軍勢顕現①
ウォルターとマキは【コルテスカ地下宮殿】の奥地に来ていた。人に見られたくない事をするので当然の配慮だ。ダンジョンの本道から外れた支道は、基本的に人が来ない。だが、本道のモンスターが少ない時は支道に人が入ってモンスターを釣ってくる事があるため、油断できない。だから一泊するつもりで準備を行い、魔核買取所で販売していた地図の先まで向かう事にした。
上層1層目なので、出て来るモンスターは相変わらず巨大ミミズと吸血蝙蝠だ。
吸血蝙蝠は超音波で位置情報を獲得しているので、風の精霊魔法でそれに干渉すれば簡単に倒せる。普通の討伐者は風の精霊魔法を使うどころか、超音波といった概念すら知らないので難敵と言われているはずだが、マキはあっさり吸血蝙蝠を駆逐していく。
巨大ミミズの方は足音さえ完全に消してしまえばいいと、土の精霊魔法で足音を消し、戦闘を回避する。目的地に着けば嫌というほど戦う予定なのだ。道中に消耗する理由は無い。
ランタンを片手に、2人は進む。
ちなみに、吸血蝙蝠の魔核は安い。体が小さく数は多く、それゆえに倒し難い性質を持つ吸血蝙蝠。個々の能力は低めで、魔核の質も悪かった。もっとも、ランク1の巨大鼠ほど安くは無いが。
とりあえず、道中に倒した分は後で魔核を取りだそうと収納袋に仕舞われていく。
地図の外までたどり着けば、そこから先は未知の領域。地上の情報にないモンスターがいるかもしれないし、人の手が入っていない分、何が起こるか分からない。今までも真剣だったが、より一層の警戒が必要となる。
「足場が悪くなりましたわね。整地した方が良いかもしれませんわ」
地図の範囲内とは、人の出入りがある範囲だ。人が通ればその分だけ足場は均され、通りやすくなる。
だがそこから出てしまえば人がほとんど来ない場所になってしまい、例えば大きな岩が道の真ん中を塞いでいたので砕いたり、壁にほんの少し穴が開いているだけの場所は穴を広げて通ったりする。
そうやって通りにくい道をわざと通り、時に道を塞ぎつつ進む。元々地図にない道だ、多少改変したところで気が付かれる可能性は低いだろうと考えて。
「ねぇマキ、どこまで行くの?」
「時間で区切るつもりですわ。地図に載っていない道を1時間と。それだけ進めば人と出会う事も無いでしょう。あとは『軍勢顕現』をするのに必要な広さを持っている場所を探し、そちらに移動しますわ。あとは休憩を挟んで訓練開始ですわね」
「……帰りは、大丈夫、だよね?」
「当り前ですわよ」
道中でウォルターが不安になるが、マキはしっかりした考えを持って進んでいると言い切る。その様子にウォルターは「なら大丈夫だよね」と安心する。
そうして2人は広間と言える程度の場所に辿り着く。
吸血蝙蝠が多数いたが、マキはそれを駆除して安全地帯を作り上げた。
「まず「使えるようになる」所からスタートですわよ。顕現した後の、感覚のフィードバックが全く違うから注意なさい」
マキはウォルターに封魔本を渡し、軍勢顕現を行うように言う。
「軍勢顕現、巨大鼠」
ウォルターが言われた通りに軍勢顕現を行うと、10体の巨大鼠が現れた。
そして、その姿がすぐに消える。
ウォルターは巨大鼠から送られてきた感覚の気持ち悪さに耐え切れず、思わず顕現を解除したからだ。
「……それが個体と群体の差、ですわ」
通常、どのようなモンスターを呼ぶにしても、その感覚のフィードバックは通常の生き物の五体を模したものになる。例えば人間の身体と全く違う巨大ミミズを呼び出せば頭から腰までしかない生き物の感覚となる。複数のモンスターを呼べばその感覚は重なり合うようにフィードバックが発生する。
だが、軍勢顕現のフィードバックは全く違う。言うなれば、腕一本に五体の感覚を丸ごと押し込んだような、そんな違和感が発生する。左腕と右腕でまったく違う事をするようなことを、全身に対して行わなければいけないイメージ。ウォルターが顕現解除を行ってしまったのはそれが理由だ。
「まぁ、慣れないうちはしょうがないですわね」
「ごめん、なさい……」
「呼び出した個体を全て同列に扱うのではなく、これと決めた指揮官を用意するのがいいですわ。1体に対して大目にリソースを割いて、そこを基準に他を扱う感覚ですわ」
そんなウォルターもマキの想定範囲内。アドバイスをして、ウォルターが落ち着くのを待っている。
この日は安定して呼び出すところまでで訓練は終了し、死にそうなウォルターをマキが介抱することとなった。




