらない事を言うのは禁止。分かりましたわね?」
「……」
「返事は?」
「はい!」
ついでに、マキはメンタルコントロールについて少し教えておく。
マキが言うように、ネガティブな言葉はネガティブな空気を生み出す一因だ。状況の改善や外的要因が無い場合、ネガティブな空気というのは中々振り払いにくい。
だが、ポジティブな考えを口にし、無理にでも笑顔を浮かべる事で好転することというのは多々ある。「笑う門には福来る」という言葉の通り、同じことを同じ条件でするのであってもポジティブな考え方をしているときの方が物事の成功率は高い。
「では、「明日はきっと上手くいく」、これを3回言ってから食事にしますわよ」
「明日はきっと上手くいく、明日はきっと上手くいく、明日はきっと上手くいく!」
「ミミズ肉のステーキですわ。スライスした玉ねぎと一緒におあがりなさい」
「いただきます!」
少しでも気分を変えようと、半ば自棄になったウォルターの声が洞窟内に響く。
そんなウォルターに微笑ましさを感じながら、マキは倒した巨大ミミズから切り取った肉の塊を香草と一緒に焼いたステーキを差し出す。ちなみに、香草はそこいらに生えている草で食用に適したものだ。香りが強く、肉の臭みを抜くのに使われている。
ウォルターは差し出されたステーキの皿を受け取ると、肉の塊を噛み千切る。肉はマキの腕がいいからだろう、柔らかく仕上げられており、さほどあごに力を入れずとも頬張ることができた。
肉の脂の甘みと一緒に口にした玉ねぎの刺激がマッチして、複雑な旨味を形成している。その美味さに、ウォルターの頬が緩んだ。
(美味しいものを食べれば、気持ちだけは何とかなる。マスターの真理は、単純ですが間違っていませんわね)
落ち込んだ気分が自分ではどうにもならない時、シンプルだが有効な手段として美味しい物を食べるというのがある。中には味覚を失う程の絶望もあるが、美味い物を喜べるだけの余裕あれば、まだ大丈夫なのだ。
だからウォルターはまだ頑張れると、マキは安堵の息を吐く。
(あとはよく眠らせれば大丈夫ですわね。朝ごはんも気合を入れましょう)
マキはここで採れる使えそうな食材と持ち込んだ食料から最適なメニューを考える。覚えようとすることの9割以上が感覚的な問題だけに、絶対にうまくいく方法などマキでも分からない。
だがそんな中でもできる事として、食事でウォルターをフォローすべくマキは必死に考えていた。




