フリード、再来
「それにしても、何であの教会はあそこまで貧乏なのかしらね?」
救世教会で破魔札を買い、破邪の剣を見せてもらってから。あまり長く子供たちからシスターを取り上げてはいけないと、2人は教会をお暇することにした。
その際に周囲を観察してみれば、やはり貧乏臭が漂う教会内部の装飾品。綺麗に磨かれてはいても飾り気の少ない壁などを見れば、本当に帝国で最大勢力を誇る宗教の施設であるのかと問いたくなるほどであった。特に子供たちの栄養状態があれほど悪いのも、マキには気になる事だった。
「それは帝国側でお金を管理しているからさ」
「誰っ!?」
「フリード様!?」
マキのつぶやきに答えたのは公爵の息子の一人、フリードだった。
「やぁ。奇遇だね」
ニコニコと屈託のない笑みを見せ、手を挙げて二人に挨拶をする。その軽い様子からは、彼が公爵の血縁とは誰も想像できなかった。
マキは顔を合わせたことがあるが、ウォルターとはこれが初対面である。
「マキちゃんの疑問だけどね、教会の腐敗を防ぐために、救世教会への寄付って一回帝国側に流れているんだよ。で、教会の規模と活動に応じて資金が供給されるんだけど。普通の家庭よりやや裕福程度の額しか支給されていないんだよね。それなのに孤児院で無理しているから。あの教会はチランでも特に貧乏なんだよ」
救世教会そのものは、数百年前から存在している。かつてその歴史の重さと反比例するように信仰は軽くなり、教会内部は腐敗していった。信心深い信者達から集められる寄付金は膨大な額であり、それを自由に使える教会上層部は金の魔力に堕落したのだ。
それを見かねた100年ほど前の皇帝はその信仰心から教会是正に立ち上がり、教会内部の腐敗を物理的に切り離した。教会の保有する戦力は数と質の両面で帝国より上だったが、精鋭部隊による電撃作戦により一瞬で終わらせたのだ。そして皇帝は帝国内部の教会に対し、一つの決定を下す。それこそが「寄付金を帝国政府が一時的に預かり、教会の運営に必要な分を分配する」といったやり方だ。反発するにも、寄付金を湯水のように使って遊び惚けた教会上層部に求心力など無く。当時の帝国の決定には逆らえなくなってしまった。
教会は政治に口を挟まない。しかし、それはどちらかというと「挟めない」の方が正しいような状態だったのである。
フリードが語る内容は、あまり世間には広まっていない話である。信仰のよりどころたる教会の腐敗など、口にすることも憚られるような話だから一度世間を騒がせはしたものの、話題にならないのだ。そのため若い世代では知らない人間の方が多い。そんな中でもフリードは公爵の息子として教えられているので知っていたわけだ。
「孤児院の分のお金は出ないの?」
フリードの話を聞き、今度はウォルターがフリードに疑問を投げかけた。フリードの事は聞いているが、これが公爵家の人間とは思えず、敬意などの欠片もない。「教えたがり」だから聞けば教えてもらえるのかと思い、言っているだけだ。
「そっちの方も簡単な話だよー。孤児なんて貧民街に掃いて捨てるほどいるし? 必要な額を渡すにしてもお金はあるだけ使っちゃうだろうから。だから決まった額だけ渡して、その中でできる事をやらせているんだよー。他の教会は”上手くやっている”し、ね」
「無理をするのもシスターたちの判断次第という事ですのね」
「そういう事」
実際、寄付金をすべて分配したとしても孤児をすべて救う事はできない。ある程度の取捨選択は必須であり、それを怠り情に流されればその分どこかに歪みができる。結果として貧乏になるのは本人の意志が弱い偽善者と、現実を見ない愚か者だけだとフリードは言う。
それはある意味真実だ。「カルネアデスの板」の逸話のように、助けられる人間の限界を越えれば全員で共倒れになるだけだ。足りない収入を他で補うように努力し、助けられる上限を増やすといった選択肢だってあったはずだ。なにもせず、ただ「人助けをすることは良い事です」と言えば何とかなるほど世の中は甘くない。
そんな正しいフリードの意見だからこそ、ウォルターはわずかな怒りを覚えた。
助けられないかもしれない、共倒れになるかもしれない。そんな愚かさでも、助けようとした結果なのだ。助けようともしない人間が嗤っていい事ではないと。ウォルターは、ニコニコとどうでもいい事のように軽い口調で話すフリードに対して怒りを覚えた。
彼女たちはまだ生きていて、問題を解決するための時間がある。ならば今は助けることができていなくても、出来るようになればいいだけなのだ。
ウォルターは知らずに握り拳を作る。
フリードはそんなウォルターを「面白い子供を見付けたかな?」と楽しそうに眺めている。ウォルターの容姿はローラから聞いているし、マキの隣にいる時点で容易に誰かというのは予測できていた。
だから、あえて軽い口調で話を振る。
「で、ウォルター君。僕のところに来てくれる決心はついたかな?」
「嫌だ! つーか、アンタ誰だよ!!」
ウォルターはフリードの事に気が付いていない。先ほどマキがフリードの名前を呼んでいたが、気にしていなかったのでフリードへの認識は名前も知らない誰かのままだ。名乗りも聞いていないので、分かっていなくてもしょうがないだろう。
そのため、フリードに向けてウォルターは声を荒げた。
「エアベルク公爵家の4男、フリード。ローラのお兄様と言えば分りやすい?」
「げ」
「“げ”ってのは酷いなぁ」
ウォルターの口から、思わず声が漏れた。その正直な反応にフリードは苦笑いをする。
「僕の事をマキちゃんから聞いてなかったのかな?」
「聞いていたけど……こんなのかぁ」
「年上、目上にその言葉使いは感心しないなー。もう少し気を使わないとダメだよ? 僕が気にしなくても、周りが気にするし」
「御忠告、痛み入ります」
「うむ、よきに計らえ」
ほぼ不意打ち、出会ったのが偶然だった事もあり、ウォルターがフリードの事を思い出し結び付けなかったのも仕方がない。フリードは貴族らしくない貴族なのだから。貴族のイメージとかけ離れている。
フリードはウォルターを許し、礼節の話は一旦区切られる。
「で、改めて聞くけどさ。僕のところで働く気はないかな? できればマキちゃんも一緒がいいな」
「ありません」
「お断りしますわ」
そして再び勧誘をするフリードだったが。
2人は交渉の余地を残さぬよう、きっぱり断った。




