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コルテスカ地下宮殿④

 ウォルターが寒そうにしているのを見て、マキは「ああ、そう言えば」と言い忘れていたことを思い出した。


「あと五歩下がりなさい。そうすれば寒くありませんわ」


 ここで暴れる前に、マキは一つの仕掛けをした。簡単に言えば、出入口を風で封鎖したのだ。というのも、戦闘の影響が他に出てしまえば自分たちの事を推測する人間が出て来ると思ったからだ。

 最後に使った≪氷嵐≫の≪魔法化≫というスキルの影響は、寒そうにしているウォルターを見ても分かる。不自然な冷たい空気が流れ込めば、人がいるかどうかにかかわらず確認しに来る者が現れるだろう。そうすれば痛くもない腹を探られることになる。

 だからマキは出入り口から空気が流れ出ないように細工し、それから戦闘を開始したのだ。気温のみならず大広間側からの音を遮断する特殊な風の魔法障壁で、本来は砂漠や氷上といった特殊環境に適応するために使う。普通は自分を守るように使うのだが、今回は自分から(・・)守るように使ったわけだ。


 ウォルターは言われた通り大広間より五歩だけ離れる。すると先ほどまでの寒さが嘘のように消えてなくなり、温かいと言うよりひんやりとした空気であるが、凍えずに済むのでほっと息を吐いた。

 ただ、冷えてしまった体を温めるために火を熾し、暖をとる。石で即席のかまどを作り、鍋で湯を沸かし始めた。



 マキはウォルターが離れたのを見届けると、大広間を睥睨する。

 氷雪が降り積もり、氷漬けの巨大ミミズのミイラといった醜悪なオブジェが乱立する奇妙な空間。発見されれば騒ぎになるのは明白で、かといってさすがの収納袋でも巨大ミミズをしまえる容量は無い。

 考えるまでも無く、やる事ははっきりしている。

 マキは大広間全体に≪発火≫の魔法を使う。範囲こそ規格外だが、対象に小さな灯をともすだけの、精霊魔法でも初級中の初級、入門編レベルの簡単な魔法である。瞬く間に氷雪は融け、辺りを水浸しにした。

 巨大ミミズのミイラも多少は水分を吸収するが、それは焼け石に水だ。石灰質の床は水はけが悪く、大広間は地底湖のような有様となった。


 余談ではあるが、氷漬けになった生き物が氷から出てきたとしても生き返ることは無い。これは体内の水分が残った状態であっても言えることだ。氷漬けになった生き物は一見するとダメージを負っていないようにも見えても、見えないもの、全身の細胞核が破壊されているからだ。



 温かくなった大広間であるが足場は最悪の状態だったため、マキは早々にウォルターと合流する。体を温めるためにお湯を沸かしたウォルターは、湯に携帯スープの粉末を投入し、カップに注いで飲み干した。

 携帯スープの粉末は、トウモロコシの粒を塩漬けにしてから乾燥させ、粉にしたものだ。トウモロコシの粉は塩味を加えるだけで濃厚な味わいがあり、意外と美味しい。こういったダンジョンでは愛用されている、討伐者の必須品の一つだ。ウォルターはこのダンジョンに来るまで縁が無かったが、半日以上ダンジョンに潜ることが多い討伐者はこういった乾物・粉物を携帯食料として用意する。小さな袋に小分けに詰めた状態であれば場所を取らず隙間にでも入れておけばいいので、携行しやすく利便性は高い。


「生き返るぅ~」

「あら。美味しいそうですわね。ワタシにも貰えるかしら?」

「あー、まだあります。すぐに入れますね」


 ウォルターは温かいスープと焚き火で、ようやく人心地が付いた。

 そこへやってきたマキも、どうせだから自分も一口欲しいとスープを要求した。幸い、スープは2人分あった。自分一人で飲むよりマキと一緒に飲みたいと、ウォルターが用意したからだ。


 しばらくの間、2人は無言でスープを飲む。


「先ほどのスキルの説明をしますわよ」


 スープを飲み終えたところで、マキは先ほどの戦闘で使ったスキルについての説明を始める事にした。


「まず、普段の≪精霊化≫ですけど、ウォルがやっているのは『属性の付与』までですわ。それも封魔札の補助範囲でしかできていませんの。

 次のステップは『付与した属性の強化』ですわ。封魔札の補助無しで属性を上乗せするのですけど、先ずは精霊石を追加できるようになってもらいますわ。それから自前の魔力を調整して上乗せする練習をしましょうか。これができるようになれば普段から精霊石無しで≪精霊化≫できますわよ。

 そのあと見せた、腕から先を大剣にしたのは『付与範囲の拡大』ですわ。≪精霊化≫はモンスターを精霊に近づけていますけれど、モンスターの周囲の空間をモンスターの一部として取り込みますの。イメージの補強に精霊魔法の上乗せをしていますけれど、一応、無くてもできますわ。その分リスクが高くなるのでお勧めしませんけど。ウォルは≪弾≫系統の攻撃魔法しか使えませんわよね? なら、≪巨大鼠≫をボールのように飛ばすイメージですわね。

 最後のアレは、≪精霊化≫ならぬ≪魔法化≫ですわ。ウォルには使えないので気にしてもしょうがないですわね。≪精霊化≫よりも、より魔力に近い状態にモンスターを持っていきますの。射撃魔法で自動追尾とか、広域殲滅魔法の敵味方識別を出来るようにするのが主な使い道ですわ」


 マキは詰め込み式、スパルタでひたすら説明を続ける。

 やったことの大雑把な概要を話し、それぞれの練習法を伝えた。





「さて。今日のダンジョン攻略はここまでですわね。帰りますわよ、ウォル」

「最後で疲れました……」

「見ていただけで、話を聞いていただけでしょう? だらしないですわよ」

「いや、あんな話を聞かされたら精神的にですけど、疲れますよ」


 マキの説明は途中で実演も交えて1時間ほど続いた。

 そうなるとダンジョン攻略に使える時間はさほどない。マキは撤収を宣言した。


 ウォルターは説明を延々と聞かされ、疲労困憊に陥る。

 体を動かしたり魔法を使っている方がよっぽど楽で、話を聞いただけであっても消耗してしまった。ウォルターにしてみればランク4ダンジョン攻略よりも、説明を聞く方が大変らしい。帰り始めたころはほとんど役立たずだった。道中、歩き続けていたがその間に回復し、途中からは元気だったが。



 こうしてウォルターのランク4ダンジョンデビューは終わった。

 本人は戦うよりも説明を受けたことが印象的で、巨大ミミズ戦はあっさり終わったこともあり、ただ隠れて話し合うためにダンジョンに潜った気分になった。


 巨大ミミズから得た魔核の売却が思っていた以上に高いレートだった為に、ウォルターが財布の中身を何度も確認することになるのは翌日の話である。

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