コルテスカ地下宮殿③
マキが考えているのは、ウォルターの次のステップである。
≪精霊化≫については発動と運用についておおよそ合格ラインまで修得したと考えている。
次は、≪精霊化≫の応用編である。現段階ではランク4ダンジョンの上層が攻略可能限界のウォルターであるが、新しい技術を覚える事で下層の攻略に取り掛かれるところまで成長するとマキは考えている。
そもそもウォルターの使う【顕現魔法】は、魔力で疑似生命を作り出し、使役する魔法である。作り出されたモンスターは完全に物質化していて、ダンジョンにいるモンスターと同じ存在となる。
ただしその存在が安定しないのか、一定量のダメージを受けたり魔力供給が途切れたりすると雲散霧消してしまう。魔核を使って安定化させることもできるが、その場合は通常の数倍の魔力を要求され、戦闘に用いるには現実的ではない。食用の家畜とするにも、費用対効果を考えると普通にモンスターを狩った方が安くつくといったレベルだ。
≪精霊化≫はそんな不安定なモンスターを物質化の手前で安定させる技術である。精霊というのは属性という名の指向性を持った魔力でできた魔力生命体であり、魔力と物質の中間のような存在だ。より不安定な状態で固定するので、制御は難しくなり消費が大きくなる。その分は物理法則に囚われなくなり属性が付与されたことで高くなったスペックで、元のモンスターよりも上位の存在となるのだが、「ちょっと強くなったモンスター」程度の扱いでは勿体無い。
≪精霊化≫の持つ可能性。マキはそれを教えるつもりだった。
【コルテスカ地下宮殿】の上層2層目にウォルターらは足を踏み入れる。
少数よりも多数の方が見栄えがいいと、巨大ミミズが10匹以上いる場所までマキは歩を進めた。もちろん、逃げられないようにする手筈は整えている。
辿り着いたのは、高さ10数m、広さは100m四方もの大広間。階層を移動する最短ルートからは外れているのでモンスターが溜まりやすく、定期的に掃除されている場所であったが、今回は偶然にも掃除前の、大量の巨大ミミズと吸血蝙蝠がたむろしている状態だった。
「ウォルは入口で見ていなさい。瞬きして見逃すんじゃありませんわよ」
軽く、不敵な笑みを浮かべてマキは大広間の中央に向かって歩く。
すると、地中の巨大ミミズが反応し、11匹ほどマキに向かって一斉に襲い掛かる。
そうやって向かってくるのを確認したマキは、後方で様子を見ている5匹に対し、先制攻撃を仕掛ける事にした。
「≪金剛槍≫遠隔発動12連」
中級精霊魔法、≪金剛槍≫。ダイヤモンドの槍を作り出し、敵を貫く攻撃魔法だ。ダイヤモンドと言っても本物ではなく、魔法によって作られた疑似的なものだ。だから。目標をロックしていれば、地面をすり抜ける事も可能である。これはウォルターの使う下級精霊魔法でもできる事で、≪精霊化≫を魔法に対して応用するだけである。
難点は生物など魔力を帯びたものには通用しない事で、普通なら壁越しに魔法を使うなどの用途で用いる。そして今回は巨大ミミズが地中を進んでいることもあり、射線は通っている。魔法は問題なく使用された。
「精霊魔法も≪精霊化≫できますわよ! 精霊魔法で作った弾も顕現魔法で呼び出したモンスターも同じ! イメージ次第でいろいろと出来ますわ!!」
≪金剛槍≫は地中に隠れていた巨大ミミズを殲滅する。
頭の付近と胴体をより広範囲に傷つけるように撃ちだされた≪金剛槍≫は巨大ミミズを易々と貫き、その命を奪う。
地中を勢いよく進んでいて、もう止まれない巨大ミミズ。今の一瞬でマキが危険で敵対してはいけないと分かっているのだが、それでも挑みかかるしかない。小さいマキを狙っての事であったし、運よく仲間とぶつかってマキへと挑まずに済んだ巨大ミミズは頑張って方向転換しようとするが、押し合いへし合う中では上手くいかない。外側の巨大ミミズから順に、ゆっくりと、致命的なまでに遅い動きでマキから距離を取ろうとしていた。
そして不幸にもマキを襲ってしまう位置にいた3匹の巨大ミミズ。1匹は正面から、残る2匹が左右からマキに襲い掛かった。
それに対し、マキは己の位置を少し動かして正面から来る巨大ミミズの、マキを飲み込まんとする口から身を躱す。
そして、巨大ミミズの左に逃げたマキの右手が、巨大ミミズの外皮に触れた。
すると「バチィッ!!」と大きく震える音がして、巨大ミミズの動きが止まった。
「≪精霊化≫を使ったモンスターにさらに魔力を足すことで、より強く属性を強化すると! こうやって! より大きな力を引き出せますわ!! 攻撃にもっ! 防御にもっ! 応用して見せなさい!!」
マキは右手一本で何度も巨大ミミズを殴る。殴るたびにバチバチと大気を震わせえる音が響き、焦げるような臭いが漂う。
よく見ると、マキの右手が光っている。光るだけでなくパチパチと音を立てているのは、放電しているからだ。雷属性の≪精霊化≫。マキは自分を≪精霊化≫の対象として使い、右手に魔力を集中させて巨大ミミズを感電死させるほどの電流を叩き込んだのである。巨大ミミズは電気を地中に放電して全身に電気が流れる事だけは防いだものの、地上に出てしまった部分は完全に死んでしまった。
「他にも≪精霊化≫にはこういう使い方もありますわ!」
マキは左手を伸ばすと、その手に金属を纏わりつかせ、一本の巨大な剣に仕立て上げる。その剣は刃だけで出来ており、刃渡り約2m、マキ自身よりも大きな大剣だった。だというのにマキは軽やかにステップを刻む。
土属性の≪精霊化≫、それを左手に行い、鉄鼠のように金属化する。その後、周辺空間を取り込むように≪精霊化≫の範囲を広げる。剣の概念を魔法で追記して剣の形に整えれば、その左腕は一本の大剣と成った。
マキはその大剣で左から襲い掛かったもう一匹を迎え撃つ。駆け出し、横に薙げば巨大ミミズを紙のように切り裂き、上下に分断していく。一太刀で5mは切り裂いただろうか。巨大ミミズは地面に崩れ落ちる。
まだ無事な部分が切られた箇所を分離して逃げようとするがマキはそれを逃さない。≪金剛槍≫で逃げる巨大ミミズに追撃を仕掛け、これを仕留めた。
「ここから先は見えませんわ。後で説明するのから待ってなさい」
マキはそう言って身を翻す。
残る巨大ミミズは地中にいる。
戦うのであれば、普通は迎え撃つしかない。
だが、ホムンクルス・カーディアンであり≪精霊化≫することのできるマキにその制限は成り立たない。≪精霊化≫して地中に潜り込む。
そしてそのまま巨大ミミズよりも早く動き、より地中深くに潜って地上へと逃げるように誘導する。何匹かはそのまま地中を通り逃げ続けようとするのでその場で仕留める。ついでに死骸から魔核を抜き取り、地上へ舞い戻った。
マキが大広間に戻ってみれば、全長50mはあろうかという巨大ミミズが5匹ほどうねっていた。馬鹿みたいに大きいミミズが5匹も暴れていれば、天井の鍾乳石が振動で降り注ぐほど揺れている。このままでは大広間は崩落し、無くなってしまうだろう。
「これでお終いですわ!!」
先ほどは≪精霊化≫で大剣を作り上げたが、できる事がそれだけという訳でもない。マキは氷属性の≪精霊化≫を行うと、自分自身に攻撃魔法≪氷嵐≫の概念を付与する。
するとマキの姿が消え、替わりに大広間をブリザードが吹き荒れる。凍てつく力は大広間にいた巨大ミミズを飲み込み、全身を一瞬で氷漬けにした。
気温がマイナスの世界に水分を含んだタオルを持ち込むと、水分は表面上に浮き出てから凍るという現象が起きる。今回は巨大ミミズだったが、体内の水分全てが吸い出されて巨大ミミズは干物になった。巨大ミミズを閉じ込める氷は、全て巨大ミミズの中にあった水である。
大広間にいた生物全てがその生命活動を停止すると、その片隅で雪がクルクルと、軽やかに舞った。
舞った雪は人の姿を形作ると、そこにマキが姿を現す。
マキは小さく息を吐くと、大広間の外、≪氷嵐≫の範囲外にいたウォルターへと微笑みかける。
「ここまでに至る必要はありませんわよ? ですが、人間はここまで出来るようになる。その可能性があると知っておきなさい」
無茶を言わないで欲しい、とウォルターは寒さに震えながら心の中で呟いた。




