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公爵家の長男

「おお、話は聞いているよ。昨日は上手くやってくれたようだね。君たちは自分の実力を見事に示してくれた。ではまた来週も頼むよ」


 豪華絢爛といえる広い部屋。様々な調度品が置かれ飾られたその部屋は、どこかごちゃごちゃした乱雑な印象と、それを上回る金の臭いを感じさせる場所だった。

 部屋にいるのは数人の騎士と、3人の男。

 1人は椅子に座り、客を迎え入れた男。机に置かれた紅茶の入ったカップには手を付けず、客の話を聞いている。

 1人は書類を持ち、奥に控える男。彼はこの部屋の主の様子をうかがっている。

 そして最後の1人は、立って報告をする討伐者の男であった。



 ドライゼは先日までの仕事の報告を、スポンサーである公爵家長男・メルクリウスに行っていた。

 納入した肉は約15t。腐敗するかも、腐敗しているかもしれないからとそれ以上は持ち出さなかったが、チラン10万の民の腹を満たす一助となるだろう。その少なくない貢献に、公爵家の子供の中で最も重要な地位を持つ男は金銭と敬意を以ってそれに応えると約束した。


 安定して食料供給ができるかどうかは都市運営において都市防衛と並んで最も重要な仕事の一つであり、その環境向上に彼らは従事する道を選んだ。

 しかしチランに来て間もないギルド【瑠璃色の剣】は、商売における基盤を勝ち得ていない。既得権益と保身を第一とする古参の商会が商業ルートをガチガチに確保しているからだ。

 そこに食い込むように手配するのが権力者(メルクリウス)の仕事で、今回の件はそれを行うに値するかどうかの試験だったのである。

 結果は見事にクリア。瑠璃色の剣はチランに根を張ることに成功した。

 今後の予定を確認し、定期的にモンスター肉を卸せるように契約を交わす。


 ドライゼはいくつかの書面の内容を確認し、偽造防止を目的とした専用のインクを使いそこにサインを書き込む。

 書類の準備が終われば、この場でやるべきことがすべて終わったと言っていい。メルクリウスは部屋に控えていたもう一人の男に声をかける。


「ではクーラ君、あとは君に任せよう」

「はっ! メルクリウス様のご意志に添えますよう、誠心誠意、任務に当たります」

「下がって良し」

「では失礼します!」


 クーラ、ドライゼが一礼し、メルクリウスの私室から退出する。

 部屋に護衛を供に残ったメルクリウスは、温い紅茶に口を付ける。


「これで一歩前進、かな」


 温くなった紅茶は不味かった。





 メルクリウスはローゼと同じ腹から生まれた。金髪に整った容姿、線が細いがそれなりに鍛えられた体をしている。年が28歳とずいぶん離れているが、並べて見せれば兄妹とすぐに分かるだろう。柔和に微笑む顔が印象的な彼は、雰囲気が妹とどこか似通っている。

 彼は公爵家の子供7人の中で行われている後継者争奪戦で成績が暫定第6位である。その下にいるのが異母弟のフリード(ろんがい)で、事実上、彼は兄弟の中で最下位といえた。

 しかしそれは彼が無能だからではない。彼は公爵家としてダンジョンを治めるよりも、もっと違う形でチランに貢献する道を選んだだけなのだ。

 弟妹がダンジョン攻略に勤しむのを見て、ダンジョン攻略はもう大丈夫と思ったのだ。そして彼が選んだ道が、食料関係の供給である。モンスターの肉を食料として流通に乗せる事、その流れを安定したシステムにする事、モンスター肉を用いた料理の開発を行い普及させる事。そうやって食料供給を増大させることで人口増加を図り、より効率よくダンジョンを攻略するシステムへと還元する。それこそ彼が抱いた理想である。

 この100年計画ともいえるほど壮大な理想は父親である公爵にも認められ、ある程度自由になる予算を与えられた上で進められている。


 元々モンスター肉を食用とする文化はあったのだが、それをシステマチックにすることで安定した流通ラインとすることはされていなかった。討伐者の状況と心情、事情。それらによる不安定なものでしかなかった。

 言い方は悪いが、モンスターの魔核こそ最も高価な販売品であり、その肉など、二束三文にしかならない。一部の貧乏な討伐者ですら、魔核以外を持ち帰ることはほとんど無い。安い肉のために荷を増やすなど、愚の骨頂なのだ。嵩張らず高値で売れる魔核しか持ち帰らないのもしょうがないと言えた。

 メルクリウスは捨て去られるだけのモンスター肉を街に流通させる道筋を作れば、より大きな利益を生むと考えている。モンスターを倒す手間は変わらず、運搬と護衛という新しい仕事が発生するがそれは討伐者以外の仕事が増えることでもある。商売や運搬は仕事の無い連中を使う事で職にあぶれた者への仕事を斡旋。チランの生産力はどんどん向上していく。


 メルクリウスがこの仕事を始めて5年。結果は上々で人手が足りず、嬉しい悲鳴を上げている時期である。

 人口増加については時間がかかるものの、食料品の対外輸出が増えることで外貨獲得量も増え、かなり大きな成功を収めている。

 問題点を挙げるとすれば、やはり人の問題だろう。現在はメルクリウスの頑張りに支えられている側面が強く、他の人間では代役が務まらない。サポートスタッフの数が足りず、交替要員になりうる能力の持ち主が足りない。新しい事業を起こす時にはよくある話である。

 ダンジョンを求めて流れてきたギルド【瑠璃色の剣】と、ローラ救出の手柄を立てた商人クーラ。運良く彼らを組み込むことに成功し、多少状況は改善されたが、もっと多くの人間を参加させたいメルクリウスは常に人材を欲しがっていた。育ててはいるが、事業の拡大に対し全く追いつかないのだ。



「そういえば、ローラやフリードが欲しがっている討伐者がいるっていう話だよね?」

「はい、お館様。名前はウォルター。12歳前後の男ですな。現在はマキというメイドと一緒にランク4のダンジョンを攻略していますが、巨大ミミズの魔核を1日で20以上持ち帰るという化け物ぶりですぞ。かなり優秀な討伐者と見て間違いないですな。ニン」

「ウォルター……。そういえば、クーラの報告にもあったよね。どっちかというとマキって名前の方を多く聞かされた気もするけど。会ってみたいね」

「手配しますかな? ニン」

「いや、やめておこう。そのレベルの討伐者はもっと上に行くだろうし、今はダンジョン挑戦権が無いだけで、いずれフリードと組ませてランク8に放り込む方がいいよ。それよりも」

「ガルフ殿とローザ殿ですな? ニン」

「うん。おバカ二人が暴走しないように注意してよ。ただでさえ大馬鹿を切って忙しいのにさ、これ以上仕事が増えたら死んじゃうよ」


 護衛の騎士とメルクリウスは現状を確認する。

 この護衛騎士はメルクリウスの幼馴染であり、もっとも信用する右腕(ライトスタッフ)だ。単純に護衛というだけではなく、秘書的な役割も受け持ってる。


 メルクリウスは最近よく聞こえる名前として、ウォルターの名前を挙げた。

 ローラ()を助け、前公爵(祖父)フリード()に認められた事で、ウォルターは公爵家の中では無視しにくい名前になりつつある。フリードが認めたのはマキの方だが、それは些細な誤差であった。

 優秀な討伐者という事だが、その能力は聞いた話だけでメルクリウスの要求ラインを遥かに上回ると思われた。そうなると自分の事業よりもほかに回す方が効率がいいとメルクリウスは判断し、手ごまに加えることをあっさり諦める。


 しかし、そういった配慮をしない人間がいる事を長男(メルクリウス)はよく知っていた。

 次男・ガルフと、長女・ローザ。典型的な貴族至上主義者で平民相手に高圧的な振る舞いをする、メルクリウスの言う「おバカ二人」である。

 彼らは優秀な手駒を貪欲に欲するだろうし、相手がギルドに所属しないフリーであれば汚い手を使うかもしれないとメルクリウスは懸念してしまう。

 だから一応護衛を忍ばせ、釘を刺すように手配する。手遅れにならないよう、祈りながら。


 なお、切られた大馬鹿とはローラを嵌めた三男である。

 彼はローラに無体を働いた罪で斬首刑に処せられている。存命中は継承者争いで8人中2位だっただけに、抜けた穴は大きかった。

 死んだ後も迷惑な男であった。


「ヴィオとサルタンは大丈夫だよね?」

「それは……保証しかねますな。ニン」


 公爵家7人兄弟、残る二人の名前を挙げたメルクリウスは夢も希望もないことを知った。

 いや、知らないフリをしていたかったのに、優秀な右腕がそれを許さなかっただけだが。


「みんな、もっと仲良くしようよ……」


 メルクリウスは叶わぬ願いを口にし、紅茶を飲み干すと書類仕事に取り掛かった。

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