コルテスカ地下宮殿①
肩を落とし、いかにも諦めていますといった様子で帰るフリード。
それを見てチランにいても大丈夫そうだと判断するウォルターと、その姿をただのポーズと見なし、まだ油断できないと警戒するマキ。
本心ではもっと勧誘を続けていい返事が欲しいフリードだが、これ以上は逆効果でしかないと一時撤退を選択した。
公爵家の権力に魅力を感じない人間と言うのは、総じて権力を振りかざされる事を嫌う。過去の勧誘で得た経験からフリードはそれを正しく理解していた。もっとも、だからと言って有効な勧誘方法を思いつくわけではなかったが。
金と権力、戦いの場を整えることがフリードが支払える基本的な報酬である。それらが通じないとなると、個人的な繋がりといった絆や縁が重要になる。出来るだけ早く戦力を整えたいというか、1人目の仲間が欲しいフリードにはそれを作る精神的余裕があまり無かった。
フリードと別れた二人は翌日ランク4のダンジョン、【コルテスカ地下宮殿】に挑戦することにした。
まずは小手調べという事で、日帰りで行ける所まで行ってみようという事になった。念のため、野営も覚悟してはいたが。
【コルテスカ地下迷宮】は攻略に往復で5日かかるのが基本と言われ、行きで3日、帰りで2日必要になる。道中には小規模な休憩所が一ヵ所だけだが設営されていて、中ボスと戦う前に一泊していくのが通例となっている。騎士団からも何人か派遣されており、休憩所近辺は常にモンスターが間引かれている。
だから休憩所まで行くつもりは無く、浅い所で戦うだけだ。折角購入した破魔札だが、今回はアンデットのいる宮殿内部に行かないので、出番はない。
「暗いですね」
「ランタンでも足元まで照らせませんわ。必要以上に注意なさい。それでも足りないはずですわ」
上層に当たる洞窟部分。
中は鍾乳洞になっていて、長い年月が作り上げたつららのような鍾乳石がある。天井の高さが8mもあるのでそれら鍾乳石には手が届かないが、ランタンの灯りに照らし出されたそれらはダンジョンでなければ見とれていたかもしれなかった。
残念ながら、その鍾乳石の間には吸血蝙蝠がいて、天井に対し注意が向いてしまう。幸いにも、足場の方はこれまで潜ってきた討伐者たちが均しているので転ぶ危険は少なかったが、危険な兆候である。
戦闘などは、全てウォルターが担当する。
マキはランタンで周囲を照らすのと、周辺の警戒――モンスターよりも人間が対象である――を行っている。戦闘後には魔核の剥ぎ取りも行う事になっている。
ウォルターはいつものように、旋風鼠を呼び出す。
その数は4体で、やや多めである。普段であれば≪精霊化≫状態の巨大鼠は3体である。初めてのランク4ダンジョンという事で、警戒の度合いを上げて、長期戦闘における余裕を削ってでも、一戦一戦の余裕を確保するのが狙いだ。
風属性の旋風鼠を選んだ理由は、単純に対空戦闘で最も有利に戦えるのが風属性だったからだ。例えば土属性の鉄鼠はたとえジャンプしてもせいぜい2m程度の高さが限界だ。それではウォルターに向かってくる吸血蝙蝠をどうにかできるはずも無く、この場においては役に立たない。
そう、相手が吸血蝙蝠だったらこの選択肢で間違いなかった。
その異変に最初に気が付いたのは、マキである。足場に揺れを感じ、何かが近づいているのを察知した。そしてそれが事前情報から巨大ミミズであることは、すぐに分かった。
「前方から巨大ミミズ4。上手く迎撃しなさい」
「はい!」
上ばかり警戒していたため、巨大ミミズ相手の戦力として旋風鼠は厳しい。旋風鼠は機動力に長けている分だけ瞬間的な火力に劣り、巨大ミミズにはその瞬間的な火力こそが求められる相手だったからだ。この場合、火炎鼠か鉄鼠が有利に戦える選択である。
目に見える相手ばかりを警戒し、事前情報を活かしきれなかったウォルターのミスであった。
当然、マキは気が付いていた。が、何でもかんでも教えるようではウォルターの成長を妨げると思い、あえて言わなかったのだ。
今からモンスターの入れ替えをするには時間が足りない。
そう判断したウォルターは、現有戦力の最大火力をどうやって高めるかを考える。
旋風鼠は体の周りに物を弾く風の結界を纏っている。普段はこれを利用し、2体の旋風鼠反発させて打ちだす事をしている。風の反発を利用するほうが普通に走るよりも勢いよく体当たりできるのだ。
しかし、それが巨大ミミズに通用するかと言うと、それは難しいと言わざる得ない。運動エネルギーこそ大きいものの、根本的な部分で質量が足りない。巨大ミミズは分厚い外皮を持っているので、ただ勢いよく体当たりしただけではダメージが通らない。
(デカブツ相手の基本……試すだけ試してみよう)
単純な体当たりが無駄であるなら。
旋風鼠の特性を生かし、ある意味お約束とも言える攻撃方法を選択するウォルター。
数の上では互角。
ウォルターは旋風鼠を一列に並べると、地中を進み姿が見えずとも、巨大ミミズのいる場所を睨んだ。




