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定住許可

 ウォルターたちのダンジョン攻略は、毎日行うことでは無い。一般的な討伐者たちもそうなのだが、一回ダンジョンに潜ったら、2~3日は休むようにしている。

 命のやり取りというのは、思っている以上に消耗する。無理をすることでしか見えてこない強さもあるが、リスク管理を行う事も大事だ。

 とはいえ何も体を休めるわけではない。ダンジョン攻略の翌日ぐらいはゆっくりするが、その後は基礎訓練を行う事で戦闘中についてしまう「悪い癖」を修正せねばならない。強くなるのに実戦は確かに有益なのだが、何から何まで有益であるとは言い難い。無理をせねば放てぬ一撃、そういったものは確かにある。だが、そんなことを繰り返すと常態での一撃に歪が生じる。基礎的な、綺麗な姿勢からの素振りを行う事で悪い癖を修正しないと、総合的な戦闘能力が低下してしまうのだ。よって、実戦の合間に訓練を挟み、安定した強さを維持するのも大事な事だ。それが調整レベルなのか、本気の訓練なのかは、師と状況次第だろう。



 先のダンジョン攻略においてウォルターらは多く巨大ミミズを倒し、その魔核を入手した。

 そして手に入れた魔核を売却したことで、チランで討伐者をやっていく者として一定の実績を積み重ねた。

 そうなるとチランの行政府は、ウォルターらに一つの許可を出すことになる。


 それは定住許可。

 一般的に、ダンジョン攻略は命がけである。ダンジョンへの挑戦権を国が管理することで適性を判断することはしているが、運が悪ければ死ぬこともあり、年間で100人近い戦死者・引退者を出している。チランにいる討伐者は約2000人程度なので、全体の5%も減っていく訳である。

 よって実力ある討伐者の補充はチランの行政府にとって最重要課題であり、定住許可もむしろ「してください」とお願いする立場である。


 だが、そう簡単に許可を出してはいけない理由というのもある。

 別に、他国のスパイなどを警戒しているわけではない。この世界ではダンジョンという脅威があるが故に、人間同士の大きな戦争は表向き(・・・)無い。下手に戦争をしても、ダンジョンを管理しきれなければ全くの無駄だからだ。戦争の消耗しだいでは、自国内のダンジョン管理にすら悪影響を及ぼす。これが国境付近に高難易度ダンジョンが集中する理由である。裏では経済戦などの駆け引きが行われるし、人材の引き抜きといったもっと(タチ)の悪い戦いが繰り広げられているのだが……。そんな事より、移民の一番の問題は犯罪発生率の上昇である。移民したばかりの討伐者が死傷事件を起こすのはよくある事だから、なかなか許可が下りないのだ。

 移民というのは、周囲との摩擦から暴力沙汰をよく起こす。それが戦闘能力の高い討伐者であればなおさらだ。酷い話ではあるが、ダンジョンを管理することは最重要課題であり、だから「犯罪発生率が上昇してでも招き入れる価値のある討伐者」と証明して、ようやく定住許可が下りる事になっている。また、その証明までの期間に犯罪行為を犯していれば、許可に必要な条件はもっと厳しくなる。そうやって討伐者を選定しているのだ。公爵家の娘ローラを助けたウォルターであるが、それだけで規制を緩和しては悪しき前例になりかねない。例外措置はとられなかった。



 ウォルターらに定住許可が下りたとしても、すぐに定住することは出来ない。

 お金が無いからだ。


 定住許可とは、家屋の購入許可である。魔核売却で懐は温まったものの、それは生活費としてみた場合であれば十分な額だが、家を購入するには全く足りない。

 普通の討伐者ギルドであれば人数をかけて短期間で稼げるのだが、ウォルターらがそれをやれば悪い意味で目立つだろう。討伐者として生きていくのは手段であって、目的ではない。今はフリードの勧誘だけで済んでいるが、下手に目立てばそういった手合いはもっと増えるだろう。それはウォルターらにとって本意ではない。一応ランク5のダンジョンまでは挑むが、そこで魔核を得ても売却はしない事にしていくように、2人は決めている。


 家の購入に必要な金額は、金貨で3~10枚が相場である。一般家庭の家であればもっと安いのだが、討伐者枠で家を購入しようとするとこの金額になる。高い金を出させることになるが、定住している討伐者には様々な優遇措置が取られるため、結果として安くつくことになるよう、調整されている。これは長く定住させるための措置である。高い金を出した後だ、元を取らねば勿体無いと思うように仕向けるわけだ。



「余計な金策はしませんわよ。このまま稼げば、2ヶ月か3ヶ月で最低限の家を購入できますもの。無理をすべきではありませんわ」

「うん、僕もそう思う。まだフリードの事も片付いていないし、それをどうにかするまで、お金が溜まっても家を買うのは先延ばしにしていいんじゃないかな」

「そうですわね。ここに定住しなければいけないという事もありませんわ」

「じゃあしばらくは予定通りだね」


 とはいえ、全ての討伐者が思うように動くわけでもなく。

 稼ぎの少ないギルドやウォルターらの様な訳ありは、定住許可が下りても家を買わない。買おうとしない。

 今は金銭的な事を理由に何も言われないが、稼ぎを把握している魔核買取所から情報が漏れるので、定住する意思を見せなければ多少厄介な事になる。しばらくは「高い家を買おうとしている」と言って誤魔化すことになるだろう。それで半年は何とかなるという算段だ。あまり長引くようなら有力ギルドへの参入や無利子で借金(住宅ローン)をするように勧められるが、期間を区切ればそこまで酷い事にはならないと予想している。最悪、怪我などを理由に期間を延長することも視野に入れている。



 そうやって家の購入を後回しにしたウォルターとマキ。

 資金不足を理由に購入できないと説明し、半年で必要金額を稼げるだろうと担当者に説明した。無論、現在活躍しているギルドに入ることは考えていないという事も。


 2人は、それが悪手だったことに気が付くのはその翌日の事だった。

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