公爵家のお家事情
メルクリウスは、ガルフの暴挙を止めることができなかった。
ガルフの動きが予想よりも動きが早かったことが原因だ。それに、やっている事自体は違法性を持たず、筋はちゃんと通しているので止め難かったというのもある。
やったことの内容を確認すれば「家屋の贈与」のみであり、それを理由に今後干渉することをしないと宣言すらしている。叱るには理由が無く、逆に「他の兄弟からの干渉を防ぐ防波堤になる」とまで約束している以上、褒めるべき行動を取ったと言っていい。
「何が目的だ?」
「やだなあ、兄さん。善意ですよ、善意。他意などありませんよ。
彼らは公爵家からの干渉を嫌がりそうでしたからね。大挙して押しかければ迷惑でしょう? それから守ってあげようと、それだけです」
メルクリウスがガルフを問い詰めれば、ガルフは笑顔でそれを流す。
ガルフはそこまで愚かな男ではない。公爵家に相応しい優秀さを持っているが、公爵の息子として産まれたことによる特権意識が平民に対する公平な視点を奪っている。そして爵位を得る可能性が高い事も手伝い、尊大に振る舞うことが多いのだ。
そのせいで失敗を重ねているが反省しないという事もあり、メルクリウスは「能力を活かしきれず」「余計な騒動を起こす」馬鹿扱いしている。
「目的は、と聞いている」
「何もしませんよ……僕やローザは、ね。もちろん僕らのギルドメンバーやその関係者だって動かしませんよ」
「ヴィオとサルタン、だな」
「……何のことでしょう?」
メルクリウスは、ウォルターは囮だと看破した。というより、ガルフ自身がそれと匂わせたのだが。
ガルフとローザの継承者争いの順位はそれぞれ2位と3位。そして件のヴィオが1位で、サルタンが4位。ヴィオとガルフの差は僅かで、どちらが継嗣になっても不思議はない。
この二組の兄弟は、ライバル関係にあった。
ガルフとローザの母親と、ヴィオとサルタンの母親は仲が悪い。ガルフとローザの母親のリリーは貴族至上主義者とまではいかないが、貴族というものに高いプライドを抱いている。ヴィオとサルタンの母親のアンネゲルテは平等主義者で、身分差を気にしない気さくな態度で平民に高い人気を誇る。相性は最悪だった。
母親同士の険悪な関係は子にも受け継がれ、何かとこの二組は対立する。継承者争いはその最たるもので、最初は互いの足を引っ張り合った事もあった。しかし足を引っ張る様子の無様さに祖父が遺憾の意を示し、妨害工作は禁止される運びとなった。
競争のために足を引っ張ることを禁止されると、表面上だけは穏やかになる、なんてことは無かった。今度は人材の引き抜き合戦だ。この段階で平民に人気のあった母の支援でヴィオたちが優位に立ち、周辺都市の貴族子弟を受け入れる事で挽回したガルフたちは後塵を拝する。
ガルフらにしてみれば貴族子弟を集められるだけ集めた以上、これ以上の戦力増強は難しい。たとえウォルターがギルドに参加しても貴族中心の現メンバーとの不和は避けられないだろうし、思うほどの戦果をあげられないだろう。
だから、せめてヴィオの所に行くのを防ごうと手を打った。家屋購入というヴィオの交渉材料を潰す、それが第一の目的だろう。もしも勧誘を行えば「公爵家を代表して行った約束を反故にした、ひいては自分の顔に泥を塗った事への罰」を受ける事になる。牽制としては十分だ。「兄弟の干渉から守る」とガルフが宣言した以上、ヴィオたちが勧誘すればガルフにケンカを売っているの同じなのだから。
さすがにそれは無いだろうが、ヴィオたちがウォルター達との交渉で下手を打てば、ガルフらはヴィオらに対する正当な攻撃材料を得ることができる。足を引っ張るためではなく、「公爵家の恩人に対し無体を働いたことへの制裁」をする大義を得るのだ。
もっとも、ヴィオが勧誘を行いそのことでウォルターが誰かに愚痴をこぼせば、こじつけでそのように処理することもできる。こじつけでしかなければそこまで強気に出る事もできないが、自発的な攻撃ができない今は、攻撃材料が何か一つでも欲しいという心境だ。
貴族以外をギルドに入れる気の無いガルフとローザにとって、平民出身の有力者は敵に等しい。可能ならフリードにでも押し付けたいとガルフは考えていたが、彼にとってのベターはウォルターが公爵家と関わらずにやっていく事だ。この辺りは利害が一致している。
無論、マキたちが想像したような事もガルフは考えている。が、それは優先順位が低かった。平民相手に教わることなど無いという、ガルフのプライドが理由である。
メルクリウスはこれ以上ガルフを責めても何も意味が無いと思い、話を打ち切り、退出させた。
ヴィオとサルタンは合同でランク8ダンジョンに挑んでいる最中で、戻ってくるのは数日後となっている。メルクリウスからヴィオたちに忠告をするのはさらにその後になる。念のため、出口に人を置いて入れ違いなどのミスが起きないように手配する。
そして、ウォルターたちの処遇をどうするかで頭を悩ませた。
「僕たちの事情を話さないと、不味いよね?」
「いえ。特に事情でもない限り、裏を読む必要など無いでしょうから放置で構わないでしょう。ニン」
メルクリウスは傍らに立つ幼馴染に相談を持ち掛ける。
その頼りになる幼馴染からの返答は「何かしなくてもいい」というもの。表の情報だけを見れば、「善行に対する報酬が支払われた」だけなのだ。下手に情報を与えずとも、これ以上公爵家がちょっかいを掛けなければそれで終わる話でしかない。
放置は当然の選択といえた。
「そうだね。今度こそ、ちゃんとみんなを抑えれば済むよね」
「弟様や妹君も、話せばわかってくれるでしょう。ニン」
そうしてメルクリウスは弟妹を抑えるだけにとどめ、安心してしまった。
ウォルターに興味を持っていた最後の一人、祖父の事をすっかり忘れて。
……思い出したところで、何もできないのだが。相手の方が立場が上なのだから。




